第17話

 シユ、リスナー、ラミエルの三人はホームセンターへと戻る。


 それから数日は回復に当てた。

 特にリスナーのカジロイドの損傷がひどかった。

 しかし、リスナーはリペアドローンなるものに憑依し、カジロイドを自己修理した。

 ただ、完全に治すのは不可能なようで、ところどころ痛々しい傷が残っていた。


 それから、シユはお母さんのノートパソコンの内容を漁る。

 シユがお母さんが残した諜報記録を見つけるのに、それほど時間は掛からなかった。

 記録は依頼主クライアント報告用と自身プライベートの記録用に分かれていた。

 そしてそれらの記録をつなぎ合わせ、お母さんの伝えたかった過去に辿り着く。


 ◆


 これはシユのお母さん、田中綾乃あやのの物語。


 例のあの日からさかのぼること3年――。


「いやぁ、素晴らしい。素晴らしいよ。おかげさまで絶好調、超絶好調!」


 恰幅かっぷくのいいちょびひげ社長が上機嫌にガハハと笑う。


 ここはサイバードリーム社、研究開発部。


 今日は研究開発部に社長が激励に来ていたのだ。


「いやぁ、君たちの開発した様々な商品……これがもう笑っちゃうほど、バカ売れ。株価も爆上げで時価総額もうなぎ登り! いやはや、素晴らしいの一言!」


 社長はやはり上機嫌だ。


「ありがたいお言葉です……それもこれも社長に予算を組んでいただいたおかげでして……」


 その隣でひょろりとした研究開発部の部長が社長にへこへこしている。

 社長は満足そうに頷いている。


「流石、社長の先見の明は素晴らし……」


「ん……?」


 社長の眉がぴくりと動き、それに伴い、部長は固まる。


「君……今……私を褒めたね?」


「え……? あ……いや、そんなことは……」


「いや、先見の明が素晴らしい……これって誉め言葉だよね……」


「っ……!」


「褒めるという行為は……潜在的に自分が上の存在であるという認知が行われている。わかるよね?」


「っ……! い、いえ……そんなつもりは……毛頭ございません……!」


「ふーん…………まぁ、わかったけど……君の代わりならいくらでもいるんだよ?」


 社長は冷たい目で部長を見つめる。


 と、


「…………このご時世に……なんちゅうパワハラを……」


 話を聞いていた女性研究員がぼそりと呟く。


「ん……?」


 場は凍り付く。


「ん……? 何か聞こえたような……」


 社長はギロリと社員たちの方を見る。


「ん……? 君かな……?」


 社長の地獄耳はなかなかのもので、正確にその女性研究員を言い当てる。

 その研究員は女性にしては背が高く、端正な顔立ちの美人であった。

 綺麗な黒い髪が背中まで伸びている。


 そして……、


「うーん、見たことない顔だな……平社員か……君……わかってるのかな? 君の代わりならいくらでも……」


久世くぜさん!?」


 部長が真っ青になり、その女性研究員のことを呼ぶ。


「久世……?」 


 社長もぴくりと止まる。


「しゃ、社長……恐れながら……私の代わりならいくらでもいます……ですが、彼女の代わりは……」


 部長は冷や汗をかきながら、社長に進言する。


「…………ふんっ……」


 社長は不愉快そうに鼻を鳴らし、そして去っていくのであった。


 研究員たちはそれを見届けると、ようやく終わったかというようにそれぞれの持ち場に戻っていく。


「久世さん……」


「ん……?」


 持ち場に戻ると、とある研究員の女性が久世に声をかける。


「なに? 田中さん」


 そう。この研究員の女性こそ、シユのお母さん、田中綾乃である。

 綾乃は諜報活動のためにサイバードリーム社、研究開発室の一般社員として潜入していたのである。

 役職は主任研究員で、主にデザインに関する仕事を任されていた。


「あんなこと言っちゃって大丈夫だったのでしょうか?」


 綾乃は久世に尋ねる。


「さぁ、どうだか……言わない方がよかったかもね……私っていつもちょっとした理不尽にむきになって対抗しちゃって、後でかなり後悔するのよね……」


 社長の前では堂々としていたが、実はちょっと後悔しているこの女性が久世である。


 久世さんは、一言でいえば、スーパー開発者デベロッパーである。


 自走ドローン。自動で走行し、撮影や監視などの役割をこなすドローン。

 ペットロイド。ゲームのキャラクターなど、きわめて精巧に再現されたペットロボット。

 ステルスパワードスーツ。身体の不自由な人や老人などを電磁波等で運動の補助をする。


 などサイバードリーム社の主力商品の開発を歴任している。


