第7話
「ラミエルさん…………私達の本拠地……ホームセンターに来てくれませんか?」
「……! あー……そうだな……一回くらい行ってもいいかもな……」
「あ、えーと、そうじゃなくて、ずっとです」
「ずっと……?」
「はい、一緒に生活して、お互いに協力して、新しい場所を目指したり、三本目の塔を目指したり、他の生存者を探したりする活動をしたいと思っています。差し当たってはこの豊洲エリアを抜け出すことを目標に」
「なっ……」
ラミエルは困惑するように口をぽっかりと開けている。
「あ、でも……ラミエルさんは天使さんに襲われたりとかはしないんですかね……となると、こちらの守りは必要なく、一方的な関係になってしまうかもしれませんが……」
「そ、それは構わないが……」
「え!? じゃあ、いいんですか!?」
シユは目を輝かせる。
「話を最後まで聞け! 確かに私は天使から襲われることはない。だから、一方的な関係になることは構わない。だがな、さっきも言っただろ? 私は自分を完全に理解しているとは思えない。だから、お前たちを襲わないという保証ができない……」
「ラミエルさん……! 私はそれを承知の上で誘ってるんですよ!」
「……! な、なんでだよ……!? 危ないかもしれないだろ!」
「だって、皆でいると楽しいじゃないですか……」
「……!」
ラミエルはその言葉を聞き、唖然としている。
ラミエルはふとこれまでの一年間のことを思い起こす。
多くの者が変貌してしまったあの日。
変貌を免れ、一緒に生きようと語り合った者も次々と変貌していく日々。
そしてついには自分の番が来る。
その時は、恐怖もあったが、奇妙なことに少し安堵した。
だが、なぜか自分だけは様子が違った。
変貌した後も自我が残っていた。
そこから始まったのは孤独と退屈の日々だった。
食欲も睡眠欲もなくなっても知欲だけは残っていた。
そんな
「だって、皆でいると楽しいじゃないですか……」
は、妙に刺さってしまったのだ。
「……なんだよ、その小学生みたいな理由はよ」
「えっ!? 小学生!?」
「ちょうど本を読むのにも飽きてきたところだったんだ……」
「え……? って、ことは……?」
「…………ょろしくお願いします」
「え……?」
ラミエルが早口でぼそっと何かを言うので、シユは思わず聞き返す。
「だから、よろしくお願いしますって!」
「……!」
今度はしっかり意味を理解できたのか、シユの表情はぱっと晴れる。
「はい! ラミエルさん、よろしくお願いしますです!」
「だがよ、一つ、約束してくれ……」
「はい……」
「私に異変が起きたら迷わず斬れ」
「……!」
ラミエルの覚悟めいた発言に、シユは思わず息をのむ。
「シユ……わかったな?」
「はい、
「そうか…………って、はぁ!? ここは神妙な顔つきで「ごくり……はい、わかりました」っていう流れだろうがよぉ!」
「なんですか!? その流れって! 空気読めってやつですか! そんなのお断りですよ!」
「……! い、意外と強情な奴だなぁ!」
「そうですよ! 悪いですか!? もしもラミエルさんに異変が起きたら、ぐるぐるに拘束して、治る方法を見つけるまでずっと観賞用天使にでもしてやりますよ!」
「はぁ!? おかしいだろ? お前、もう数えきれない程、天使を殺してきたんだろ? だったら私がこうなったら同じように……」
「
「……は?」
「ラミエルさん……人間ってそういう生き物ですよ」
「っっ……!?」
どこか達観した様子で呟くシユに、ラミエルは愕然とする。
と……、
「あの……ラミエルさん……口を挟むようですが……」
黙っていたリスナーが思わず割り込む。
「この人、誰も視聴してないのに、この環境で1年間、一人でニコニコしながら配信していた人ですよ……常識は通用しないと思われる」
「……! た、確かに…………」
「ちょっ、そこ! 変なところで意気投合しないでくださいよ!」
シユは焦るように言う。
「ったく、私は金魚かよ……」
こうしてシユとリスナーは無事(?)に、ラミエルを仲間に迎えることになったのである。
◇
シユ、リスナー、ラミエルの3人はホームセンター2階に戻ってきていた。
「へぇ~、ここがお前らの本拠地か……」
ラミエルがフロアを見渡し、そして、
「………………いや、天使の死体が転がってるんだが……いいのか? これで……」
眉をひそめる。
「ごめんなさい……実はこの本拠地、
「えっ!? そうなの?」
「はい、この本拠地をゲットして、リスナーさんに出会って、目標ができたことでテンション上がっちゃって、お掃除もろくにせず、図書館に向かっちゃったというわけです」
「えっ!? ってことは、君達が出会ったのも
「「はい……そうですが……」」
「っ……! そうなんだな……もう出会ってそれなりに経ってるのかと思ったが、そうでもないんだな……」
さも当然のように、きょとんとした表情で回答するシユとリスナーに、ラミエルは少したじたじとなる。
「そうですね! 目的の物も見つかりましたし、少しこのホームセンターを掃除したり、整備したりしてもいいかもですね! 実はまだ3階と4階には天使さんが残ってるかもしれないですし……」
「ひっ……! まじか……シユ……お前、人間なのによくその状況で夜、眠りにつけるな……」
ラミエルは若干、ひきつりながらそんなことを言う。
「いやー、確かに……! 慣れって怖いですねー!」
