第10話
「あ、シユちゃん、よかった。無事だったのね」
シユは人前で本名の
「よかった……お母さんこそ大丈夫?」
「いやぁあああん、シユちゃん、助けてぇええ!」
そう言って、シユのお母さんは急いで部屋に入り、カギを閉める。
「……!」
「ちょうど帰宅途中だったんだけど、突然、人が天使?みたいになって……襲ってくるものだから……もう怖くて怖くて……怖かったよぉおお! あぁ、シユちゃん、かわよ……かわよぉおおお!」
シユのお母さんは帰宅するなり、シユにくっつき、顔をすりすりとこすりつけてくる。
このような緊迫した状況にも関わらず、どこか演技じみており、緊張感が乏しい。
そう、シユの母親は少しばかり変人であった。
◇
「どうしよう、シユちゃん、外がまるでアポカリプス!」
お母さんはへたり込みドアの外を指差しながらシユに尋ねる。
「私の方が聞きたいよ!」
シユは語気強めに答える。
「そんなこと言わないでー、シユちゃんだけが頼りなんだからー」
お母さんは涙目だ。
しかし、やはりどこか緊迫感がない。
「お母さんはなんだかいつもとあんまり変わらないね……」
「そうかしら……?」
「うん……」
おかげでシユは少しだけ落ち着けた。
「それにしてもお母さん……他の皆は大丈夫かな……」
シユには父と兄がいた。
しかし二人とも仕事の都合で別居しており、近くにはいない。
「うーん、まぁ、大丈夫でしょ」
「そ、そんな……あっさりと……」
シユのお母さんは妙に楽観的に答える。
「それでお母さん……どうする……外に逃げる?」
「えぇ!?」
シユが外に出るか尋ねると、シユのお母さんはガタガタと震え出す。
「シユ……あんた……すごいメンタルね……あんなやばい奴らがうろうろしてる中、外へ出るって言うの……?」
「いや、あなた、さっきそのやばい奴ら無慈悲に斬殺してたでしょ……我が母ながらこの短期間でようやるわ」
シユはお母さんにドライな眼差しを向ける。
お母さんを前にすると、あのシユがツッコミ側になってしまう。
「もう……シユちゃん、私だって怖かったんだから!」
「……っ……まぁ、そうだよね…………お母さんが無事に帰ってきてくれてよかったよ」
「……」
本音を漏らすシユをお母さんは静かに見つめる。
◇
5日後――。
「ねぇ、シユちゃん……もう食糧が底を尽きそうなんだけど……」
「そうだね……元々、うち……備蓄とかしてなかったし……」
「やばいわ……シユちゃん……とんでもないことに気付いてしまったわ」
「え……? なに……?」
「このままじゃ餓死する……!」
「いや、なに誰も気づいてないことに気づいちゃったみたいなテンションで言ってるの!? 私だって気づいてるよ!」
「流石ね……シユちゃん……」
「お母さん……つまり……わかってるよね?」
「…………えぇ」
お母さんはごくりと息をのむ。
「外に出るよ」
「えぇえええ!? いやや、怖いもん」
「今、分かった風な雰囲気出してたじゃん! なんだと思ったのよ!」
「ごめん、本当は全然わかってなかった。雰囲気でわかったような感じ出しちゃった。ごめんなさい」
「……そう、まぁ、いいよ……でも……外には行かなきゃじゃない? このままじゃ本当に飢え死にだし……何か他に案ある?」
「助けを待つとか……?」
「……お母さん……SNSとか見てる?」
「え……あ……うん……」
お母さんはうつむく。
「インターネットが使えなくなってもう見えなくなっちゃったけどさ……」
空気感染
遠隔感染
死亡後も感染
致死率100%
光の塔
例の日の初期のSNSのトレンドだ。
光の塔とは、東京タワーでもスカイツリーでもない三本目の塔が突如、出現したのだ。
シユのマンションの窓からも確認できた。
この塔も確かに謎なのだが、それ以外のトレンドがあまりにも不穏であった。
「正直、なんで私とお母さんがまだ感染してないのか不思議なくらいなんだけど……」
「そ、そうね……政府の
「どうだろ……でも……だからきっと……助けは来ないよ……」
「そうだね……うぅ……でもやっぱり外に出るのは怖いよぉ……ぶつくさ……ぶつくさ……」
お母さんはぶつくさ言っている。
「じゃあ、シユちゃん、準備は最低限ね……目指すのは……ひとまず近くのスーパーマーケットがいいかしら……」
ぶつくさ言いながらも、お母さんは外へ向かう準備を始めている。
シユも自室へ行き、出発の準備を始める。
……
そうしてシユとお母さんの二人は外へ出る準備を終える。
「え……? シユちゃん、それは?」
シユの姿を見て、お母さんが尋ねる。
「……!」
シユは頬を染める。
「い、いや……なんだろう……ゲン
シユは巫女姿であった。
「ゲン
「疑問に思ってたの、そっち!?」
シユは枕も背負っていた。
「……でも仕方ないじゃん……私、これないと……眠れないし……」
「え……? そうだったの……?」
「うん……」
「なら、しょうがないわね…………シユちゃんったら、かわよ」
お母さんは微笑みながらぼそりと呟く。
「ん!? なんか言った!?」
「いえ! 言ってません!」
……
「それじゃあ行くわよ……」
「うん……」
シユとお母さんはドアの前で止まっていた。
お母さんはドアノブに手をかけている。