 本来であれば、これだけの功績を上げれば、もっと上の地位に就くものである。


 しかし、久世は昇進試験の話を拒否しており、今でも平社員のままである。

 ちなみに役職的には主任である綾乃の方が上である。

 しかし、研究開発室で久世に偉そうな態度を取る人間など最高役職の部長を含めて存在しなかった。


「ねぇ、ハムくんはどう思う? 私ってやっぱり空気読めないってやつかな?」


 久世は近くにいた〝ハムくん〟に尋ねる。


『久世さんは正しいことを言ったに過ぎません。正しいことは正しい。至極当たり前のことです』


 ハムくんは少しだけ電子音が混じった声で流暢りゅうちょうに答える。


 それを傍らで見ていた綾乃は思う。大したAIだこと。


 そう、ハムくんとはAIロボットである。

 久世は自分の机の脇に身長30センチメートル程度のアンドロイドを置いているのである。


 ただ、そのアンドロイドを机に置いているのは久世に限ったことではない。

 サイバードリーム社の研究開発室のメンバーは皆、AIロボット〝対話型インスピレーションロボット〟を置いている。

 これもまた久世が開発したものであるのだが。


 ただ、本来の使用目的は日常会話や愚痴をこぼすためのツールではない。

 対話型インスピレーションロボットは開発に必要なインプットを上手く与えると、ヒントやアドバイス、時には、重大な発明に直結するようなことを教えてくれるのだ。


 ある意味では、この対話型インスピレーションロボットこそがサイバードリーム社に莫大な利益をもたらしている存在といっても過言ではないのだ。


 その生みの親でもある久世はそんな対話型インスピレーションロボットにハムくんという愛称をつけて、可愛がっていた。


「そういえば、田中さん」


「はい……?」


「自走ドローンは使ってみたかしら?」


 綾乃は先日、自走ドローンを購入したことを伝えていたのだ。


「あ、はい! 使ってみましたよー!」


「ど、どうだったかしら……」


 久世はその感想を求めてくる。


「あれは本当に素晴らしいです! 最高です!」


「……!」


 その言葉に久世の表情はぱーっと晴れる。


「自走ドローンって、本当に自動で動くんですね。〝娘を撮影してください〟って指示したら、そりゃあもういい感じに激写してくれましたよ。ぐへへ……」


「え……」


 綾乃はなぜか鼻の下を伸ばしており、久世は綾乃の娘のことが少し心配になる。


「うちって父親が単身赴任してて、子供と出かけるにしても基本的に私一人だから、正直、すごく助かるんですよね」


「あらそう! でも、それはよかったわ。実を言うと、自走ドローンの開発のきっかけはそういう一人親家庭でも子供と一緒に撮影できるっていうコンセプトだったから、そう言ってもらえると本当に嬉しいわ!」


 久世はにこにこである。


「……」


 それを聞き、綾乃は少し言葉に詰まる。

 確か久世は……と考えていると、久世は自分の方から語りだす。


「ほらっ、うちって離婚しちゃってて一人親家庭だから」


「そうでしたっけね……」


 綾乃はあまり突っ込みすぎないような反応に留める。


「あ、ごめんなさいね。田中さん、引き止めちゃって、それじゃあ、仕事を再開しようかしらね」


「そうですね」


「作っちゃうわよ! とびっきり有能な執事少年を……!」


「はい……」


 久世の輝く瞳に、綾乃は少したじたじとする。


 そうして二人はそれぞれのディスクのパソコンに向き合う。


 現在は大型プロジェクト……家事ロボット〝カジロイド〟プロジェクトの真っただ中であった。


 ◇


 さぁて、さてさて……


 綾乃は〝本業〟を開始する。


 綾乃の専門はハッキングである。


 リスクのある作業は潜入当初にすでに済ませてある。

 最初だけ無茶をして、スーパーユーザー権限を入手。バックドアを仕掛けた。

 ゆえにサイバードリーム社の情報やネットワークは全て掌握できる状況となっており、ログなどの痕跡も残らないよう細工済み。

 後はもうそれを監視し、横流しするだけの簡単なお仕事である。

 夜の誰もいないオフィスでこっそりと……そんなことはしない。

 だって見つかったら怪しまれるじゃん。

 白昼堂々やる。これが綾乃スタイルである。


 上層部に不穏な動きがないか。

 これが依頼主クライアントからの受注内容である。


 綾乃は今日も今日とて、調査を開始する。


 とはいえ調査の結果はすでに出ている。

 綾乃はサイバードリーム社についての一つの結論を出していた。

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