しかし、シユはあっけらかんとしたものだ。
「でもよかったです! 無事に船の造り方の本、見つかって!」
シユは目を細める。
その手には『造船入門 ~初めてのイカダ~』が握られている。
ラミエルを仲間に引き入れた後、図書館内を必死こいて探したのである。
シユはラミエルが本拠地に来ることを同意した後、本来の目的をすっかり忘れていた。
そしてそのままホームセンターに帰ろうとしたのである。
そして、リスナーがなんとかシユに〝造船の資料を探す〟という目的を思い出させたのであった。
「ホームセンターには材料はたくさんあるので、なんとかなりますかね?」
シユはリスナーに尋ねる。
「そうだな、なんとかなると思うよ」
「よかったです! リスナーさんのおかげで、ようやく内地への足掛かりができました! 早速、イカダ造りをして内地に向かいたいところですが……」
「ですが……?」
「やっぱり先にこのホームセンターを少し整備したいなと思います! 実は私、ホームセンターに来たのには理由があるんです」
「理由……? そう言えば、なんだっけ?」
「あの……ひょっとすると、お二人にはちょっと言いづらいことなのですが……」
「あん? いいよ、遠慮せずに言ってみ」
ラミエルも興味深々だ。
「それでは失礼させていただきます……ホームセンターに来た理由……それはずばり…………」
「「ずばり……?」」
「野菜が食べたい!!」
「「……!」」
こうして、野菜が食べたいというシユのために屋上に家庭菜園を作ることにした三名はホームセンターの整備を始めることになった。
食事を必要としないリスナーとラミエルであったが、嫌な顔もせずに協力してくれるのであった。
その後、三名はひとまず1階、2階の天使の遺体を処理する。
丁寧に埋葬してあげることは難しいが、せめてもと焼却し弔う。
フロアの天使の処理には三日を要した。
次は3階、4階、そして屋上の制圧だ。
この3フロアは駐車場になっている。
3階へと向かう階段のバリケードを外し、いざ作戦決行という時であった。
「それじゃあ、シユっこ、ここから先は私に任せてくれ」
バールのようなものを片手にやる気満々のラミエルがそんなことを言いだす。
バールのようなものはホームセンター工具コーナーで調達したようだ。
「ん……? なんでですか? ラミちゃんさん」
シユはきょとんとする。
どうやらこの三日間で呼称がラミエルさんからラミちゃんさんに変わったようだ。
ちなみにラミエルからシユへの呼称もシユからシユっこに変わっている。
シユはシユユンを望んだのだが、「なんか嫌だ。お前はそうだな……〝シユっこ〟で」とシユの希望とは違う愛称がつけられたのである。
話は戻るが……、
「いや、なんでってな……私は天使だぞ?」
ラミエルが呆れるように言う。
「だから、なんでですか?」
「あのなぁ……説明しないとダメか?」
ラミエルは右手で頭を押さえるような仕草をする。
「あー、ラミちゃんさん、私、こう見えて、鈍感キャラ属性はないんです。要するにラミちゃんさんはこう言いたいんですよね? 『私は天使で天使から狙われず安全だから一人で行く』と」
「……! そうだよ! その通りだ! そこまでわかってるならいいだろ?」
「ダメです」
「はぁああ!? なんでだよ!?」
「あの……ラミちゃんさん言いましたよね? 『私たちを襲わないという保証ができない』って」
「っ……、言ったが、それがどうした?」
「それってつまり〝ラミちゃんさんが天使に襲われないという保証だってできない〟じゃないですか」
「っ……!」
「だからダメです。だから……皆で行きましょう! 皆さんもそう思いますよね!」
シユはドローンに向かって、にこやかに微笑む。
【せやな】
リスナーは苦笑いしながら同意のコメントを書き込む。
「ほら、リスナーの皆さんもそう言ってますよ! では、行きましょう!」
そう言うと、シユは階段を昇っていく。
「ったく、なんなんだよ……その茶番はよ……」
ラミエルは呆れ気味に呟く。
「そうかもな……でもデジャブだわ」
リスナーは苦笑いする。
「……? どういう意味だ?」
「実は図書館に向かう前にほぼ同じような会話があってな……」
「…………なるほどな」
ラミエルは諦めた様に階段を昇り始める。
リスナーもそれに続く。
「シユっこ、百歩譲って、三人で行くことはわかった。だが、先頭は私に行かせてくれ」
階段の上で待っていたシユにラミエルがそう告げる。
「うーん……でもラミちゃんさん大丈夫なんですか? 天使さんと戦えるんですか?」
「そうだなぁ! お前、それも確認せずに私のこと誘ったからなぁ!」
ラミエルは少し語気を強める。
「だが、お前ら、忘れてないか? あのビルの図書館のことを……」
「……図書館のこと? …………あ! もしかして……」
「そうだ……」
ラミエルはニヤリとする。
「図書館に一体たりともいなかっただろうが……私以外の天使がよ……!」
「あ…………そっちか……」
「他になんだと思ってたんだよ!」
ラミエルは怒る。
「まぁ、とにかくだ……ここは私にやらせろ……私の監視なり援護なら好きにすればいいさ……!」
そう言うと、ラミエルはシユの返事を待たずして駐車場へ駆け出す。
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