第12話
「あ、おはよう……」
その日のもうすぐ昼になろうかという頃、カジロイドが起動する。
「あ、リスナーさん! おはようございます!」
シユが満面の笑みで挨拶を返す。
傍らにはラミエルもいて、「よう!」という感じで手を軽く上げている。
「リスナーさん! メッセージ見ましたよ! あれってお母さんのノートパソコンのパスワードですよね!? どうやって入手したんですか!? 魔法ですか!?」
「あ、そうそう……なんとか見つけることができてよかったわ」
「どうやったんだ?」
ラミエルが尋ねる。
「え? あぁ……ドローンの中に残っていたアーカイブを漁ってみた」
「な、なんですと?」
シユが首を傾げる。
「いや、正直、ほとんど期待していなかったんだけど、ひょっとしたらと思って、ドローンの撮影データを漁ってみたんよ。それで昨晩は徹夜してしまったんだけど。で、その成果もあり、ちょうどそれらしきシーンを見つけることができてな……」
「え……?」
「シユとお母さんがマンションから脱出するシーンは録画されていた」
「…………もしかしてお母さんが」
「きっと、そうだろうね……たまたまなのか、ここまで計算の上でかはわからないけども……」
「…………」
シユは少し呆然としている。
「でかしたぞ、リスナー! これでシユっこの母ちゃんのノートパソコンを探しに行ける!」
「恐縮です……」
「よかったな! シユっこ……!」
「はい……!」
シユはにこやかに微笑む。
「ん……? ちょっと待ってください……リスナーさん、今、録画データを漁ったって言いましたよね?」
「え……? そ、そうだっけ……?」
リスナーはとぼけるようにそっぽを向く。
「今更とぼけないでください……」
「はい」
リスナーはきりっとする。
「そ、それってつまり……今まで私が誰も観てないことをいいことにしてきた数々の……」
「へへ……」
リスナーはほっこりする。
「っ……!! わ、忘れてください……! 全部……!」
「ごめん、無理……」
「うわぁああああああ!!」
シユは涙目になりながらリスナーのことをぽこぽこと叩く。
傍らで二人の様子を凍てつく視線で見つめていたラミエルが呆れるようにつぶやく。
「シユっこ、お前……どんな過激なことをしてきたんだよ……」
◇
「それじゃあ、覚悟はいいな、お前ら……」
「はい」「おう」
ラミエルの問いかけにシユとリスナーはこくりと頷く。
この日、三人はシユの自宅へお母さんのノートパソコンを取りに行く作戦を決行する。
豊洲のホームセンターを出た三人はまず東雲方向へと向かう。
ほとんどの橋が落とされている中で、豊洲と東雲の間の橋だけは壊され方が雑で、なんとか渡ることができる。
従って、シユが閉じ込められている臨海地域は豊洲、東雲、有明の3地域だ。
(東雲と有明の間は地続きである)
位置関係としては、北側に豊洲、南東に東雲、南西に有明である。
□□ ←豊洲
有明→ ★☆ ←東雲
シユの家は有明に位置している。
なお、橋を破壊しているのは天使の仕業である。
一部の天使はまるでそれが使命であるかのように一定の行動を繰り返す。
橋や地下道を破壊するのはそういった天使によるものである。
補足すると、現在、三名が本拠としているホームセンターは豊洲の東側に位置する。
シユがホームセンターの前に本拠としていたスーパーマーケットは東雲にある。
「ひぃー、シユっこ、よくこんなところを渡ろうと思ったな……」
豊洲、東雲をつなぐ橋で、ラミエルがそんなことを言う。
ラミエルの言う通り、それは橋というより飛び石状態である。
つまり足を滑らせれば、そのまま川にドボンである。
今でこそ三人いるため、救助道具を持ってきているが、当時、シユは一人であり、落ちたら
「確かにそうですね……でも、のっぴきない理由がありましたから」
「のっぴきない理由?」
「野菜が食べたい……その心には抗えませんでした」
「わりとしょうもない動機だな……」
「しょうもなくなんてありませんよ! 皆さん、ラミちゃんさん、ひどくないですか!?」
シユはドローンに問いかける。
と……、
「あ、あれ……? う、うわぁあああああああ!!」
突然、シユが大声をあげる。
「ど、どうした!? シユっこ!」
ラミエルとリスナーは驚き、そして駆け寄る。
「な、なんてことでしょう……」
シユは絶望の表情を浮かべ、へなへなとその場にぺたんと座り込む。
「どうしたんだ!? シユっこ……お腹でも痛いのか!?」
ラミエルは心配そうだ。
「み、見てください……この画面を……」
シユは自身のデバイスの配信画面を二人に見せる。
「ん……?」
二人はまじまじとその画面を見る。
「どうかしたか……?」
