第8話
「あ……ちょ……ラミちゃんさん!」
ラミエルが駐車場へ出ると、早速、3体の天使を発見する。
だが、シユやリスナーの時とは事態が異なる。
どの天使もラミエルに襲ってこないのである。
ラミエルは一気に天使との距離を詰める。
そして……、
「……悪いな」
ラミエルはそう呟く。
ラミエルはこれまで、少なからず自分と同じ境遇であった天使達を殺すことはしなかった。
だが……、
「優先度が高いものができたんだ……」
グシャ……ゴシャ……ズシャ……
三体の天使の頭部が瞬く間に破壊される。
ラミエルはバールのようなものを容赦なく天使の頭部に叩きつけた。
それは人間では考えられないほどの
「いいだろ……? 打撃はよ……あんまり血液が出ないからよ……後の処理が楽だ……」
バールのようなものを肩に置き、後からついてきていた二人の方を振り返りながら、ラミエルがそんなことを呟く。
「しかし、これだけ強く叩いてもへし折れないんだな……やっぱり日本製の工具は頑丈で助かるぜ……」
「「っ……」」
あまりの光景にシユとリスナーの二人は少しひきつっている。
「なーに、引いてんだよ……お前らが仲間に引き入れちまったこの天使様は正真正銘の人外だぞ?」
「ラミちゃんさん…………す……」
「す……?」
「すげえです!」
「へ……?」
「見ましたか? 皆さん! 今のラミちゃんさんの戦いを……! もうまるで……なんだろ……あ、そうだ! ワニワ○パニックみたいでしたね!」
シユはドローンに向かって興奮気味に語りかけている。
「もう少し
「いやー、まさかラミちゃんさんがこんなに
「え、まぁ、その……子供の頃、兄貴たちと喧嘩はよくしてたけど……いや、お前……本当……私がただの色物だったらどうするつもりだったんだよ……」
……
その後、ラミエルの活躍もあり、3階から屋上(5階)までの天使の
三人は、その日の作戦はそこまでとする。
その晩。
ホームセンター2階にて。
暗いフロアの中で、床に敷いたマットの上で、お気に入りの枕を抱いてシユが眠っている。
その姿を、まるで天使のような美しい女性が壁を背もたれに腰かけながら見つめていた。
ラミエルだ。
と……、
「ラミエルさんは眠らないの?」
「ひっ……!?」
突然、聞きなれない声色の何者かに声を掛けられ、ラミエルは肩を揺らす。
「誰……いや、どこだ!?」
ラミエルはキョロキョロしながらその声の元を探す。すると……、
「あ、すみません。俺っす。リスナーです」
「ん……?」
そんな合成音声を発しながら、何やら可愛らしいマスコットキャラクターのような物体がふわふわと宙を漂っている。
「……ど、どういうことだ? なんでペケモンが?」
ラミエルはゲームの中のクリーチャーらしき物体が自分の意思を持つように動いていることに首を傾げる。
「あー、言いませんでしたっけ? 俺、サイバードリーム社製のメカ製品であれば、乗り換えが可能なんですよ」
「聞いてねえな……」
「あ、そうでしたか、すみません。そういうわけで、今はこのペケモンコラボ製品の〝おうちでミユン〟に憑依しているわけ」
「はぁ……そうか……」
おうちでミユン。世界的コンテンツであったペケモンの中でも割と人気なクリーチャー〝ミユン〟を模したペットロボットである。
猫とも犬とも言えないような可愛らしい生物で、念動力で翼もないのにフワフワと浮くことができる設定だ。
サイバードリーム社の最先端ドローン技術で見事にそれを再現している。
「あ、別に俺の趣味とかではなく、夜は光量が少ないので、カジロイドのバッテリー消費を節約するためにこうしている」
「なるほど……」
ラミエルは多少、釈然としない様子であったが、ひとまず納得する。
「それで、話戻すけども、ラミエルさんは眠らないんだな……」