「………………いざ出るとなるとやっぱりちょっと怖いわね……」
「うん……」
「…………シユちゃん、先、行かない?」
「……え!? …………でも、うん……わかったよ……私が先に……」
「ごめんごめん! やっぱ嘘、私が先に出る……本当にいくからね! 3、2、……」
カウントダウンするお母さんのドアノブを持つ手は震えていた。
「1、GO!!」
お母さんは大きな掛け声の割に、扉をゆっくりめに開く。
「ひっ……!」
「どうしたの!? お母さん!」
「天使が…………死んでる……」
扉を開けるとすぐに天使の遺体が数体転がっていた。
「…………いや、あんたでしょ! 殺したの!」
「そうでした」
お母さんはとぼける様に頭をかく。
「もう……お母さんってば!」
シユはぷんすかする。
「ごめんごめん…………でも、シユちゃん」
「なに?」
「シユちゃんが思ったより元気そうでよかった」
「……!」
「昔からシユちゃんの笑顔は特別だった。シユちゃんが笑顔だと、周りもなんとなくニコニコになって……」
「いや、今、笑ってはいないよね? 私」
「へ……?」
と、その時であった。
『グガァアアアア』
「っ……!」
物陰から突如、天使が現れる。
が……、
一閃。
天使の上半身と下半身が分かれ、ぼとりと地面に落ちる。
「お、お母さん……」
一瞬にして刀を抜き、天使を絶命に至らしめたのは、お母さんであった。
「わぁあ! 怖くて思わずやっちゃったわ……あんまりご近所付き合いしてなくてよかったわ……よく知ってる人だったら、流石にこうはいかないわよ……」
お母さんはブルブルと身震いしながら、そんなことを言っている。
「それじゃあシユちゃん、下に向かうわよ……あぁ、こんなことなら津波が怖いからって、無駄に高い20階なんかに住むんじゃなかったわ……」
お母さんはぶつくさ言いながら、エレベーターホールの方へ向かう。
「やば……めっちゃ天使いるわね……怖……」
エレベーターホールを物陰から確認しながら、お母さんが呟くように言う。
エレベーターホールには11体の天使がいた。
「きっと逃げようとした人がここに集まって、それで発症しちゃったんだね……」
「そう思うわ」
「それにしてもやっぱりここに来るまで一人も私とお母さん以外に、天使になってない人いなかったね……」
「そうね……」
「ゾンビもののパニック映画みたいに嚙まれたら感染するってわけでもなさそうだよね?」
「外傷もない天使が多いし、きっとそうね」
「うん……SNSでは空気感染するって噂だったけど……なんで私とお母さんだけが感染を
「考えられるとしたら……免疫……ね……」
「うん……やっぱりそうなるよね……でも、そうなると、やっぱりなんで私たちだけ免疫を持ってるんだろう……」
シユは首を傾げる。
「……まさか…………」
「ん……?」
「いや、そんなまさか……だけど……それくらいしか……」
「どうしたの? お母さん、何か心当たりが?」
「…………そうね、なくはない。だけど、今は……ゆっくり話している余裕はないから」
「うん……」
「とりあえず目の前の奴らをなんとかしないとな……あぁ、気が進まない……」
そう
そして、一体、また一体と天使を葬っていく。
が、しかし……、流石に数が多すぎたのか、後方まで注意を払うことが難しくなっていた。
「くっ……」
お母さんは唇を噛みしめる。
そして、
『グガァアアアア』
「っ……!」
一瞬の隙をつき、最後の一体の天使がお母さんの背後をとる。
『ギャァアア』
「はぁ……はぁ……はぁ……」
血を吹き出し、崩れ落ちる天使を目の前にして、シユの呼吸は荒くなる。
「…………ありがとう、シユちゃん。正直、助かったわ」
お母さんはシユに感謝を告げる。
そう、天使を刀で両断したのはシユであった。
「う……う……お母さん、私……私……」
シユは天使を殺したことに罪悪感を覚える。
「…………シユちゃん」
お母さんはシユをそっと抱きしめる。
そしてシユの目から零れる涙を指でそっと拭き取り、そして舐める。
「ひっ……! お、お母さん、何してるの!?」
「えっ、いや、水分、勿体ないな……と……」
「もうお母さん! ちょっと怖いよ、その発想! わかったよ! もう泣かないよ!」
シユはぷんすかする。
「ふふ……その方がいいわ。シユちゃんは何より前向きなところが取り柄で、そんな笑顔が可愛いんだから……!」
お母さんはそう言って、にかっと微笑む。
「え……!? そうかな……」
シユは少し照れるように下を向く。
……
「って、エレベーター動いてないじゃん! もう! 私たちの頑張りはなんだったのよ!」
お母さんは地団駄を踏む。
「まぁ、ひょっとしたらと思ったけど、そんなに甘くはないね……」
「うぇーん! つまり……この状況は……」
「階段から行かないとだね……」
「ひぃっ……!」
お母さんは青褪める。
……
シユとお母さんの二人は観念して階段を下っていた。
「ってか、よく考えたら、この手があったわ! そのために持ってきといたの忘れてたわ」
とある作戦を思い付き、お母さんは大変、上機嫌であった。
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