第6話
「あ……どうもこんにちは……」
「あ……どうも……っす」
読書天使が挨拶をするものだから、リスナーも思わず返事をする。
「……」
【ちょ、天使がしゃべってるw】
リスナーはコメントを書き込む。
そして改めて読書天使のことを見る。
読書天使は他の天使同様に背中には白い翼がある。
肌と髪は真っ白で、頭には、ほんのりと光る輪っかのようなものがある。
ここまでは普通の天使と同じだ。
だが、大きな相違点として、目にしっかりと瞳があることだ。
それだけで天使の気味悪さがほとんどなくなり、なんなら神々しさすらある。
おまけに読書天使が若い女性の姿であったこともあり、まさに想像上の天使そのものに近い見た目をしていたのだ。
「え……? 嘘……冗談でしょ? あなた人間なの?」
読書天使が困惑した様子でリスナーに問いかける。
どうやら驚きの度合いはお互いに等価であるようだ。
「あー、えーと、俺は……人間……と言っていいのかどうか……一応、そうなのかな……」
「え……? 何言ってんの?」
読書天使は訝しげにリスナーを見つめる。
「いや、まぁ……そうなるよな……」
読書天使の反応は至極真っ当であると感じ、リスナーは苦笑いする。
「俺はえーと……カジロイドでして……」
「ん……!? あっ! 確かに……どこかで見たことあると思ったらそういうことか……いや、まぁ……なんでカジロイドが自律的に歩き回ってんだ? って話ではあるが……人間が残ってるわけないよな……」
読書天使は少し落胆したように、トーンを落とす。
「あ、えーと……そういう意味では……」
リスナーが読書天使に返答しようとした時であった。
「リスナーさぁああああん!!」
「「っ……!?」」
「これって、これってどういう意味ですかぁあ!?」
リスナーからのコメントを見て、居ても立っても居られなくなったのか、シユがバタバタとやってくる。
「え……!? もう一人いたのか!?」
読書天使は目を大きく開いて驚いている。
「あー、えーと、俺は正真正銘の人間と言えるか微妙なんだけど……こちらのシユさんは間違いなく人間ですよ」
「っ……!!」
読書天使は言葉を失うほど驚く。
「あ、あの……リスナーさん、この方が例の……」
「うん……しゃべる天使」
「え……あ……嘘……すご……」
シユも読書天使の方を見て、口に手を当てて驚いている。
「あ、あの……天使さん……すみません……一つ、伺ってもいいですか!?」
「なんだ……?」
「うわぁああ! 本当に喋ったぁあ!?」
「いや、だからシユ、さっきから言ってるでしょ!」
「…………で、伺いたいことってなんだよ!」
読書天使は少しイラっとした様子である。
「あの……
「っ……! ……いや、どちらかといえばそうではないと思う。私はお前らの言うところの天使だと思う」
「……なるほどです」
シユは少し複雑な表情を浮かべる。
「あ、すみません……もう一ついいでしょうか」
「構わん」
「すみません……えーと、あの……撮影……させていただいて大丈夫でしょうか?」
「………………は……?」
……
「皆さん! 撮影OKいただきましたので、ご紹介させていただきます!!」
シユはドローンに向かって、いつもよりも更に元気いっぱいに語り出す。
「神守シユの……〝今日の天使さん〟のコーナーです! いえぇええい!!」
「そんなコーナーあったんだな……」
リスナーは画面端でいつものように苦笑いしている。
「今日、ご紹介させていただく天使さんは……こちらです!」
ドローンが動き、読書天使を映し出す。
読書天使は少しイラっとした様子で足を組んで椅子に座っているが、堂々としたものである。
「あ……すみません、お名前とかあるんですかね? 本名NGならニックネームとかでも構いません」
「おい、そもそもこれ、誰か観てんのか? 本名を秘匿する意味あるのか!?」
読書天使はやはり少しイラついた様子で尋ねる。
「現在の同時接続数は…………1です!」
「え……!? 観てる奴いるの!? 生存者か!?」
読書天使は虚を突かれたように驚く。
「あ……その1は……俺です……」
リスナーが少々、気まずそうに挙手する。
「は……!? ど、どういうことだよ……自作自演か?」
読書天使は(当たり前だが)状況を飲みこめず困惑した表情を浮かべる。
「んー……まぁ、よくはわからないが……ニックネームか…………そうだな……天使か……うーん……〝ラミエル〟とでも呼んでくれ」
「ラミ……エル……?」
シユとリスナーが少々、じとっとした目をラミエルに向けるので、
「な、なんだよ……」
ラミエルは少し焦った様子だ。
「えーと……ラミエルって、ひょっとして青い八面体の……それって天使というか
「ですよね、リスナーさん……この方……エヴ……」
「あぁああああ!! そうだよ! それだよ! 急に聞かれて急に思いついたんだから仕方ないだろ!」
ラミエルは赤面しながら白状する。
「ふふ……面白そうな
「え……あ……うん……人ではないと思うがな……」