「あぁ……そうだな……この姿になってからは睡眠は必要なくなった。人間だった頃は睡眠なんて煩わしかったものだ。実際、世界が以前のままなら嬉しかったかもな。だが、世界がこうなっちまうと娯楽がなくて退屈でな……逆に夜くらいは眠らせて欲しいと感じてしまうのは皮肉なものだ……」
「なるほど……」
リスナーはやや気重な様子で聞いている。
「そんなに気をつかわんでいいよ……生理がなくなって清々してるしな!」
「ぶほっ……」
「ははは……なかなか青い反応してくれるじゃねえか……」
「あまりからかわないでくれよ……」
「すまんすまん、そういうお前……リスナー……はどうなんだ?」
「あ、すまんな、俺は寝ますよ、この後……」
「なるほど……別に謝る必要はないさ……だがまぁ、お前は睡眠が必要な存在というわけだな……」
「そうだね……」
「ところで、お前さ……リスナーと呼ばれているが、本当の名は…………あ、いや、これを私が聞くのは野暮というものか……」
「はは……恐縮です。俺も実は名前だけははっきりと覚えていてな……別に隠しているわけでもないのだけど、聞かれないので答えていないだけ。俺はシユにとって今は〝たった一人のリスナー〟なので……この呼ばれ方は特別な意味があるのかもな……」
「なるほどな……」
「それにしてもラミエルさん、ここにいるってことはシユの護衛かな?」
「なっ……! べ、別に……そんなんじゃ…………ただまぁどうせ眠くもないから、それならついでにと、ここにいるだけであって……」
ラミエルは少し焦るようにそんなことを言う。
「はは……そうですか……」
リスナーは苦笑いする。
「なんかそのミユンの姿だと、妙に腹立つな……せせら笑う感じが……」
「なんかすみません……」
「「…………」」
二人は少しだけ沈黙する。
と、ラミエルが観念したように口を開く。
「白状する。シユっこは私が役に立つのかどうかを一切、考慮せずに誘ってくれた。それが嬉しかった」
「なるほど……」
「「…………」」
二人はまた少し沈黙する。と……、
「…………う……う……おかあ……さん……ごめん……ね……」
「「……!」」
シユが突然、言葉を発して二人は驚く。
だが、それは寝言であった。
「なぁ、リスナー……」
「はい……」
「日中のよ、あんな笑顔で騙されそうになるがよ……あの日以来、一番、大変な思いをしてきたのは間違いなくシユっこだ」
「あぁ……そうだな……俺もラミエルさんも……奴らに狙われ続けるという恐怖を本質的には知らないからな」
「そうだな……」
「「…………」」
二人は何かを考えるように、しばらく沈黙する。
「おい、リスナー……睡眠が必要ならそろそろ寝ろよ……明日も作業があるんだからな……」
「そうだな……そうさせてもらうよ」
「あぁ……」
「………………なぁ、ラミエル」
「ん……? なんだ……?」
「二人で話せてよかった……」
「……?」
「……きっと思いは同じってこと」
「あぁあぁ! はよ寝ろ!」
ラミエルは照れくさそうに顔を背けながら、リスナーに向かって「あっち行け」というように雑に手を振るのであった。
……
しばらくすると、何やら上階から物音が聞こえてくる。
リスナーがカジロイドを操作しているようであった。
「…………ったく、寝るんじゃなかったのかよ? ってか、夜はバッテリーはどうのって話はどうなったんだよ……」
ラミエルは呆れるように、苦笑いする。
◇
数日後――。
ホームセンター駐車場部分の天使の死体処理を終え、ホームセンターはようやく天使の存在しない空間となった。(ラミエルを除く)
「小松菜……トマト…………い、い、い、いちごぉおお!?」
ホームセンターの1階の一角。
植物の種のコーナーで、シユは興奮していた。
「うわぁあああん! 青果……! 青果が食べたいよぉ! 私、知らなかったんです! 人間がこんなにも青果を求めているなんて!」
「よかったな……それなら早速、プランターを置いて、種を撒いていこうか。ただ、今は夏だから、夏野菜がメインになるな」
