第13話

 上空から落下してきたのは、二体の天使。

 一体は筋骨隆々で特に腕の部分が発達したまるでゴリラのような天使。

 もう一体は手が長くオラウータンのような天使だ。


「あ、あれ……!? ラミちゃんさんは……!?」


 シユはラミエルが近くにいないことに気がつく。


「ラミエルは、向こう側にのがれたようだな」


 リスナーが冷静な口調で教えてくれる。


「っ……!」


 確認すると、確かにラミエルはゴリラ天使とオラウータン天使の二体を挟んで向こう側に立っていた。


 ほっとするのもつかの間……、


「シユ、来るぞ……!」


「っ……! はい……」


 猿天使二体はシユとリスナーの方をしっかりと見据える。

 じりじりと距離を詰め、今にも襲い掛かってきそうである。


 それを見て、シユとリスナーもそれぞれ刀とロッドを構える。


 と、その時であった。


『ゴ?』


 ゴリラ天使が後ろを振り返る。

 何か石のようなものが背中にぶつかったようだ。


 ゴリラ天使が振り返った先、後方では、不審な天使ラミエルがぴゅーぴゅーと、かすれた口笛を吹いている。


 ゴリラ天使は首をかしげながら、再び、前方へと向き直る。


 とほぼ同時であった。


 ゴリラ天使の背中にバールのようなものが叩きつけられた。


『ゴォオオ!?』


 ゴリラ天使は背中を叩かれた衝撃でよろける。


「ラミちゃんさん……!」


 シユが叫ぶ。


 その時、オラウータン天使が勢いよくシユに襲い掛かってくる。


『ギヤァアア!』


「シユ……!」


 リスナーが間に入り、ロッドでオラウータン天使の進行を阻害する。


「このやろぉ……!」


 リスナーはロッドを強く振り、オラウータン天使を後方へ押しのける。


「あ、ありがとうございます……」


 シユはリスナーに謝意を告げる。


 その間、ゴリラ天使は体勢を立て直し、後ろを振り返る。

 その瞬間、ラミエルが叫ぶ。


「シユっこ、リスナー! ゴリラ天使は私が引き受ける。お前たちは先にマンションへ向かえ!」


「え……?」


 シユは困惑する。


 だが、


「わかった……!」


「えっ、ちょ、あっ……!」


 リスナーはひょいとシユを抱える。


「行くぞ! シユ……!」


「えぇ……!? ラミちゃんさんは……!?」


 シユが問いかける間にもリスナーは走り始める。

 オラウータン天使が追ってきていることを確認し、リスナーはさらに加速する。


「家事スキル:セキュリティ機能【逃走エスケープ!】」


「リスナーさぁん!」


 シユは抗議するようにリスナーの名を呼ぶ。


「シユ、ここで長時間戦闘して、この路地で新たに現れた天使に挟まれたらとてもまずい」


「っ……!」


「でもラミエルならその心配がない。彼女なら天使に見つかったとしても初撃を入れるまでは狙われることはないから、ゴリラ天使一体との戦闘に集中できる。でも下手に俺たちが残るとそうはならないだろ。つまり、ラミエルは俺たちの身代わりになったわけじゃない。これは彼女にとっても生き残るための最良の策なんだ! だから、ここはラミエルを信じて…………行くぞ……!」