ラミエルはシユが何にショックを受けているのかさっぱり分からない様子でキョトンとする。
「あ、あれ……?」
しかし、リスナーは何かに気づいた様子だ。
「シユ……ひょっとして……」
「はい……同接が……同時接続数が…………0になってるんですぅ!」
「ん……? あ、本当だ……」
ラミエルは怪訝そうにそれを確認する。
「私のリスナーさんが……唯一のリスナーさんがぁ……!」
「ん……? でも、リスナーなら、ほらここに……」
ラミエルがカジロイド姿のリスナーを指差す。
「あ、はい……」
リスナーは苦笑いする。
「おい、リスナー、お前は特に問題ないんだよな?」
「そうだな……確かにシユの配信は観れなくなっちゃってるけど……カジロイドの操作にはなんの問題もなさそう」
「だってよ……! シユっこ、大丈夫そうだぞ」
「…………それはよかったのですが……ですが……私にとってはやはり……この同時接続数という数字に意味があって……いや、別にだからと言ってリスナーさんを数字として見てるわけじゃないですよ……でも配信者としての
シユは何かぶつくさ言っている。
「おい、シユっこがなんかぶつくさ言ってるぞ? リスナー、なんとかならんのか?」
「うーん、そもそも、どうして観れなくなっちゃったんかな…………あ……そうか……」
「ん……? 何か気づいたか?」
「あ、いや、何でもない」
リスナーは誤魔化すように微笑む。
「というか、まぁ、数字だけならなんとかできるかな」
「お……?」
……
「直ったーーー!」
シユはにこにこと嬉しそうである。
現在、シユのデバイスの同時接続数には再び1が表示されている。
「ん……? リスナー、どうやったんだ?」
「いや、俺……つまりカジロイドの手元のデバイスで接続しただけ。これだけ近くにいれば、シユの近接ブロードキャストの電波を拾って、普通に接続できるから」
「な、なるほど……要するに、それを応用すれば、デバイスさえ用意すれば、接続数、2や3……あるいはそれ以上も可能ということか? 私のこのデバイスでも接続できるってことか?」
ラミエルは自身の端末を手に取る。
「そうなるな」
「ダメですよ! ずるはよくないです!」
しかし、シユはきっぱりとそれを拒否する。
「そんな数字だけの水増し、まやかしは不要なのです! 実質的な数字が大切なのです」
「……そ、そうか」
ラミエルは「いや、お前、さっきその数字のゼロかイチかで騒いでたじゃないか……」と口に出すのはやめておいた。ややっこしくなりそうだから。
同接ゼロのひと悶着はあったものの、無事に三名は東雲に上陸する。
そこからはシユのマンションのある有明まで歩いていく必要がある。
その距離は平時であれば、せいぜい30分程度の道のりである。
しかし今はとても平時とは言い難い。
「うわぁ、この道、天使さん多いですね……」
三人は建物の陰に隠れながら、ドローンを駆使し、進行方向の状況を確認する。
「どうします? 三人なら強行突破できますかね?」
シユはラミエルとリスナーに尋ねる。
「いや、できるかもしれないが、他に
ラミエルがそう答える。
「ちなみになんだけど、ラミエルは天使に狙われないんだよね? 何か弱点とかあったりするのか?」
リスナーが尋ねる。
「弱点ありまくりだ。天使に狙われないといってもそれは最初の一回だけ。一度、危害を加えたら、後はお前らと同じだよ」
「なるほど」
「それじゃあ、リスナーさん、ラミちゃんさん、迂回路の方、行ってみましょう」
「「おう」」
三人は迂回路を探す。
「……お……! こっちの道、天使さんが見当たりません!」
シユが嬉しそうに報告する。
三人は天使がほとんどいない路地を発見する。
「でかした! よし、それじゃあ、この道から行くぞ」
「はい……!」
三人はその道を進むことに決める。
「いやー、ラッキーでしたね。あるもんですねー、こんな平和な道が……」
と、シユが言いかけた時であった。
急に辺りが少し暗くなる。
「っ……! シユ、上っ……!」
「きゃっ……!」
大きな何かがズーン、ズーンと音を立てて、アスファルトに着地する。
リスナーがシユを押し倒すようにして、進行方向へ逃れる。
「大丈夫か!? シユ……!」
「
幸い、シユは軽傷のようだ。
「どうやら上位天使のようだな……それも二体……」
上空から落下してきたのは、二体の天使。
一体は筋骨隆々で特に腕の部分が発達したまるでゴリラのような天使。
もう一体は手が長くオラウータンのような天使だ。
「あ、あれ……!? ラミちゃんさんは……!?」
シユはラミエルが近くにいないことに気がつく。
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