第9話

「うーん、自信があるわけではないんだけど…………あえて言うなら……やっぱり〝お母さん〟かなぁ……」


「シユっこのお母さんか……?」


「はい……」


 ラミエルとリスナーは驚きつつもシユの次の言葉を待つ。


「あの……私のお母さんって、サイバードリーム社の諜報活動をしてたじゃないですかー」


「「初耳だよ!」」


「えっ、そうでしたっけ!?」


 ラミエルとリスナーの初耳発言に、シユは驚く。


「いや、実は俺は、ひょっとしたらそうかもなぁと思ってはいたんだけど……前回、その話をしている時に天使が現れてしまって、途中になっちゃってたんだよな……」


 リスナーが図書館ビル1階でのシユとの会話を補足する。


「あっ、そう言えばそうでしたね!」


「なんかな、聞いちゃいけないような気がして、その後は詮索しないようにしてたけど」


「そうだったんですね! お気遣いありがとうございました! でもまぁ、確かにお母さんはサイバードリーム社の諜報活動をしてはいましたが……だから何だ? って話でもあります。それが私が人間のままでいられる理由につながるかと言われると、うーん……という感じではあるのですが……」


「いや、まぁ、些細な事でも構わないと言ったのは私だ。考えてくれてありがとう、シユっこ」


「いえいえ」


「確かにサイバードリーム社はAI技術を武器に突如、世界屈指の大企業に急成長を遂げたしな…………それに……」


 ラミエルはちらりとリスナーの方を見る。


「ん……? ラミちゃんさん、何か思いつきましたか?」


 顎に手を当てて考え込むラミエルにシユが問いかける。


「いや、何でもない」


 ラミエルははぐらかすように答える。


「でも、実を言うと、私……例のあの日の記憶がちょっと曖昧でして……何かこう……もやがかかったように……」


「いや、すまん、シユっこ、それは無理に思い出さなくていい」


「あ、はい……すみません……」


 シユは申し訳なさそうに下を向く。


「さぁさぁ、お二人さん、プランターの作業の方はどんな感じだ!?」


 リスナーが割って入る。


「はい! シユ担当分、今、ちょうど終わったところです!」


「私もだ」


「いい感じだな!」


「うん! あぁ、楽しみだなぁ! 早く育ってくれるといいなぁ」


 シユは目を細めて微笑む。


 そうしてその日の家庭菜園の作業は終了する。


 ……


「それじゃあおやすみなさい……」


 ホームセンター2階の片隅でシユはラミエルにそう告げる。


「あぁ、おやすみ」


 ラミエルはたんぱくに返事をする。

 いつの間にやら拝借してきたホームセンター内で一番高級そうな椅子に腰かけている。


「あの……ラミちゃんさんは一晩中、そこにいるんですか?」


「あぁ……」


「………………あの……こういう時、きっと気が利く子なら、どこかで休んでいていいですよって言うんでしょうね……」


「……?」


「……ラミちゃんさんがいてくれると……とても安心します」


「……! そうか…………それはよかった」


「ありがとうございます……それじゃあ、おやすみなさい……」


 そう言って、シユは眠りにつく。

 それはリスナーとラミエルの二人に出会う前より、遥かに安らいだ気持ちであった。


 ……


 その晩、シユは夢を見た。


 例のあの日のことだ。


 ……


 朝。


「……おはようございます」


 シユはむくりと起き上がる。


「あぁ、おはよう、シユっこ」


 ラミエルは昨晩、寝る前と同じまま、そこに居てくれる。


「なんだか久しぶりにぐっすり眠った気がします」


「そうか、よかったな」


 ラミエルがにかりと笑う。


「それで、ラミちゃんさん、リスナーさんはいますかね?」


「ん? どうだろ……おい、リスナーいるか!」


 ラミエルが活動停止した状態でその辺に置いてあった〝おうちでミユン〟をどつく。


「なぁ、シユ、リスナーあいつ、意外と寝坊だろ?」


「ん……? はい……」


「実はあいつな、夜な夜な特訓を……」


「あぁあああ! 起きてますよ!」


 おうちでミユンが突如、起動する。


「お、おはよう、リスナーくん」


「ラミエルめ……余計なことを…………カジロイドの方に移行してくるよ!」


 すると、1分後にはカジロイドの姿のリスナーが現れる。


「おはよう、シユ」


「はい、おはようございます。それで……急ですみませんが、あの日のこと、思い出しました」


「「っ……!」」


「なので、忘れないうちに話したいと思います。いいでしょうか?」


「……大丈夫か? シユっこ。無理しなくていいんだぞ?」


 ラミエルが心配そうに言う。


「いえ、もう忘れたくないんです。それに、ただの悲しいだけの話ではありません。だからお二人に聞いてほしくて……」


 シユはいつになく真剣な表情をしている。


「わかった……」


 ラミエルはこくりと頷く。


「ありがとうございます……」


 そうしてシユは例のあの日のことを語りだす。


 ◆


 それは日曜日の午後7時くらいの出来事であった。


「うふふ……似合ってるかな……」


 大きな鏡の前で、シユはご満悦であった。


 シユはちょうど自宅で巫女服コスプレをしている最中であった。


 その時であった。


 わぁあああああああ!!


