第26話
三人はイカダでの川の旅を終え、豊洲のホームセンターに戻って来ていた。
ホームセンターに着いた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
「単刀直入に聞かせてくれ、なぜ三本目の塔へ行くんだ?」
イカダの道中でカジロイドモードに戻ったリスナーが二人に聞く。
「え……? えーと……あ、そう! 破壊するためです!」
「破壊?」
「はい、破壊することで、これ以上、被害を拡大させないためにです……!」
「……意味あるのか? もう被害の拡大もくそもないだろ……」
「う……」
シユは一瞬、言葉に詰まる。
「あともう一つは……生存者がいるかもしれないと……そう思ったからです」
「生存者……?」
「はい……ほ、ほら! 台風の目とか爆心地って意外と他の場所より被害が少なかったりするじゃないですか! 三本目の塔が特異点なのは間違いないですよね?」
「……まぁ、そうだけどよ……」
「リスナーが心配してくれるのは嬉しいです。だけど、私、行きたいです」
シユはまっすぐとリスナーの目を見て答える。決意は固いようだ。
「……わかったよ。また俺は視聴しかできないのがもどかしいが、俺にできることをやる」
「はい……!」
こうして三人は三本目の塔へ向かうことを決めた。
◇
それから数日後。
天気は夏としては比較的涼しい曇りの日を狙う。
決行の日だ。
三本目の塔がある森下付近を目指し、出発する。
三人は再び、イカダに乗り、清澄白河と森下の間を流れる川まで移動し、そして上陸する。
「よっこらせ……」
ラミエルが機能停止しているカジロイドをイカダから降ろす。
【悪いな、ラミエル】
「あぁ、重い重い」
ラミエルは照れくさそうに憎まれ口を叩く。
「いやー、しかし三本目の塔がすぐそこにあります……こういっちゃなんですが、綺麗ですね……」
「あぁ……」
三本目の塔は幾何学的な形をしており、不気味に輝いている。
と、シユが別のことにも気付く。
「あれ……? ここの橋は壊されていないですね」
「そうだな。そんなこともあるんだな」
清澄白河と森下の間を流れる川に架かる橋は全くの無傷であった。
「…………ってか、この辺、不気味なほど天使さんいなくないですか?」
「言われてみると……」
辺りを見渡してみても天使らしきものは一体もいなかった。
「てっきり本拠地だから天使ウヨウヨかと思ったが、これは
「はい……」
「ふーん、んじゃ、お前も連れてってやるか……よっこいしょ」
【え……?】
ラミエルが機能停止していたカジロイドを再び背負う。
【ちょ、意味あるのか? それに強襲でもあったとき反応が遅れ、多少なりともリスクが……】
「なに言ってんだ? その時に投げて武器にするために持っていくのさ」
【はぁ……!? まぁ、逆にそれならいいけどよ……】
「それならいいんかい!」
ラミエルとしては憎まれ口のつもりであったが、リスナー的には納得できる理由だったらしい。
それから三人は三本目の塔を徒歩で目指す。
天使が全くおらず、ものの5分で到着する。
「あまりにもあっさりしてて逆に不気味だな」
「はい……皆さん、ついにシユは三本目の塔までやってきました」
シユはこんな時でも、あくまでも自分のスタンスを貫く。
配信画面を見るが、同接数は1のままである。
三本目の塔は、塔に見えるが、ほとんどが実体のない光の粒子で構成されている。
そのため実際の建物は4階建て程度のものである。
「さて……行くか……」
「はい……」
三人は正面から光の塔の建物に入場する。
「「……」」
1階、エントランスホール。
やはりここにも天使はいない。
「天使いないどころか何もないな……」
ラミエルが呟く。
エントランスホールとは一般的に比較的、物が少ない空間ではある。
しかし、それにしてもフロア中央にエスカレータがある以外は物という物が本当に何もなかった。
三本目の塔の建物はフロア中央にエスカレーターがあり、他の移動手段が見当たらなかった。
しかも降りてから少し歩かないと次のフロアへのエスカレータに乗れないタイプである。
「おいおい、これ防災基準みたしてるのか?」
ラミエルがそんなことを言うが、非常階段すらないのは、明らかに防災基準を満たしていない法外な建物であろう。
なお、エスカレーターは上階へ向かうものと地下へと向かうものに分かれている。
「えーと、それじゃあ、まずは地下に行こうと思います」
「了解」
シユはほとんど迷うことなく地下を選択する。
二人はエスカレーターを下ろうとする。
と……、
「うお……」「うわ……」
エスカレーターがぐわんぐわんという音を立てて起動する。
「この快適さ……久し振りです……」
「いや、そうではあるが、なんか不気味なんよな……他が静かすぎるから音もなんかびびる」
二人にとっては、かつての日常が、非日常となっていた。
そうこうしているうちにエスカレーターは二人を地下1階へ運ぶ。
地下1階――。
やはり何もない。
二人はエスカレーターを降り、次の下階へ向かうエスカレーターまで20メートルほど歩く。
そして地下2階へ向かうエスカレーターがセンサーで二人を感知したのか、再びぐわんぐわんという音を立てて起動する。
二人はそのまま下っていく。
「ラミちゃんさん、確か、地下3階ですよね?」
「あぁ、そうだな」
「ふぅ……もうちょっとですね……」
シユとラミエルはエスカレーターが下る間、軽く会話を交わす。
そして、地下2階――。
二人はエスカレーターから降り、次の下階へのエスカレーターへ向かおうとする。
と……、
「「っ……!」」
二人は足を止める。
フロア中央に何者かが佇んでいる。
背中には白い翼。頭部には光る輪っかがある。
天使だ。
その天使は背中まで伸びる長い髪の綺麗な女性であった。
研究員のような長い白衣を羽織り、白衣のポケットに手を突っ込んだ姿勢で立っている。
「……ひょっとしたら生存しているかもしれないと思ったが予想が外れたか……自分自身も天使化していたか」
ラミエルが唇を噛み締める。
【彼女は?】
シユが答える。
「恐らく…………久世さんです」
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