第5話

「私の家族……なk……ごほんっ……神守かみもり家は諜報ちょうほう活動……要するにスパイを行っている家系でした」


「スパイ……!? 実際にいるんだね……そういう人種が……」


「えぇ……ただ、皆さんが一般的にイメージする海外に潜伏するようなスパイ活動ではなく田なk……神守家の諜報対象は主に国内で活動する企業や宗教団体です」


「なるほど……」


「巨大な企業や宗教が怪しい活動をしていないか……実際に、そういった団体に潜入し、監視する役割を担っていました」


「なるほど……それでシユは武術をたしなんでいた……というわけ?」


「その通りです! あ、ちなみに巫女服にハマってしまったのは、とある神社の任務で着たときに気に入ってしまったからです」


 シユはそんなことを言いながらテヘペロする。


「え……? 巫女服はキャラ付けじゃなかったん!?」


 リスナーは驚く。


「一番驚くのそこですか!?」


 リスナーの驚きのツボにシユも驚く。


「あれ……? ってか、シユ……そう言えば、配信の中でシユのお母さんはサイバードリーム社に勤めていると言ってたけど……ひょっとして……」


「……! あ、そうか……リスナーさん、その話、聞いてたんですね……」


「……」


 シユの言葉のトーンが少し低くなり、リスナーは少し驚く。


「仕方ないですね……聞かれてしまったからには……」


「っ!? シユ、危ない!!」


「えっ!?」


 突然、リスナーがシユに覆いかぶさるように突き倒す。


「っつぅ……」


 シユは尻餅をついてしまい、表情を歪ませる。


「シユ、ごめん、大丈夫か?」


 リスナーはそう言うと、返事も待たずに立ち上がり、後ろに振り返る。


「え? 上位天使!?」


 シユは驚きの声をあげる。

 そこには犬のように四つん這いになり、二人を睨みつける天使がいた。


「どうやら2階から降りてきてしまったようだな……」


「リスナーさん! 下がって……いた……」


 シユはそう言いながら立ち上がろうとするが、強くお尻を打ってしまっているようだ。


「……シユ、ここは一つ、俺に任せてくれ」


 リスナーはそう言いながらシユと天使の間に立ち塞がり、ロッドを構える。


「リスナーさん……」


 シユは心配そうにしている。


『グギャアアア』


 が、次の瞬間には天使の方から動き出す。


 地面を蹴り上げ、天使は一瞬でリスナーとの距離をを詰める。

 そして、その鋭利な鉤爪かぎづめをリスナーへと振りかざす。


「っ……!」


 リスナーはロッドでもって、受け止め、鉤爪かぎづめの進行を妨げる。


「速いっ……! 速いタイプの天使さんですか……!?」


 それを見ていたシユは思わず声をあげる。


『グルルルル』


 リスナーにより攻撃を止められた天使は唸り声を上げながら、バックステップで一度、後ろに後退する。

 そして今度は助走をつけて、リスナーへ全体重を乗せた体当たりを試みる。


「シユ、ちょっと避けて……!」


「え……? あ……」


「ぐぁあっ!」


 リスナーはシユを攻撃の直線上から退避させるが、天使の体当たりをもろにくらってしまう。

 その衝撃でリスナーは後方へ数メートル吹き飛ばされる。


「り、リスナーさん……!」


 シユは焦りの表情で、リスナーに呼びかける。

 と、リスナーは無言でむくりと立ち上がる。


「あ、あの……リスナーさん……大丈夫ですか……」


「あぁ……少し驚いたが、大丈夫」


「よかった……そ、その……私も加勢します……!」


「いや、シユはもう少しだけ待っててくれ」


「で、でも……」


 シユは心配そうにリスナーを見る。


「あっ……! リスナーさん!」


 天使は二人の会話をゆっくりと待ってくれるはずもなく、再び、リスナーへ襲い掛かる。

 リスナーはロッドでもって応戦する。

 天使の激しい攻撃をリスナーが必死で防ぐという状況になる。


「……なぁ、シユ、カジロイドなんかが本当に天使と戦えるのか心配なんだよな?」


「っ……!」


 リスナーは攻撃を防ぎながらも、シユに話しかけてくる。


「だけどな、シユ……サイバードリーム社製の高級カジロイドの性能は結構、すごいんよ」


「……!」


『グガッ』


 防戦に徹していたリスナーがロッドを勢いよく振り、天使をノックバックさせる。


「高級であるのには理由がある……その機能は多岐にわたり、炊事、洗濯、掃除スキルはもちろんのこと……買物や介護……そして何より従事した家族を守る〝セキュリティ機能〟も具備されているんだよ!」


「え……?」


 リスナーがそう言うと、手にしていたロッドが変形を始める。


 持ち手は長くなり、先端からは水平方向に、湾曲わんきょくした光の刃が出現する。

 それはまるで死神の持つ大鎌のようであった。

 刃は青白く不気味に光を放っている。


『グゥウウウ!』


 後退させられていた天使が再び、リスナーへと襲い掛かる。


 そして……


 ぐしゃっ……


「えっ……」


 その光景にシユは思わず声を漏らす。


「家事スキル:セキュリティ機能【正当防衛セルフディフェンス】」


 リスナーに向かって接近を試みた天使はその途中で地面に叩きつけられる。

 その脳天は真上から振り下ろされた刃に貫かれ、頭部の輪っかも粉々に粉砕されていた。


「ふぅ……なんとか上手くいったな」


 リスナーはほっとしたように溜息をつく。


「すごい……! リスナーさん、すごいじゃないですか! 上位天使をやっつけちゃいました!」


 お尻の痛みはどこへやら。

 シユはぴょんぴょんと跳ねながら、リスナーを賞賛する。


「ありがとう……まぁ、少しでもシユの役に立てたのならよかったよ」


 リスナーはそう言って微笑む。


「少しなんてものじゃないです! すごく……すごいです! …………語彙力!」


 シユは上手い言葉が見つからないのか自分で自分に突っ込んでいる。


「私も配信をされていた方々に憧れて、こうして配信活動を行っているのですが、当時、配信をされていた方が仰っていました。リスナーさんの応援は偉大だって! 皆様! 私は今まさに、その言葉の意味を実感しているところであります!」


