第22話
それから2週間後。決行の日だ。
天気は夏としては比較的涼しい曇りの日。
あの日以降、都会は冷房によるヒートアイランド現象がなくなり、暑さが緩和された。
それにより、夏でも多少、過ごしやすくなったのは皮肉なことだ。
それはそれとして、三人は満を持して、事前に川に運んでおいたイカダに乗る。
「やりましたよ! 皆さん、ついに私はこの孤島を脱出しました!」
こんな日でも、相変わらずシユは笑顔でドローンにレポートしている。
「このイカダ、よくできてますよね? すごい安定感ですし、なんならモーターなんかも着いちゃってますよ」
シユはイカダを自慢している。
「今日はですね、いよいよサイバードリーム社への突撃レポートの日です! 最近、お刺身と小松菜を食べて、超健康的なシユなら大成功間違いなしですよね! 皆さん、応援よろしくお願いします!」
シユは今日も絶好調のようだ。
「あ、ちなみに皆さん、小松菜の由来って知っていますか? 実は小松菜の由来は江戸川区にある小松川地区から来てるらしいんですよ。らしいというのはまぁ、リスナーさんから聞いたからなんですけど。皆さんも小松菜を食べるときは小松川に思いを馳せてみてはいかがでしょうか? しかも小松菜はですね、三大激痛とも言われる尿路結石の原因とされているシュウ酸の含有量がほうれん草などに比べてすごく少ないらしいです。いやいや、リスナーさん、でも私、女ですよ? 尿路結石って……と言ったらですね、なんと女性もなるらしいんですよ! 確かに男性よりは少ないみたいですが、珍しいことでもないらしく……私、それを聞いて震えてしまいました。痛いのは嫌ですからね。なので、私は今度からはほうれん草ではなく、小松菜を食べたいと思います。あ、ほうれん草農家の方、ごめんなさい! …………って、そんな人いないか!?」
シユは一人で笑っている。今日も絶好調のようだ。
しかし、これだけ絶好調であるのにも理由があった。
それはイカダ乗船時間が結構長かったからだ。
豊洲と内地の間を流れる川の幅はせいぜい100メートル程度のものだ。
だから元々は、ものの数分でイカダの旅は終わるはずだったのだ。
だが、目的地が内地の〝どこでもよい〟からサイバードリーム社……すなわち清澄白河に変わったことで、なりゆきが少し変わったのだ。
豊洲から清澄白河まではおおよそ3.5キロメートル。
平時であれば徒歩で1時間かからないほどの距離だ。
しかし、問題があった。それは天使により橋が落とされてしまっていることだ。
清澄白河を含む東京都江東区の西部はその名の通り隅田
そのため隅田川からの分流で川幅100メートル以下の川が何本も通っている。
必然的に、その川に架かる橋が多い地域である。
そのため、シユは当初、イカダを運ぶか、はたまた現地でまた作り直すかする必要があるなぁなどと考えていた。
しかし、「なぁ、シユっこ、よく考えたらイカダで川を進んでいけばサイバードリーム社のある清澄白河周辺まで一気に行けるんじゃね?」「え? ラミちゃんさん、天才ですか?」というラミエルの天才的(?)発想により、イカダで清澄白河まで直行する運びとなったのだ。
……
「それじゃあ、この辺で降りましょうかね」
「あぁ……」
シユの確認に、ラミエルが相槌を打つ。
三人は無事、サイバードリーム社のある清澄白河周辺に辿り着く。
【了解】
さらに、コメントがされる。
リスナーである。
リスナーはすでに
流石に川の上に放置するのも可哀そうということで、ラミエルがカジロイドを
【ありがとう】
リスナーは礼を書き込む。
「あ? あぁ……文字だけだと、お前の生意気っぽさが薄れて新鮮だな」
ラミエルは頭をかくような仕草をしている。
【しかし、本当に二人で大丈夫か?】
「えぇ……大丈夫です!」
シユはなぜか自信満々である。
「それに……ふと気づいたことがあるのです」
【なんだ?】
「あのですね……」
シユは一呼吸入れ、そして……くわっとした表情で言う。
「リスナーさんとラミちゃんさんがホームセンターに来てからというもの、私、全く活躍してないんですけど!?」
【え……?】「は……?」
リスナーとラミエルは唖然とする。
「だってほら、図書館に行ったときも、ホームセンター駐車場の掃除をしたときも、うちのノートパソコンを取りにいったときも、二人ばっかり活躍して……! 私、ほとんど空気だったじゃないですか! 私だってお二人が来る前は、一人で天使と戦ってたのに!」
「まぁさ、そこはやっぱり人外の私と、実質、不死のリスナーが前線に出た方がリスク対効果を考えると合理的というか……」
「それは分かりますが……このチャンネルは私のチャンネルなんだから、私だってもっと目立ちたいんです!」
「理由それかい!」
と、
【危ない!】
突然、リスナーが警告を書き込む。
物陰から二体の天使が襲い掛かってくる。
だが……、
「わかってますよ」「わかってるよ」
シユは天使の一体を一刀両断し、ラミエルは顔面を鷲掴みし地面に叩きつける。
二体の天使を一瞬にして絶命させる。
