第20話

「はい……ですから、行きましょう! サイバードリーム社へ!」


 シユの意気込みに、リスナーとラミエルは息をのむ。


「〝ハムくん〟を探しに!」


「「そっちぃいい!?」」


 リスナーとラミエルは思わず突っ込む。


「え? そっちってどういうことです?」


 シユは素っ頓狂に聞き返す。


「あ、いや、てっきり久世さんの方かなと……」


 ラミエルが答える。


「まぁ、もちろん久世さんもそうですよね」


「あ、一応、候補には入ってたのね……」


「あのラミちゃんさん? 前にも言いましたよね? 私、鈍感属性はないって!」


 シユは頬を膨らませて小さく怒る。


「え? そう言えば、そんなこともあったかな……」


「わりと最近の出来事なんですが……」


「わかったわかった。じゃあ、なんで久世さんじゃなくて、ハムくんの方なんだよ? 確かに報告書内でハムくんの所在ははっきりしているというのはある。だが、ハムくんだってどこかに移動されている可能性は十分あるだろ?」


「えぇ……、まぁ、その通りです。ですが……目をつむって考えた時……」


「考えた時……?」


「……おぼろげながら浮かんできたんですよね……ハムくんの文字が」


「完全にただのランダムじゃねえか」


 ラミエルはシユをじとりと見る。


「え? じゃあ、ラミちゃんさんは反対なんですか? ハムくんを探しに行くのは?」


「え……? いや、まぁ、別に反対ってわけじゃねえけどよ……」


「じゃあ、いいじゃないですかー!」


 シユはぷんすかする。


「いや、確かに反対ってわけじゃねえよ……ただ……ハムくんは……ひょっとして……」


 ラミエルはチラッとリスナーの方を見る。

 しかしリスナーは何かを考えているようで反応しない。


「どうかしました……?」


 それを見て、シユは不思議そうにする。


「いや、なんでもない……」


 ラミエルは、はぐらかす。


「うんまぁ、どっちにしてもサイバードリーム社に行くのはいいとして……えーと、シユっこ、サイバードリーム社の場所わかるのか……?」


「清澄白河ですね」


「清澄白河か。川を渡らなくちゃならない問題はあるが、これまた行けなくもない距離ですな」


 豊洲から清住白河は北の方角へ約3.5キロメートルである。

 平常時なら徒歩でも1時間かからずに行ける距離である。


 と……、


「そもそもなんだが……」


 しばらく黙っていたリスナーが切り出す。


「そもそもサイバードリーム社に行く必要はあるのか?」


「「っ……!」」


 シユとラミエルは考えもしていなかった〝そもそもの話〟がリスナーから飛び出て結構驚く。


「まず一点、先に言っておかないといけないことがある。サイバードリーム社に行くなら俺はほとんど協力できない。いや、その……気持ち的に協力できないとかそういうのではないぞ。行くのであれば本来なら全力で協力したい。だが、物理的にできないんだ。なぜなら清住白河は三本目の塔からかなり近いからだ」


「……? どういうこと?」


 ラミエルは首を傾げる。


「あ……そうか……確か、リスナーさんは三本目の塔に近づくと、ジャミングで機械に憑依することができなくなるんでしたよね……」


「そうだ。三本目の塔はおそらく森下付近にあるだろう」


「うわ、思ったより近いんですね」


 リスナーが三本目の塔の具体的な場所を述べ、シユは驚く。


 清澄白河からさらに北側に行くと森下である。

 清澄白河と森下は川を挟んで隣接している。


「つまり、俺はサイバードリーム社ではほとんど協力できない。恐らく配信を観てコメントはすることはできると思う。まさにリスナーになるというわけだけど、それだとあまり役には立てないだろう」


「そ、そんなことはないです……!」


 シユは配信が役に立たないという部分は否定したいようだ。


「そこは悪かった。だけどよ、手前みそではあるが、俺が参戦できない分、戦力が低下するのは事実だろ?」


「……はい」


「それに加えて、清澄白河とか森下とか……あの辺は住宅街なんだよ。要するに、豊洲や有明より天使の密度が圧倒的に高い」


「……!」


「つまりだ。純粋にリスクが高いんだよ。ここよりも遥かに」


「……」


 シユは言葉に詰まる。

 リスナーは更に続ける。


「だからな……そもそもなんでそんなリスクを冒してまでサイバードリーム社に行くのかって話だ」


「そ、それは天使化の謎を解明して……」


「果たしてその謎は本当に解明する必要があるのか?」


「……!」


「天使化の謎……確かに気になる。それはわかる。だが、今時点で、シユのお母さんのおかげもあって、おおよその仮説は立ったじゃないか。もうそれでいいんじゃないのか? それよりも内地で、もっとリスクの少ないところで、新たな生存者を探す方がいいんじゃないか?」


 リスナーは普段より少し語気を強めて言う。


「……」


 その様子にシユも真剣に耳を傾け、そしてしばらく考えるように沈黙した後、まずはラミエルに問いかける。


「ラミちゃんさんはどう思いますか?」


「え……? 私……?」


 ラミエルは自分に振られると思っていなかったのか、少し驚くが、続ける。


「私はまぁ、どっちもどっちだな……リスナーの言い分も理解できる。だが、シユっこが行くって言うなら私は一緒に行くぞ」


「わかりました」


 シユは頷くと、また少し間を置いて、そして、ゆっくりと口を開く。


「…………リスナーさんは私たちの心配をしてくれてるんですよね?」


「……!」


「それはわかります。ありがとうございます」


「なら……!」


「でも、サイバードリーム社、行ってみようと思ってます」


「……っ」


 リスナーが想定していたよりもシユの想いは強かった。


「天使化の謎を解明したいという好奇心は少なからずあります。でもそれ以上に、私にはやりたいことがあります。その内容はすみません……今はまだ言えないのですが……そのための手がかりの候補となるものが、やっぱり今、サイバードリーム社に行くくらいしかないんです」


「……わかった。であれば俺は俺にできることを全力でやるまでだ」


「はい……ありがとうございます」


 シユはいつもより少しぎこちなく微笑む。


「おい、リスナー、一言、言わせてくれ」


 傍らで聞いていたラミエルが口を出す。


「なんだ?」


「私は、リスナー……お前がなんでサイバードリーム社製の製品憑依できないのか。この点も気になっている。別にお前が隠し事をしてるとは思っちゃいないがな」


「あ、ラミちゃんさん……」


 シユは心にしまっていたことをあっさりとラミエルに言われて、少しあたふたしている。


「…………わかってるよ。だが、それは俺も本当にわからないんだ」


「あぁ……」


 二人はそれ以上、その件には言及しなかった。

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