「トマトですね! トマトですよね!!」
「そうだな……あとはキュウリとかも……トマトやキュウリは収穫まで少し時間がかかるな。でも、小松菜なんかはすぐ育つし、雑に育ててもわりと育ってしまうからおすすめだな」
「やりましょう! 小松菜……! やりましょう!」
「屋上は日当たりはいいんだけど、流石に暑すぎるかもしれないから、4階の風通しのいい場所の方がいいかもしれないな……植物の様子を見ながらプランターの場所を移動してもいいかもしれない」
「なるほどです! リスナーさん、流石です!」
シユがリスナーの知識に感心していると……、
「おー、やってるかー」
どこからともなくラミエルがやってくる。
「あ、ラミちゃんさん! どこ行ってたんですか?」
「これだよ……よっと!」
そう言うと、ラミエルは重たそうなポリ袋をボンと置く。
「そ、それは……!?」
「水だ……飲み水は貴重だろ? だから外に子供用プールを置いて、雨水を溜めておいたんだ。昨日、雨だっただろ? 人間が廃棄物を出さなくなったせいか、皮肉にも雨水もわりと綺麗だし、水やり程度ならこれで十分だろ?」
「わぁあ! ラミちゃんさん、有難うございますー!」
シユは嬉しかったのか、勢いよくラミエルに抱きつく。
「あっ、ちょっ、お前……やめ…………って、ん……? い、意外とでかいな……」
ラミエルが謎の動揺を見せる。
「ちなみに私も昨日、雨だったので、久しぶりにシャワーを浴びました!」
「おっ、いつの間に……! ちなみにどこで?」
「そりゃぁ、屋上ですよ!」
「え? まじか……? ひょっとして全裸か?」
「そりゃあそうですよ!」
「え゛っ!?」
横で聞いていたリスナーが動揺する。
「だって見てる人なんて誰もいないじゃないですかー! 屋上で全裸の解放感はこうなる前は無理でしたね! あはははは」
シユは屈託なく笑う。
「おい、シユっこ、次からは近くに不審なドローンがないか気をつけろよ」
「え……? なんでですか?」
「なんでって……」
ラミエルはニヤニヤしながら、リスナーを指さす。
「やらんて!!」
リスナーはぷんすかする。
それから三人はプランターを設置し、種を植える作業をする。
「あぁ、土いじりをしているとなんだか懐かしい感じがしますねー。
私たちが農耕民族だった頃の血が
皆さんも血が疼くことってありますかー?」
シユがドローンに向かって語り掛けながら、作業をしている。
シユは独りぼっちじゃなくなってからも、こうしてまだ見ぬ誰かに向けて、発信を続けていた。
「リスナーさん、小松菜の種まきは本当にこんな適当で大丈夫なんですか?」
「おう、小松菜はそんな感じでもたくましく育ってくれるはず」
「へぇー、小松菜さんは生命力が強いんですね、見習いたいところです」
シユはしみじみとそんなことを口ずさむ。
「なぁ、ところでシユっこさー」
と、作業をしながら、ラミエルがシユに語り掛ける。
「なんですかー?」
「やっぱり気になってるんだが……そもそもなんだけど……なんでシユっこだけが人間のままでいられるんだろうな……」
「うーん……前もお答えしたのですが、わからないのです……ごめんなさい……」
「だよなぁ……本当にただ偶然、抗体みたいのを持っていたのかなぁ……」
「そうなんですかね……うーむ……」
「本当に他に心当たりはないのかよ? 些細なことでもいいんだが……」
「うーん…………ちょっと考えてみますね……」
「おう!」
シユは「うーんうーん」唸りながら、頭を捻り始める。
そしてそのまま10分ほどが過ぎた頃……、
「あっ!」
シユが声をあげる。
「どうした? 何か閃いたか!?」
ラミエルが尋ねる。
シユがゆっくりと口を開く。
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