第4話

「はい、どーも、こんにちは! 人類最後の配信者じゃなかった〝神守かみもりシユ〟です! それじゃあ、今日もお散歩配信、やっていきたいと……思いまーす!」


 シユは今日もドローンに向かって元気にタイトルコールする。

 だが、これまでと少々、違うことがある。

 執事服の少年が画面の端で居心地悪そうに映っていることだ。


「あ、あの、シユ殿……俺はまだ生存者かどうかわからないので、人類最後じゃなかったと断言するのはまだ早いかと……」


「え~? リスナーさん、おかたいですね。いいじゃないですか! ポジティブにいきましょうよ!」


「……そ、そうか……? ってか、これ俺も映らないといけないんかね? 女性の配信に男が映ってるのはタブーなんじゃ……」


「………………確かに…………皆さん……! 彼は〝弟〟です!」


 シユは満面の笑みでそんなことを言う。


「出た! 困ったときの弟!」


「…………流石に厳しいですかね……?」


「厳しいと思いますが……」


 リスナーは渋い顔をする。


「ん……? でも、リスナーさん、そもそもカジロイドに性別ってあるんですかね?」


「え……? うーん……どうだろう……?」


「確認してください」


 シユは真顔で言う。


「え……?」


「リスナーさん、確認するんですよ」


 そう言いながら、シユはリスナーのズボンを見つめる。


「え……? 今ここでか!?」


「そうですよ!」


「え……ちょっとそれは……」


「リスナーさん、これは〝撮れ高〟のチャンスですよ」


「っ……! なんで撮れ高を気にしなきゃいけないんだよ……! 俺はリスナーなのに……!」


「リスナーさん、大丈夫ですよ……誰も観てませんから……! あはははは!」


 シユは大袈裟に笑いながら言う。


「それ、自分で言うか! ってか、一昨日おととい、その〝誰も観てないから〟でやらかしたのどこの誰だよ!」


「はぅ……! リスナーさぁん、それは思い出させないでください!」


 シユはサービスシーンのことを思い出し、涙目になる。


 ……


「特に……なにもありませんでした……」


 結局、確認させられたリスナーが少々、恥ずかしそうにモジモジしながら告知する。


「あー! よかったです! 皆さん! 彼は男性ではないみたいです! 無性です!」


「その思想……一部の団体が観てたら怒られますよ!」


「……確かに…………って、いや、だから一部の団体とは!?」


 シユは明るく笑い、それにはリスナーも流石に苦笑いしてしまう。


「え? ちなみに……そもそもなんですが……リスナーさんの本当の性別は……? 〝俺〟とおっしゃってるのでやっぱり……」


「えぇ……男ですよ……多分だけど……あと多分、年上……だから、弟じゃなくて兄だな」


「え!? 年上なんですか!? 道理で可愛い見た目の割に、少し生意気だなぁとは思ってましたが……。まぁでも、ちょっと生意気な弟みたいで、それはそれで可愛いなぁと思ってはいたんですけど……」


「おいっ……! 一応、言っとくけど、この姿はあくまでも仮の姿だからな……! まぁ、かと言って、本当の姿がどんな感じだったのかは覚えてないんだが……」


「なるほどなるほど…………でも、じゃあ、ちょっと緊張するなぁ」


「ん……?」


「私、年上の男性の人と話すの苦手で……」


「そんな取ってつけたような設定を……」


「本当ですよ……! でも画面越しとかなら全然大丈夫なんですけど」


「じゃあ、なおさら大丈夫じゃん」


「いや、いつか直接、お会いするときに緊張するなぁって……」


「っ……!」


 リスナーははっとする。


「直接……? 俺、どこにいるかも分からないのに……?」


「はい! もちろんです! 必ず見つけ出してみせますよ!」


 シユは笑顔で微笑む。


「…………どこまでもポジティブな奴だな」


 そんなシユの笑顔を見て、リスナーは直接会うなんてことを考えてもいなかったのか、虚を突かれたように呆然としていた。


「って、だいぶ脱線してしまいましたね! え? いつものこと? やかましいですよー!」


 シユは一人芝居している。


「で、今日の目的地なんですけど、〝図書館〟に行ってみようと思いまーす!」


 そうしてシユとリスナーは歩き出す。


「どうして図書館かと言いますと、これも実はリスナーさんのアドバイスなんです。内地に行くために、〝船〟を造ろうということになりました。案として、泳ぐ、橋を造る、地下を開通するというようなものもありました。泳ぐのは流石に自信がなくて……じゃあ、橋や地下の開通かということも考えました。ですが、それだとリスナーさん曰く「せっかく孤立しているのを開通してしまうのは勿体ないかも」ということでした」