【……流石】
「さて、シユっこ、冗談はこれくらいにして、行くか」
「冗談じゃないんですけどね……」
そんなことを言いながら、二人はサイバードリーム社へと向かう。
……
「ここまでは順調だな」
「はい……」
二人は無事にサイバードリーム社前まで辿り着き、二人は身をひそめながら入口の様子をうかがう。
リスナーはこの地域の天使の密度の高さを懸念していた。
しかし、イカダでサイバードリーム社にかなり近い位置まで来れた。
そのおかげで、それほど天使と遭遇することなく辿り着くことができたのだ。
「シユっこ、確か、研究開発部は4階フロアだったな?」
「そうですね」
「ラッキーだな、20階よりはだいぶマシだ」
「はい……」
「よし……覚悟を決めていくぞ……!」
「はい……!」
そうして二人は正面玄関からサイバードリーム社1階、エントランスホールに侵入する。
「「っ……!」」
はいってすぐに二人は絶句する。
エントランスホールには、天使がたくさんいたのだ。
二人がすぐに一度、引き返す選択をしてしまう程に。
「お、おい……見たか、シユっこ」
ラミエルは表情を
そうなってしまうのも無理はなかった。
天使の数はおおよそ40。
それだけでも嫌気がさす数字だ。
だが、それよりも二人が脅威に感じたのは、それらの天使たちが〝等間隔に並んでいた〟ことだ。
等間隔に並んでいたといっても、一列に並んでいたわけではない。
正確な数字はわからないが、8×5のように隊列を組むように並んでいた。
「おいおい、シユっこ、あんなの見たことあるか?」
「いえ、一度もありません」
【俺もだ】
リスナーも同調する。
三人が一度も見たことがないと言うように、通常、天使はそれぞれ独立して行動するものである。
それぞれが思い思いに決められた法則に従い、行動する。
天使とはそういうものであると二人は思っていた。
だが、エントランスホールには、40体余りもの天使たちが隊列を組んで並んでいた。
隊列を組んで並んでいたということは、すなわち組織的な行動をすることを
「ってかよ、あいつら、私たちを視認してたよな?」
「恐らくそうだと思います」
「だよな……なんでシユっこのことを追いかけてこないんだよ」
「ですね……」
襲ってくるタイプの通常の天使であれば、人間を見たら一目散に追跡してくるものである。
「こういっちゃなんだが、まだ追いかけてきてくれた方がやりやすかったな」
「はい……」
単純に追いかけてきてくれれば、玄関の部分で狭くなることを利用して、少数ずつ対処することができたかもしれない。
その方が断然、低リスクでの対処が可能であった。
「ちなみに、シユっこ、上位天使っぽいのはいたか?」
「いえ、ぱっと見ではありますが、それは見当たらなかったです」
「だよな」
「……ちょっとドローンで再確認してみましょうか」
「そうだな」
二人は撮影ドローンに、エントランスホール内部の状況を撮影させる。
【やっぱり見たところ上位天使はいなさそうだな】
「ですね」「そうだな」
三人の見解が一致する。
「さて、どうするか」
三人は裏口がないか確認したり、壁面を登るなど、エントランスホールを通らずに4階に到達する方法はないか考えた。
しかし、うまい方法は見当たらなかった。
「やっぱり正面突破しかないですかね……」
「そうだな」
「だが、極端な話、奴ら全員を狩る必要はない。階段にさえ辿り着ければ、あとはどうにかなるんじゃないか?」
「そうですね」
「だったらひとまずその方針でいくぞ」
「わかりました!」
そうして二人は覚悟を決めて、再びエントランスホールに入る。
二人は天使軍団の前に立ち、それぞれ刀とバールのようなものを構える。
「…………しかし、動かないな……」
ラミエルは首を
シユとラミエルを目の前にしても天使軍団は隊列を組んだまま動こうとはしなかったのだ。
「よくわかりませんが、この天使さんたちは動くつもりがないんですかね。それなら、ちょっと脇の方から行けたりとか……」
シユとラミエルは隊列の端の方から、奥にある階段の方へすり抜けられないかと何食わぬ顔で移動する。
しかし、
「「っ……!」」
二人の動きに合わせるように、天使たちが一斉に向きを変える。
「どうやら全く動かないってわけではないようだな……私たちが上に行くのを守ってるってか?」
「はい……」
「厄介だし、攻めてこないのもどうにも気味が悪いな……」
ラミエルは顔をしかめる。
「だが、まぁ、向こうさんが攻めてこないっていうなら……無理やりこじあけるしかねえよなぁ」
「え……? どうするんですか? ラミちゃんさん……」
「うーん……そうだな…………ゴリラでも見習うか……」
「ゴリラ……?」
「あぁ……」
ラミエルはにやりと口角をあげる。
すると、突如、手に持つバールのようなものを駆使して、入口近くにあった恰幅のいいちょびひげのおじさんの銅像を接地面から剥がし取る。
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