第16話

「くらえ……!」


 リスナーは蛸天使に向けて弾丸を放つ。


 無数の光の弾丸が蛸天使めがけて飛翔する。


『グゥエエエエ!!』


 弾丸が次々に着弾し、蛸天使は奇声をあげ、たまらず黒い煙幕のようなものを放出する。


 辺りは煙幕に包まれる。


「…………もう弾切れか……索敵にバッテリーを使いすぎたか……」


 リスナーの銃も弾切れとなり、束の間の静寂となる。


 と、次の瞬間であった。


「っ……!」


 煙幕の中から突如、触手が飛び出してきて、リスナーの右脚を捕らえる。


「しまっ……!」


 リスナーがそう認識した時にはすでに身体は宙に浮いていた。

 そして……、

 リスナーは、そのまま強く、地面に叩きつけられる。


「リスナーさん……!」


「くっ……!」


 リスナーは地面に突っ伏す。


 次第に煙幕が晴れ、蛸天使が姿を現す。


「っ……」


 その姿にリスナーも思わず唇を噛みしめる。

 リスナーの放った弾丸は全く効いていないということはなかった。

 蛸天使の身体にはいくつかの弾痕だんこんが残っている。

 だが、その弾痕は現在進行形で修復されていく。


「……あの蛸……なんて再生力なの……? こんな隙のない奴……どうやって倒せば……」


 それを目の当たりにしたシユの呟きにも絶望の色が混じる。


 と……、


 地面に叩きつけられていたリスナーがキシキシと音を立てながら立ち上がる。


「リスナーさん……!」


『グィ……?』


 その頑丈さは多少なりとも想定の範囲外であったのか、蛸天使も一瞬、不思議そうに首を傾げる。


「俺が……もっとうまく……カジロイドを使えれば……」


 リスナーはぼそりとそんなことを呟く。

 シユにはそれがリスナー自身へ怒りが込められているように聞こえた。

 リスナーは更に続ける。


「あぁ……そうだ……スマートにやろうとするのがよくなかった」


「り、リスナーさん……?」


「俺は何を格好つけているんだ……大したものは何も懸けちゃいないくせに……」


 リスナーは自嘲するように口角を歪ませる。


 そして……、


「そうさ……最初からぶっ壊れるつもりでやればよかったんだよぉおおお!!」


 蛸天使に向かって、猛進し始める。


 蛸天使は即座に触手による迎撃に移行する。

 リスナーはがむしゃらに斧を振り回し、蛸天使に突進し、再び直接攻撃可能な距離、一歩手前まで接近する。

 当然、蛸天使は骨の弾丸による弾幕でその進行を阻害する。


 だが、リスナーは下がらない。


 骨の弾丸を身体に受けながら、無理やりに前進していく。


『グゥ……』


 そして、ついに蛸天使の懐に入り込む。


 その後はもう無茶苦茶であった。


 蛸天使の触手に飲み込まれながらも、リスナーは力づくで斧を何度も何度も蛸天使に叩きつけた。


『ギィイ……ギィイ……』


 その鬼気迫る様子に、蛸天使も本能的に生存の危機を感じる。

 そして、自身の最大限の力をもって、リスナーの武器を奪いにかかる。

 蛸天使の触手は、リスナーに切り落とされ再生中が5本、稼働中が2本、そして休止中が1本である。

 蛸天使は休止中の1本も含め、稼働可能な3本全ての触手を武器へと向かわせる。

 そして……、


「あぁ……リスナーさん……!」


 シユは思わず叫ぶ。

 蛸天使の賭けは成功し、リスナーの武器を奪い、そして放り投げた。


 だが……、


「ようやく……取り返せた……」


『グィ……?』


 気が付くとリスナーは新たな武器を手にしていた。


 それは刀。


 リスナーは蛸天使が握っていたさやから刀を抜き取ったのだ。

 蛸天使がリスクを負ってまで、休止から稼働へ変更させた触手。

 その触手はシユのお母さんの刀を握る役割をになっていた触手であったのだ。

 かつて、その刀に恐怖心を覚えた蛸天使は、本能的に、その刀を手放すことなく握り拘束し続けなければならない呪縛を負っていたのだ。


 そして……、


『グェエ』


 想定外の出来事に反応が遅れた蛸天使は、脚を失っていた。

 理由は簡単だ。斬られたのだ。


 脚を失った蛸天使は地べたに落ちる。


 気が付けば自分蛸天使が見下ろされている。

 そして本能的に感じる。

 狩る立場から狩られる立場に変わったことを。


「お前がさっきから汚い手で握ってる、こいつはな……本来、こうやって使うんだ……」


 リスナーは取り返した刀を蛸天使の頭部に全力をもって叩き込む。



『ギィイエエ゛エエェエエ゛エエエ』



 蛸天使は奇声をあげながら身をくねらせ、そして次第に力が抜けていく。



 それを確認したリスナーも身体の支えを失い、その場で膝をつく。

 その身体はボロボロであった。

 顔にも弾丸を浴びており、少年らしい端正な容姿であった顔は歪んでいた。


「リスナーさぁああああん!」


 そんなリスナーにシユが駆け寄る。


「あ……シユか……これ……なんとか取り返したぞ……ちょっと使っちゃって悪い……」


 リスナーは手に持っていた刀をシユに見せる。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 シユは涙目になりながら感謝の言葉を繰り返す。


 だが……、


「シユ……悪いが、そんな風に感謝されるのは少し心が痛む……」


 リスナーはそんな風に顔を背けるのだ。


「え……?」


 シユははっとしたように呆然とする。


「俺はお母さんと同じではないんだ。どんなに攻撃を受けたとしても俺の身体からはオイルが出ることはあっても、血液がでることはない。どんなにこの体がぐちゃぐちゃになったとしても、俺自身がぐちゃぐちゃになるわけではない」


「…………リスナーさん……」


「そうだ。結局のところ、俺は単なるリスナーでしかなく、ここにはいない。どこか遠く……安全圏からこそこそ相手を殴っているだけで、命を懸けてなんかいないんだ……」


「であれば、リスナーさんは絶対に命なんか懸けないでください……!!」


「えっ……?」


 突然、シユが大声で叫び、リスナーは虚を突かれる。


「私、命なんて懸けてほしくない! お母さんは……お母さんはかっこよかったです! お母さんには感謝してる。でも、お母さんは……私をひとりにした……」


「……」


「リスナーさんはどうか命を懸けないでください! 私は自己犠牲なんて望んでいません! ずっとずっと遠くから私を見守ってくれている今のリスナーさんでいてください……! お願いです……! お願いだから……どうかもう私を独りぼっちにしないでください……」


 シユの目から涙がこぼれる。


「…………わかった」


 リスナーは静かに応える。


 と……、



「おっし! じゃあ、さっさと帰るぞ! お二人さん!」


「「っ……!」」


 突然、後ろからラミエルが二人の背中を叩く。


「なんだなんだ? 二人の世界に入ってやがったな? お姉さんも混ぜろよー!」


 ラミエルはにかっとする。


「す、すみません……」


 シユは恥ずかしそうに下を向く。


「って、ラミちゃんさん、怪我はもう大丈夫なんですか!?」


「リスナーが戦ってる間に治ったよ!」


「えぇ!? 本当ですか!?」


「まぁいいだろ……! さっさと帰って、今日の成功祝いでもしようじゃねえの! ミッション報酬のノートパソコンには何が詰まっているのやら……! 夢や希望ならいいんだがな!」


 そんなことを言いながら、ラミエルは橋に向かってとことこと歩き出す。


 シユとリスナーも顔を見合わせ、そして、ラミエルに続く。

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