「そうだな……今、臨海地域は孤立しているわけだけど、それはメリットでもあると思うんよ。内地から新たに天使が来ないという点でね」


「なるほどなるほど……ところで、リスナーさん、天使さんって翼がありますけど、飛んでるところって見たことありますか?」


「いや、ないな……」


「ですよね! 天使さんの翼はお飾りなんでしょうかね……」


「物理的にも飛翔するためには、軽さと凄まじい筋力が必要だからな。鳥とかって実はめちゃくちゃ軽いし、すごい胸筋きょうきんをもってるからな……天使は、あの感じだと飛翔は難しいんじゃないと思うけどな……」


「なるほどです。流石、リスナーさん、博識ですね!」


「そうかな……まぁ、ほどほどに……」


 リスナーは謙遜する。


「というわけで、天使さん、豆知識でした!」


 シユは笑顔で豆知識を披露している。


「まぁ、つまるところ……天使は飛翔できないということもあって、内地から新たに天使が来ないということ」


「だから、橋や地下道を開通してしまうのは勿体ないということで、船を造ろうということですね! リスナーさん!」


「YES」


「それで船を造るための資料などを探しに図書館に行くことにしたんです! 私、シユ……生まれてこの方、図書館なんて高尚な場所、一度も行ったことがなかったので、目から鱗でした……!」


 シユはカメラに向かって、目を見開く。


「逆にそれはすごいなと思いつつ、お役に立てたのならよかった」


 そんな彼女の仕草を見て、リスナーは苦笑いするのであった。


 ……


「えーと、リスナーさんによると、この高いビルの上階に図書館があるそうです。こんなに近くにあったんですね……」


 シユとリスナーはホームセンターから200メートルくらいの位置にあるビルの前に立つ。


「近かったこともあって、ここまではあまり好戦的な天使さんには出会わなかったです」


 シユはほっとしたように言う。


「シユ、ちょっと聞きたいんだけど、ここまで来る途中に、天使が何体かいたけど、あれは処理しなくて大丈夫なん?」


「あ、はい! あれは放置で大丈夫です! 実を言うと、天使さんは全員が全員、好戦的というわけではないんです。人を見たら一目散に襲ってくるのは全体の半分くらいでしょうか……あとの半分はボーっとしてたり、ステップを踏んでるだけだったりと、ほぼ無害なんです。特に子供はその傾向が強い気がしますね」


「へぇ、そうなんだ……知らなかった」


「ただ、こちらから攻撃すると、向こうも反撃してくるので、外にいる無害個体は放置する方がいいです。ただ、制圧対象が室内の場合は、急に何して来るかわからなくて怖いので、申し訳ないですが処理させてもらっています……」


