第19話

 カジロイドが発売された。


 それから、しばらくして社長が研究開発部に訪れる。


「研究開発部の皆さん……本日は皆さんにお伝えしたいことがあります」


 社長の前に集められた研究開発部のメンバーは息をのむ。

 そして……、


「いやぁ、素晴らしい。素晴らしいよ。おかげさまで絶好調、超絶好調!」


 恰幅かっぷくのいいちょびひげ社長が上機嫌にガハハと笑う。


「いやぁ、先日発売したカジロイド……これがもう笑っちゃうほど、バカ売れ。株価も爆上げで時価総額もうなぎ登り! いやはや、素晴らしいの一言!」


 社長はやはり上機嫌だ。


「ありがたいお言葉です……」


 ここ2年で一層ひょろりとした研究開発部の部長が社長にへこへこしている。


「君もこの功績なら役員昇格、まちがいなしだな! がはは!」


 社長は浮かれているのかそんなことここで言っていいのかということを言っている。


「滅相もございません……」


「ってか、君さ……?」


「はい……?」


「あるでしょ? 他にも……こうさ……」


「……な、なんでしょうか?」


「ほら……開発を承認したのは私なんだし……私のこの先見の明とでもいうかね……そういうのを賞賛するとかさぁ……そういうちょっとした気遣いというかね……そういうとこだぞ?」


「っ……!?」


 研究開発部長は言葉を失う。


 それはそれとして、カジロイドの発売。

 それはちょっとした社会現象になっていた。


 一体で自動車ほどもする高価格にも関わらず、富裕層を中心に飛ぶように売れた。


 社長が浮かれてしまうのも仕方のないことであった。


 だが……、


 社長の話を聞いていた綾乃はちらりと横を見る。


 そこにはうつむき加減の久世がいた。

 最大の功績者であるはずの久世はどうにも浮かない表情をしていたのだ。

 以前であれば、社長のパワハラに苦言を呈していた久世であったが、そういった勇ましさもりをひそめている。


 ……


 社長の激励が終わり、各々の席に戻る。

 そして綾乃は声をかける。


「久世さん、大丈夫ですか?」


「え……? まぁ、うん……」


 久世はそう返事するが、やはりどこか上の空である。

 綾乃は心配でもう少し聞いてみる。


「えーと、何かあったんですか?」


「いや、特には……本当に大丈夫だよ」


 あまり大丈夫そうには見えなかったが、結局、久世は何かを語ることはなかった。

 綾乃もそれ以上、追及することはしなかった。


 二人はデスクに向かい、それぞれの仕事を始める。


 しばらくして、綾乃はふと久世の方を横目で見る。


「……!」


 綾乃は驚く。

 久世はものすごい剣幕けんまくで画面を睨みつけていたのだ。


 しかし、綾乃は気付かないふりをする。

 だが、ふと過去に久世のログを見てしまった日のことを思い出す。

 そして、申し訳ないと思いつつも、久しぶりに久世の閲覧ログを確認することにした。


 案の定、久世はアングラなレビューサイトにおけるカジロイドの評価を閲覧していた。

 だが、それにしたって、ほとんどが高い評価をつけたものばかりであった。

 しかし中にはそうでない者もいるのも事実である。


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【カジロイドに対する評価】

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 ★★☆☆☆

 疲れてる時に話しかけてくるのがうざい。しゃべらないでほしい。

 >>トークオフモードがあるだろ。説明書読め。

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 ★☆☆☆☆

 やってくれるのが家事だけ。

 安かろう悪かろうか。

 家政婦の方がいい。抱けるし。

 >>成金マウント取りたいだけだろ? セクサロイドでも買っとけ

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ★☆☆☆☆

 開発した奴の冴えない浅い人生が詰め込まれているようできつい

 買ってないけど

 >>買ってないんじゃなくて買えないんだろ

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 =====================


 なかなかに理不尽である。

 しかし知名度の高いものであれば、どこからともなく湧いてくるようなコメント群である。

 だが、久世はそれら一つ一つにいちいち反論していたのだ。

 さらにそれだけではなかった。


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【カジロイドに対する評価】

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ★★★★☆

 全体としては家事のクオリティも高いし満足である。

 しかしできれば女の子のデザインも欲しかった。

 >>きもい

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ★★★★★

 すごい! 今まで苦労してた家事が減って、時間に余裕が生まれた。

 本当にいい買い物でした。

 でも夜中トイレに起きた時に機能停止してて軽くホラーだった(笑)