ラミエルはなぜか一瞬、しおらしくなる。
「それで、ラミエルさんは……えーと、完全に自我が残っている天使さんということであってますでしょうか?」
「まぁそうだな……」
「すごい……いるんだ……そんな天使さんが……」
シユは本当に感動したように目を輝かせる。
「私、とても嬉しいです。ラミエルさん、いくつか質問させていただいても大丈夫ですか?」
「あぁ……」
「じゃあ、えーと……好きな食べ物は?」
「うーん……ラーメンだったかな……今は全く食欲がないがな……」
「あ……その……ごめんなさい……」
「気にするな」
シユは差しさわりのない質問をしたつもりであったが、天使相手だと意味合いがかなり変わってくることに後から気付く。
図らずも〝ラミエルには人間だった頃の記憶があること〟、〝天使がやはり何も食べないこと〟が判明する。
「どういう仕組みになっているのか自分でもさっぱりわからないが、何も食べなくても活動は続けられるようだ」
ラミエルは自ら補足までしてくれる。
「ありがとうございます……えーと、それじゃあ……ここで何してたんでしょうか?」
「あー、読書だな……とにかく暇だったからな」
「なるほどです」
「ちなみに今、読んでいた本は……?」
「え……? あー……これだ……」
ラミエルはシユに表紙を見せる。
表紙には『人〝財〟育成の基礎 ~人は財産である~』と書かれている。
いわゆるビジネスマン向けの自己啓発本である。
「なるほど……人材育成ですか…………」
「「…………」」
「いや、育てる人、どこ!?」「この期に及んで誰を育てるんだって話だよなぁ!」
シユとラミエルは同時にくわっとなる。
「「…………」」
二人は黙って顔を見合わせ、そして……、
「「あははははは」」
二人してお腹を抱えて笑う。
目尻に少し涙が溜まってしまうくらいに。
「シユって言ったっけ? お前、なかなか面白いじゃないか」
「ありがとうございます……ラミエルさんも……」
「よし! いいぞ……シユ! どんどん質問してこい」
「え……? あ……はい、えーと……めちゃくちゃ美人ですね」
「え……? そうか……? あ、ありがとな……」
ラミエルは少し照れている。
改めて見ると、ラミエルは肩より少し下まで伸びる長い髪、やや吊り目がちな目は気が強そうだ。
スレンダーな身体つきで、身長は標準的でシユより少し高い。
白を基調としたワンピース型の服は、真っ白な肌と髪にマッチしている。
天使の特徴でもある翼は、他の天使に比べてかなり小さく可愛らしい。
「こんな姿になっても少しは嬉しいものなんだな……シユも可愛らしいと思うよ」
「あ、ありがとうございます……それで、あの……今更なのですが……襲ってきたり……しないですよね?」
「……っ!」
〝襲ってきたりしないか?〟
その質問でラミエルは、はっとしたような表情を浮かべ、しばらく沈黙する。
そして、ゆっくりと口を開く。
「襲ってきたりしないか? ……だって?」
「「……」」
シユとリスナーは思わず息をのむ。
「いや、本当に今更だな……おい……」
ラミエルは少し呆れたように言う。
「そうだな……今のところ襲いたいという感情を持ってはいない。だが、こんな風になっちまって、自分が自分を完全に理解しているとは思えない。だから、わからない……いや、保証できない……というのが正確かな……」
「……はい、ありがとうございます。今のところ大丈夫というだけでもわかって助かります」
シユはぺこりと頭を下げる。
「ちなみにですが、ラミエルさんのような方は他にいるのでしょうか?」
「いや、私も最初は自分のような奴が他にいないかを探して回ったが、全くそんな奴は見つからなかったよ」
「ですよね……」
シユは少し落胆する。
「っていうかさ、逆に聞かせろよ! シユ……! お前、本当に人間なんだよな!?」
「あ……はい……そうです」
「なんでお前だけ天使になってないんだよ!」
「それが……わからなくって……」
「なっ……! 本当かよ……! 奇跡ってやつか……?」
ラミエルは唖然としている。
「で、そっちの奴は何なんだよ!」
ラミエルはリスナーを指差す。
「あー、えーと……リスナーさんです」
「リスナー……?」
ラミエルはリスナーに訝しげな視線を送る。
「あ、えーと、俺から説明しますね」
その後、リスナーは自分のことをラミエルに説明する。
「ははーん、それで〝リスナー〟ね……いまいち釈然としないが一旦、納得することにする」
とラミエルはリスナーに対してひとまずの理解を示す。
「それで、えーと……ラミエルさん……ここまでありがとうございました。最後の質問いいでしょうか」
「あ……おう……」
シユが少しトーンを落として宣言したため、ラミエルも身構える。
「ラミエルさん…………私達の本拠地……ホームセンターに来てくれませんか?」
「……!」
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