「っ……!?」


 突如、近隣から叫び声が聞こえた。


 シユはマンションの一室に住んでいた。


「…………なんだろう……」


 不安に思うも、何かのトラブルかと思った。

 余計なことに首を突っ込むのはやめておこうと特に何もアクションは起こさなかった。


 だが、


 きゃぁあああああああ!!


 また、別の方向から悲鳴が聞こえた。


 な、なんなんだぁあ! うわぁあああ!!


 次から次へと叫び声が聞こえてくる。


 シユは急激に不安になり、窓の外を見る。

 シユの部屋はそれなりに高層であり、周囲の様子がよく見えた。


 すると、信じられない光景が目に入る。


 人が人を襲っているのだ。


 それも一人や二人ではない。

 視界に入る範囲ほぼ全てでそれが起きていたのだ。


 すぐにSNSを確認する。


 東京滅亡

 バイオハザード

 ゾンビ

 天使


 などがトレンド入りしており、


 タイムラインには、


 やばい

 助けて

 閉じ込められた


 などのSOSのメッセージに溢れた。


 更には実際の映像も投稿されていた。


 極めつけはテレビだ。


 どの局もニュース中継に切り替わっている。


「皆さん、落ち着いて行動してください……」


 綺麗な女性アナウンサーが必死の剣幕で、自制を呼びかけていた。

 だが……


「落ち着いて…………落ち……つ……」


 どこか様子がおかしくなってくる。


「よ、横溝さん……」


 隣に座っていた男性のアナウンサーがその様子に気が付く。

 次の瞬間……


「あぁああ゛ああああぁ゛あああああ!!」


 女性アナウンサーは突如、叫び声をあげる。


 そして、体中が蒼白になり、翼が生え、頭にはリングが出現する。


「よ、横溝……さん……」


 男性アナウンサーの血の気が引くのが分かる。


「うわぁああああああ!!」


 スタッフ達が持ち場を離れて逃げ出したのかカメラはあらぬ方向を向く。


 ぷちっ


 耐えられなくなりシユはテレビを消す。


「やばい……やばいやばい……どうなってんのこれ」


 シユは頭を抱える。


「お母さん……お母さんは大丈夫かな……」


 その日、家にはシユしかいなかった。


 シユはすぐにメッセージアプリで連絡を取ろうとする。


「っ……! ダメだ……」


 しかし、送信中で止まってしまい、メッセージを送ることができない。


「どうすれば……どうすればいいんだろう……」


 シユにはわからなかった。


 だから、どうすることもできなかった。


 と……


 ピンポーン


「っ……!!」


 家の呼び鈴が鳴る。

 シユは心臓が飛び出るくらい驚く。


「は、はい……」


 シユのマンションは一階エントランスには、カメラが付いており、誰が訪問してきたのかを確認できる。

 しかし、各部屋にはカメラは付いていない。


「あの……どなたでしょうか……?」


 シユは扉の前で確認する。


 しかし、返事はない。


 仕方がないので、シユは恐る恐る覗き穴から外の様子を確認する。


「ひっ…………!」


 シユは絶句する。


 そこにはすでに天使の状態となった人が数名、うろうろと歩き回っていたのだ。


「ど、どうしよう……これじゃあもう家からも出られないよ……」


 シユは恐怖に震える。


 その時であった。



「えいっ! えいっ! せいやっ! ちょっ、あっ、このっ!」



「っ……!」



 家の外でうろうろしていた天使たちが瞬く間に、斬殺されていく。


 そこにいたのは女性。

 日本刀を手に持った研究員のような白衣を羽織った女性であった。

 しかし白衣はすでに真っ赤に染まっており、白衣と呼んでよいものかわからない程の状態であった。

 背中まで伸びる黒髪は美しく、顔は大人びてはいるものの、どこかシユに似ており、可愛らしさがある。


 シユは急いでドアを開ける。


「お、お母さん……!!」


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