 >>日中お前みたいな低能をサポートするために夜中にバッテリー節約してんだろうが

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 =====================


 綾乃は言葉を失う。

 基本的に肯定的な意見であっても、些細な批判があると、敏感に反応していたのだ。


 綾乃はいたたまれない気持ちになった。

 しかし、閲覧履歴を盗み見ていることを告げることはできなかった。


 だから、


 =====================

【カジロイドに対する評価】

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ★★★★★

 すごい! 今まで苦労してた家事が減って、時間に余裕が生まれた。

 本当にいい買い物でした。

 でも夜中トイレに起きた時に機能停止してて軽くホラーだった(笑)

 >>日中お前みたいな低能をサポートするために夜中にバッテリー節約してんだろうが


 >>>>肩の力抜けよ。疲れてるなら身近な人にでも相談してみたら?

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 =====================


 逆効果かもしれない。

 しかし、本気で久世の助けになりたいという想いで綾乃は書き込んだ。


「っ……!」


 隣のデスクで久世の手が止まる気配を感じた。


 そして、久世がゆっくりと口を開く。

 綾乃の心臓が高鳴る。


「ねぇ、ハムくん……この世から腐った人間を消滅させる方法ってあるかしら?」


「っ……!?」


『前にも同じことを聞かれました』


 ハムくんはそんな物騒な質問であっても、いつものように少しだけ電子音が混じった声で流暢りゅうちょうに淡々と答える。


「はは……そうだったかしら……」


 久世は変な空笑いをしている。


「…………ねぇ、田中さん」


「っ……!」


 今度は綾乃が声を掛けられ、不意打ちを受けたようで綾乃はドキッとする。


「今の話聞いてた?」


「えぇ……まぁ……」


「そう……恥ずかしいわね……」


「……」


 綾乃は気まずくて沈黙する。

 すると久世は続ける。


「私っていつもちょっとした理不尽にむきになって対抗しちゃって、後でかなり後悔するのよね……」


「人間みんなそんなものですよー!」


 綾乃は咄嗟にそう応える。


「…………ありがとう」


 久世はそれだけ言うと仕事に戻る。

 その日はもうレビューサイトの閲覧などはしていなかった。


 それからしばらくは特に何も起きず、綾乃はそんなことがあったことすらほとんど忘れていた。

 そんなある日のことであった。


「ねぇ、田中さん」


「はい……?」


 その日は、久世が綾乃に話しかけてきた。


「これ……どうぞ」


「ん……?」


 久世は綾乃に錠剤の入ったボトルを渡した。


「えーと、これは……?」


「すごくよく効くサプリメントよ」


「ほぇー、久世さんが言うからにはさぞかしよく効くんでしょうね」


「えぇ、それをね、あなたにあげるから…………少ししかないから、あなたの大切な人に飲ませてあげて」


「……? あ、はい……ありがとうございます」


 ◆


「そうして私はそのよくわからないサプリメントを飲んで、ついでにシユにも……飲ませた。なんだか気持ち元気になった気が……するぅううう!?」


 現在――、ホームセンターにて。


 ノートパソコンの内容を読み上げながら、シユは驚く。


「全く怪しまないのがシユのお母さんらしいな……」


 ラミエルがくすりと笑う。


「ちょ、ラミちゃんさん、それどういう意味ですかぁ!?」


 シユは抗議している。


「はいはい、シユっこは可愛いなぁ! だけどまぁ、要するにだ。この天使現象について恐らくこの久世さんが関わっていて、そのサプリメントのおかげでシユとお母さんだけが天使化を免れた……という仮説が成立するわけだな」


「…………そうですね……そうなっちゃいますよね……」


「「「……」」」


 三人はしばし沈黙する。

 その沈黙をリスナーが破る。


「それで、この後、どうするんだ? 元々は内地……それと三本目の塔を目指していたわけだけど……」


「そ、そうですね……お母さんの報告の中で、一つ気になることがあります」


「ん……? あ、まぁそうだな……」


 リスナーも心当たりがあったのか同意する。


「はい、久世さんが開発していたという〝別のもの〟です」


「それがひょっとしたら、この天使化現象に関わっているかもしれないってことだよな」


「はい……」


「そうだとして、シユ、この後、どうするつもりなんだ?」


「この報告書の中で、天使化に深く関わっていて、そして、高い確率で生き残っているであろう方がいますよね」


「あぁ、そうだな……」


「はい……ですから、行きましょう! サイバードリーム社へ!」


 シユの意気込みに、リスナーとラミエルは息をのむ。


「〝ハムくん〟を探しに!」


「「そっちぃいい!?」」


 リスナーとラミエルは思わず突っ込む。

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