 シユは興奮気味にカメラに向かって語り掛けている。


 同時接続数は1のままだ。


「なかなかこんな風に物理的に応援するケースはまれだと思うけどな……」


 リスナーは苦笑いしながらも、満更でもなさそうであった。


 その後、二人は、〝フロアの殲滅〟と〝上階からの襲撃に対する防衛〟の二役を交代しながら、ビルの上階を目指した。


 幸いにして、その後は上位天使に遭遇することなく、進行は順調であった。

 シユはその間、ずっと会話を続けていた。

 シユは戦闘中であっても平気で話し続けるものだから、リスナーは少々、肝を冷やす。

 しかし、配信を始めて以来、これまでずっとそうして来たシユにとってはそれがスタンダードなことのようだ。


「リスナーさん、ふと思ったのですが、上位天使さんって何者なんでしょうね……」


「あー……確かにそうだね……」


 上位天使……それは稀に出現する天使の中でも特に強力な個体である。


「俺はさっき、初めて戦ったんだけど、上位天使ってやっぱり強いの?」


「え!? 初めてだったんですか!?」


「え、うんまぁ……以前にも伝えたけど、俺は人型ではないメカにリンクしてなるべく天使との衝突は避けていたからな……」


「なるほどです……話が逸れてすみません、それで強さについてですが……間違いなく強いです。私の感覚的には普通の天使さん10体に囲まれるよりも上位天使さん1体の方が脅威に感じます」


「……それは確かに厄介だな……まぁ、何者かと言われると、ますます答えを持ち合わせてはいないんだけど……」


「ですよね……普通の天使さん、上位天使さん、無害の天使さん……どれになるかは完全に運次第なのでしょうか……」


 シユはいつになく真剣な表情をしている。


「あ、リスナーさん、もう一つ気になることがあるのですがいいですか?」


「おう」


「天使さんは何をエネルギー源にしているんでしょうね」


「あー、確かにそれ気になるな」


「はい、リスナーさんは天使さんが何かを食べてるところって見たことありますか?」


「ないな」


「ですよね」


「身体の中で、何かしらエネルギーを生み出す機関があるんかな……それこそ太陽光パネルや植物の葉緑素のようなものが……」


「なるほどです……あっ……!」


 シユは何かを思いついたようだ。


「ひょっとしたらですが、頭についてるあの輪っかが何か特別な役割を果たしているんじゃないですかね……皆さんはどう思いますか?」


 シユはドローンに問いかける。

 しばらく間を置いて、リスナーがコメントで「ありえるかもw」と答える。

 その時はあえてカジロイドの口からではなく、テキストコメントを用いる。


 すると、シユは毎回、「ありがとうございます」とお礼を言って、にこりと微笑むのだ。


 そのやり取りに意味があるのかはわからなかった。

 だけど、リスナーは今はまだ、たった一人のリスナーであるその役割を担っていたかったのだ。


「さて、シユ、そうこうしているうちにビルの9階に到着しそうだぞ」


「おっ、ついに着いたのですね!」


「あぁ、ここから上層、9階から11階までが図書館のフロアになってるはずだ」


「おぉ、3フロアも図書館になっているんですね! えーと、8階は私が制圧したので……上層からの防衛は私がやるので、制圧はリスナーさんで大丈夫でしょうか?」


「大丈夫」


「それじゃあ、リスナーさん、9階の制圧、何卒よろしくお願いします!」


「了解……!」


 そうしてリスナーは9階フロア内部に侵入していく。


「……あれ……? おかしいな……」


 リスナーは制圧を始めてすぐに奇妙なことに気が付く。


「全然、天使がいないな……」


 フロアに天使が全くと言っていいほどいなかったのである。

 それならそれに越したことはなかったのだが、リスナーは少し不気味に感じるのであった。


 結局、フロア内には一体も天使がいなかった。


「あとは……テラスか……」


 この図書館の9階にはテラス席があり、室外で読書ができるようになっているのだ。


 リスナーはテラス席に出て、天使がいないかを慎重に確認していく。


 その時であった。


「「っっ……!!」」


 リスナーは目に入ってきた光景に驚愕し、絶句する。


 白い翼の生えた人型がテラスの椅子で優雅にくつろいでいたからだ。


 だが、驚いていたのはリスナーだけではなかった。

 リスナーが驚いたその相手もまた驚いていたのだ。


 ……


「ん……?」


 シユの配信画面にコメントがポップする。


「あれ? リスナーさんからだ……なんだろ……」


 シユはコメントの内容を確認し、目をこする。


「ん……? んんんん!?」


 シユは思わず画面に顔を近づけて、もう一度、確認する。


【天使が読書してて草】

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