「…………わかりました」


「俺の足ならきっとオラウータン天使からも逃げ切れる。戦闘は最小限にした方がその分、リスクも減る」


「うぅ……わかりましたよ! なら、リスナーさん、一瞬、失礼します」


「わっ、シユ……!?」


 シユはいわゆるお姫様だっこ状態から自力で、リスナーの背中に回る。

 要するにおんぶ状態になる。


「こっちの方が走りやすいですよね」


「そうだな……」


 そうして、リスナーはシユをおんぶして路地を離れ、マンションへと先に向かうことにする。


「さてさて……リスナーの奴が、うまくシユっこを説得してくれたみたいだが…………このゴリラ、どうするか……正直、最初の一撃で、のしたつもりだったんだがな……」


 残されたラミエルはゴリラ天使に睨まれ、苦笑いする。


「うむ……まずは……」


 ラミエルは何食わぬ顔で、その場を去ろうとする。


『ゴォオオオ!』


 ゴリラ天使が跳躍し、そして拳を振り下ろす。

 ドゴーンという音をたて、アスファルトを殴りつける。


「……ぬぉっ……! アスファルト、めくれとるやんけ!」


 ラミエルはそれをなんとか回避する。


「やっぱり見逃してはくれないよな……ゴリ天使くん……!」


 ラミエルは小さくジャンプし、腰をひねり、回転の勢いを利用してバールのようなものをゴリラ天使の左腕に叩きつける。


『ゴォ……』


 ゴリラ天使は軽くよろける。

 しかし……、


「くっ……!」


 右腕で、ラミエルにカウンターパンチを食らわせる。


「ぐあっ……!」


 ラミエルはピンポン玉のように吹き飛ばされ、路地の脇のコンクリート製の建物の壁に激突する。


「ちょっ……おま……それはあかんて……」


 更にゴリラ天使はめくれたアスファルトを掴み、そしてラミエルの方にぶん投げる。


 アスファルトの塊が建物の1階部分に激突する。

 激しい轟音と衝撃が周囲を包む。


 だが、それも次第に収まり、周囲は静けさを取り戻す。


 ゴリラ天使はターゲットの活動停止を確認しようとする。


 と……、


『ゴォオオ!?』


 がれきの中から、突如、飛んできたアスファルトの塊が飛んでくる。

 ゴッという鈍い音と共に、ゴリラ天使に直撃し、ゴリラ天使は後方に吹き飛ばされる。


「てめぇ……ゴリラ…………乙女にこんな物騒なもん……投げつけてんじゃねえよ……お前ひょっとしてドッジボールの時、嫌われてただろ?」


 がれきの中からラミエルが姿を現す。

 しかし、左腕は不自然な方向に曲がり、その身体はひどく損傷している。


『ゴォ……』


 十メートルは吹き飛ばされたゴリラ天使がむくりと起き上がる。


「ちっ……まだ……生きてんのかよ……クソゴリラが……」


 次の瞬間、ゴリラ天使は地面を蹴り、再び、ラミエルに急接近する。


「クソが……! せっかちな奴だな……!」


 ラミエルは右腕で建物の柱から鋼鉄の棒をぶち抜き、ゴリラ天使に応戦する。


 二者は激しい攻防となる。


 それは、まさしく人外同士の戦いであった。


 コンマ数秒の中で繰り出される拳。

 ラミエルは、それを鋼鉄の棒でなんとか受け流し、隙を見てはカウンターを狙う。

 その攻防が続く。


 だが、次第に、防戦主体のラミエルの動きが鈍ってくる。


 それを好機と見るや、ゴリラ天使はラミエルの息の根を止めるべく、右腕を大きくテイクバックする。

 そして、渾身の右ストレートを放つ。

 だが……、


「お前……やっぱり少しせっかちだな?」


『ゴォ……?』


 ラミエルはしゃがむようにして、ゴリラ天使の右拳を回避する。


「あいにく私は生前、よく兄貴と喧嘩したもんでな……身体のデカい奴に抗うために色々やったもんだ……」


『ゴォオオオ!!』


 ゴリラ天使は悶絶する。


「はは……天使になっても、〝ここ〟は相変わらず弱点のようだな……」


 ラミエルはゴリラ天使の股間に鋼鉄棒を思いっきり叩き込む。


 そしてゴリラ天使が悶絶する隙をつき、高く飛び上がる。

 ラミエルはゴリラ天使の額に右のてのひらを押し当て……、


「てめぇもだいぶグロッキーだろうが……ゴリ天使くん…………悪いが成仏してくれや!」


 そのまま地面方向に叩きつける。


『ゴ、ゴォオオオオ……』


 ゴリラ天使が叩きつけられた先。

 そこには先ほど、二者がドッジボールをしたアスファルトの塊があった。

 ラミエルは、そのアスファルトにゴリラ天使の頭部の輪っかを叩きつけたのである。


 ゴリラ天使の輪っかは粉々に破壊され、同時にゴリラ天使の身体から力が抜ける。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ラミエルはその様子を見届け、その場にへたり込む。


「わりい、シユ、リスナー…………お姉さんは……少しばかり……休憩が必要みたいだ……」


 ラミエルの身体もまた限界であった。


 ラミエルはその場で、崩れるように倒れる。


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