「な、なるほど……」


「ちなみになのですが、それを御存じないということは、ひょっとしてリスナーさんは天使さんから襲われることがないということでしょうか?」


「あー、えーと……半々だな」


「半々……? どういうことでしょう?」


「人に近い形のロボットを操作している時は襲われる」


 リスナーは苦笑い気味にそう答える。


「え……!?」


「それに気づいてからは人に近い形のロボットにはリンクしないようにしていたから、今の今まで、天使には無害個体がいるってことに気付いてなかったな」


「つ、つまりリスナーさん……今のそのカジロイドを操作しているということは……」


「ばっちり襲われるはず……!」


 リスナーは笑顔で答える。


「ちょ、リスナーさん、危険じゃないですか! ドローンの方に移りますか? 今からでも遅くはないですよ」


「いや、シユ、ここはこのままでいかせてくれ」


「そんな……! 危ないですよ! ドローンに戻った方が……」


「このままで……いかせてくれ……」


「っ……!」


 リスナーは今度は真剣なトーンで答えたため、シユは思わずはっとする。


「シユ、〝生身〟の君に、〝傀儡くぐつ〟の俺が心配されるのは流石におかしい」


「……」


「この身体は仮に壊れてしまっても俺は死ぬことはない。シユと俺では晒されているリスクが全く違う……まさに〝顔や素性を晒している配信者〟と〝それを観ているだけの匿名の視聴者リスナー〟の関係のように……。だから、いざという時におとりくらいにはならせてほしい……つまり、このままでいかせてくれ」


「……わ、わかりました」


 リスナーの言葉にシユは納得せざるを得なかった。


 ……


「それじゃあ、リスナーさん、いよいよ図書館目指して、ビルを制圧していきます」


「おう」


 二人はビルの1階、入口付近で最後の確認をする。


「事前打ち合わせ通りに下層から1階ずつ制圧していきます」


「了解!」


「じゃあ、リスナーさんは2階へとつながる階段の防衛をお願いします。幸い、オープンになっている階段は一つだけ……。天使さんは重い扉を積極的に破壊してまで襲ってくるということはほとんどありません。だから、オープンになっている階段だけを防衛していただければ大丈夫です。その間、私は1階を制圧します!」


「承知! ……でも、大丈夫か? 制圧の担当がシユで……」


 リスナーは心配そうに尋ねる。


「はい! 大丈夫です。というか、ぶっちゃけ上階からどれほど天使さんが現れるかわからないという意味で、リスナーさんにお願いする階段の防衛も危険度は高いです。だから両者の危険度は大きく変わらないです」


「なるほど……」


「というか、今更なんですが、逆にリスナーさんは天使さんと戦えるのでしょうか?」


「あぁ……多分、大丈夫」


「多分って……」


「まぁまぁ、ここはひとまず信用してくれよ」


「わ、わかりましたよ……」


 シユはリスナーに言いくるめられる。


「でも……リスナーさん……本当、二人いるだけで正直、すごく気持ちが楽です……今までは事前に上階からの侵入を塞ぐなんてことできなかったので……」


「少しでもシユさんのお役に立てるのであれば、光栄です」


 リスナーは少し白々しく敬語を使い、にこりと微笑みながら、カジロイドの備品であるロッドを取り出す。


「それじゃあ、リスナーさん、いきますよ! 皆さんも応援よろしくお願いします!」


 シユの掛け声を合図に、二人はそれぞれ駆け出す。


 ……


「無事に終わりましたー」


「っ……はやっ……!」


 気の抜けた笑顔で、1階制圧を終えたシユがリスナーの元へ戻ってくる。

 その早さに、リスナーは思わず驚きの声をあげる。


「そうですかねー? 幸い、天使さんがそんなにいなかったので……」


「そんなにって何体くらいよ?」


「うーん、7~8体だったと思います」


「十分、多いわ……」


「そうですかね?」


 シユは苦笑いする。


「そう言えば、シユさ……家庭の事情で武術をたしなんでいると言ってたけども、一体、どんな家庭の事情なん……?」


「あー、えーと……これはその……秘匿性の高い情報でして、不特定多数に公開することはできないんですぅ………………いや、だから不特定多数とは!?」


 シユは自分で言ったことに自分で突っ込んでいる。


「わかりました……リスナーさん……特定単数なら問題ないでしょう……そこまで言うなら、お教えします」


「あ、いや、言いづらいなら無理には……」


「えっ!? いや、そこまで言うなら公開しますよ! 特別ですよ!」


「いや、やっぱりそういうプライベートなことを無理に聞き出すのは……」


「き、聞いてください……! お願いします……! 本当は語りたいんです。すごく語りたいんです!」


 シユは涙目になりながら懇願する。


「え……? あ、はい……そこまで言うならどうぞ……」


 リスナーがそう言うと、シユの表情はぱっと晴れる。


 そうして、シユは自身の家庭の事情について嬉々ききとして語り出すのであった。

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