第18話
綾乃はサイバードリーム社についての一つの結論を出していた。
結論を言うと、サイバードリーム社は極めて潔白な企業である。
もちろんパワハラなどは存在する。大小はあれど、それが存在しない大企業など存在しないのが現実だ。
だが、基本的な理念は利益追求であり、そのやり方は社会規範を
所得隠しやインサイダー取引の類の兆候も見られない。
そして
いやはや、平和な案件で助かるなぁ。
これが綾乃がサイバードリーム社に抱く感想であった。
政府機関
最低限の仕事はこなすのは当然である。それに加え、綾乃はそれなりのプロ意識を持っていた。
日本を守り、そして子供らを守る。
そういったことが諜報員としての綾乃の活動の根源にある。
あーらら、この人、がっつりさぼってるなー。
ちょ、この人、ニュースサイトしか見てないじゃん。
この人、エクセ○開いたり閉じたりしてるだけじゃん。
ログ情報などを見れば、そんなことは簡単にわかる。
どんな大企業にもそういった人間は一定数いる。
だが、こんな情報は極めてどうでもよく、単なるスルー対象だ。
綾乃はサイバードリーム社のために働いているわけではないのだから。
ちょ、この人、サイバードリーム社の商品のアングラなレビューサイト見過ぎぃ!
時にはそんな人もいる。
しかも反論まで書いてる! どんだけサイバードリーム社、愛してるんだよ!
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【自走ドローンに対する評価】
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★★☆☆☆
やっぱり自分で撮影する方が好きかな。
高い買い物であった。
>>NOT FOR YOUというだけで低評価とするのはどうかと思いますが。
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★☆☆☆☆
商品はよかったが、梱包が残念だった
>>梱包は商品の評価ではありません
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★☆☆☆☆
ゴミ
>>ゴミはお前だろ、カス
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まったく業務中にこんなことやってんのは、どこのどいつだぁ?
綾乃はほんの興味本位で投稿者のIDを調べてみることにする。
っっっ!?
そして、思わず息をのむ。
「ん……? どうかした? 田中さん」
綾乃の異変に気付いた隣の席の久世が不思議そうにそんなことを言う。
「あ、いや別に……」
綾乃は苦笑いする。
「あらそう……」
久世はそう言うと、再び、パソコンへと向かう。
「…………」
えぇえええ゛えぇええ゛ええええ!?
いやいやいや、そんな平然な顔して……
く、久世さん……あなたかよぉおおおお!!
犯人は久世であった。
……
綾乃は久世のちょっと意外な一面を人知れず知ってしまった。
しかしそれは、まぁ別にどうでもいいと言えばどうでもよかった。
人間誰しも人には言えない裏の顔があるんだな、くらいのものである。
そうして、カジロイド開発プロジェクトの日々は続いていく。
綾乃も
これはまたそんなある日のことである。
「はぁー、息詰まっちゃった……」
綾乃の隣の席で久世が背伸びをしながらため息をつく。
「……久世さんでもそんなことあるんですね」
綾乃は意外に感じ、素朴な疑問をぶつけてみた。
「あるわよー! 超あるわよー! ってか、田中さん、私のことどう思ってるのよ」
「あ……失礼しました。でも世界最高の
綾乃はたじたじとしつつも本音で言う。
「え……? そ、そうかしら……」
久世は少し虚を突かれた様子だ。
だが、満更でもないのか照れるように長い髪をかき上げ、耳にかけたりなんかしている。
「ねぇ、田中さん」
「はい……?」
「つかぬことを聞くけど、私の最高傑作ってなんだと思う?」
「え……? そうですね……」
綾乃は少し考える。
「私的には自走ドローンではあるのですが、やっぱり社会貢献度で言うと、ステルスパワードスーツじゃないでしょうか。ステルスパワードスーツにはたくさんの人が救われ、そしてキャッチコピーの通り、笑顔を取り戻したんじゃないでしょうかね」
「なるほど……田中さんはいつも嬉しいこと言ってくれるわね……」
久世は目を細めて呟くように言う。
「確かにその二つも私の開発の中で、成功したものだって思う。もちろん他の製品も我が子のように想っているわ」
「な、なるほど……」
そりゃあ、我が子のように想っていれば、批判にも敏感になりますなと、綾乃は心の中でひっそりと思う。
「だけどね、やっぱり私の最高傑作はこの〝ハムくん〟だと思うの」
「……!」
綾乃はそう言われてはっとする。
『最高傑作だなんて照れくさいですね』
傍らで聞いていたハムくんはいつものように少しだけ電子音が混じった声で
久世はハムくんにニコリと微笑む。
「確かにハムくんは製品にはなってないし、世には出ていない。だけどね、田中さん。自走ドローンもペットロイドもステルスパワードスーツもハムくんがいなかったら生まれてないわけじゃない?」
「確かにそうですね……」
自走ドローン、ペットロイド、ステルスパワードスーツは世に商品として出されている。
しかしサイバードリーム社が〝対話型インスピレーションロボット〟を世に出すことは絶対にないだろう。
なにせそれは〝金のなる木〟なのだから。
「ハムくんが1番。それは揺るぎない。だけど、今作ってるカジロイド……これは私の中でもかつてないほどの傑作になりそうな予感がしているわ。そう思うとワクワクしてくるわ」
そう語る久世は少々、うっとりした表情をしている。
『大したことない、大したことない』
「あら? ハムくん、嫉妬してるの? 可愛いわね」
久世とハムはまるで親子のような会話をしている。
「あ、そうだ。田中さん。そのカジロイドの件だけど、顔のデザインについては順調なの?」
「あ、はい……、一応、久世さんから頼まれている例のデザインでなんとか通そうとはしているのですが……」
「なにか問題があるの?」
「まぁ、悪くはないのだけど、一案だけで決めるのはどうかという意見を受けていまして……他の案も出して欲しいと……」
「なるほど……」
久世は少し沈黙する。そして、
「田中さん、頼むわよ……なんとか通してちょうだい……」
久世は綾乃を真っすぐと見つめながら言う。
「あ、はい……」
綾乃は正直、ちょっと怖っ! と思いつつ、了承する。
「はぁ、でもちょっと息詰まっちゃったし、息抜きでもしようかしらね……」
そう言うと、久世はパソコンに向かう。
「……息抜きって何するんですか?」
と、とぼけて聞くが、綾乃は、まさかアングラレビューの巡回か? と心の中で思う。
だが、その日は違ったようだ。
「ちょっと開発」
久世はそう言いながら、微笑む。
「え……? 開発ですか? 息抜きに?」
「そうそう。おかしいよね? こんなに開発して息詰まったーって言ってるのにね。別の開発するんだもの。開発者っていうのは息抜きに開発する生き物なのかもしれないわね」
久世は自嘲気味に苦笑いする。
そんな日々が続き、2年後(例の日から1年前)。
ついに、少年執事型家事アンドロイドのカジロイドが発売されるのであった。
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