第3話

「おはようございます!」


「あ、おはようございま……」


 早朝。

 シユは爽やかな朝の挨拶の声を掛けられ、寝ぼけまなこな目をこする。


「おはよう……? あ……そうだ……昨日、初めてのリスナーさんが……」


 シユは「おはよう」と声を掛けられたことで、昨日起きた〝例のあの日〟以来の最大の出来事のことを実感する。


「おはようございます! リスナーさ…………って、ん……?」


 上半身を起こし、声のする方を向くと、そこには少年の姿があった。


「………………えぇえええ!?」


 シユは思わず驚きの声をあげる。


「ふふ、驚いたかな?」


 身の丈はおよそ140センチ、執事服を身にまとった銀髪の美少年である。

 少年はしてやったりというようにニヤリと微笑む。


「あ、え、えーと……リスナーさんですよね?」


「そうだよ」


「ですよね……えーと、それって……カジ……」


「カジロイド!」


 それは昨日、シユが家事ロボットコーナーで見かけた家事アンドロイドのカジロイドであった。


「あ、そうか……このカジロイド……サイバードリーム社製だから……」


「そうそう! 昨日の配信でチラッと映ってたし、シユさんも気に入っていたみたいだから。この姿ならできることも大幅に増えるし、せっかくだから、こちらにリンクしようかなと……どうだろうか? あ、そうだ、ごめん……! カジロイドのバッテリーが切れてたので、ドローンのバッテリーを少し拝借させてもらいました……あ、でも、一度、起動すれば、自動で充電されるから大丈夫っすよ!」


 執事少年に憑依(?)したリスナーはそんなことを言いながら、はにかむように微笑む。


「あ、はい……ってか……か……か……」


「か……?」



「可愛いぃいいいい!!」



「っ……!? あ、ちょっ、シユさん、何するんや!?」


 シユは思わず、リスナーを抱き締める。


「シユさん、目を塞がれるとカメラが……! 視覚カメラが……!」


 リスナーはシユの実は結構大きめな胸に頭をすっぽり納められるように拘束される。


「リスナーさん、ごめんなさい! でも、少しだけこの可愛さを堪能させてくださいっ! えっ、すごっ! 高級カジロイドってほんのり温かくて本物の人肌みたいなんだー」


「あっ! シユさん……こらっ、シユ! おまっ……やめ……やめろぉおおお!」


 ◇


「あの……それで、リスナーさん……ここは一体……」


「え? 公園だけど……」


「そ、それはわかります!」


 シユはリスナーに連れられて、まだ薄暗い早朝の公園に来ていた。

 公園といっても広場などではなく、樹木が生い茂っているエリアである。


 配信を行っており、同時接続数は1となっている。


「周辺には天使はいないけど、強襲には気を付けような」


「了解です……と、ところで、あの……リスナーさんが言っていた新鮮な食材ってこんなところにあるんですか?」


「そうそう……って、あっ、いたいた!」


「え……?」


 リスナーは樹木の方を指差す。


「ひっ……!」


 そこには、茶色い殻に覆われた5センチくらいの生物がもぞもぞと樹木を登っていた。


「こ、これって……」


「セミの幼虫」


「……!」


 シユは青褪める。


「ちょちょちょ、マジですか!? セミって食べられるんですか!?」


「もちろん!」


 リスナーは若干、邪悪な笑みを浮かべ、


「ひっ……」


 シユは引き攣る。


「あ、ここにもいる」


 そんなことを言いながら、リスナーはセミの幼虫をひょいひょいと拾っていく。


 ◇


 二人はホームセンターへ戻る。


「あ、あの……何してるんですか……」


 リスナーは集めたセミの幼虫を手頃な木材にくっつけて待機している。


「あ、これはね、羽化するのを待ってるんだ」


「う、羽化……? あの……やっぱり私……セミは……」


「あ、出てきた出てきた!」


「え……?」


 セミの幼虫の背中が割れて、ゆっくりと中から白い生物が出てくる?


「ひっ……! 天使……!?」


「いや、セミだよ……」


「え……!? セミってこんな感じでしたっけ?」


「シユはあんまり昆虫とか興味なかったのかな?」


「えぇ、全く……」


「なるほど……昆虫ってのは幼虫とかサナギから羽化してすぐって大体こんな感じなんだよ。それで、身体や皮膚が乾いてくると、君も知ってる姿になるってわけ……」


「な、なるほどです。リスナーさん、妙にお詳しいんですね。でも……ちょっと気持ち悪いですね」


「そうかな? それでな、この出てきた瞬間の渇いてない状態が……」


「状態が……?」


「ソフトシェルっていって、最高に美味しいんよ」


 リスナーは屈託のない笑顔で微笑む。


「っっっ……!」


 シユは言葉を失う。


 ◇


 リスナーは携帯用ガスコンロにフライパンを乗せて、ソフトシェルセミ5匹くらいを油で炒める。

 調味料なんかも入れる。


「できたぞ……!」


 リスナーはデン! という効果音でも聞こえてきそうに勢いよく、ソフトシェルセミの炒め物をテーブルの置く。


「あ、はい……」


 シユはそれを見て、いぶかしげな顔をしている。


「どうぞ……!」


「え!? 私からですか!? あの、まずはリスナーさんが……」


「あのぉ、シユくん? 俺はカジロイドですよ? 食べ物は食べられませんよ?」


「あ……そうですよね……ごめんなさい……」


 シユは少し複雑そうな顔をする。


「えーと、まぁ、この環境では食糧を必要としないのはむしろメリットということで……」


 そんなシユの表情を見てか、リスナーは気丈に微笑む。


「それはそれとして、是非、食べてみてくれよ! 見た目はアレだが、味は保証するからさ!」


「は、はい……せっかくですから……頑張ってみます……」


 シユは生理的に昆虫を食べるということが、どうしても抵抗があるのか少し嫌そうな顔をしながらも……しかし、せっかくリスナーが作ってくれたのだからとセミを恐る恐る口に運ぶ。


「…………え?」


 シユはセミを噛み締める。


「え……? 嘘……」


「どうよ……?」


「…………美味しい」


 シユはぽっかり口が開いてしまう。


「だろ……? クリーミーなエビって感じだろ?」


 リスナーもニカリと微笑む。


「美味しい! 美味しい!!」


 シユはセミを次々に食べ、あっという間になくなってしまった。


「ごめんなさい……」


「…………」


「私、リスナーさんに会ってから、泣き虫になっちゃったみたいです…………こんなに美味しいものが、この世にはあったんですね」


 シユは顔をくしゃくしゃにして、ぽろぽろと涙を流す。


「すみません……リスナーさん、笑顔でみんなを明るくするのが私のちゃんねるのコンセプトなのに……いや、みんなって誰だよって話なんですが……!」


 シユは一生懸命、涙をぬぐおうとする。


「……えーと……なんだ……その……嬉し涙はノーカウントでいいんじゃないかな?」


 ◇


「シユ、現状の整理をしようか」


「はい……」


 腹ごしらえを終えたシユとリスナーは2階のファーストフード店のボックス席を拝借し、話し合う。


「ここは東京の東側、臨海地域、豊洲のホームセンターであってるかな?」


「はい……実を言うと、私、あの日以来、この臨海地域を出れていないんです」


「そうだよね。橋は落とされて、地下街は閉鎖されちゃってるもんな……まさか埋め立て地が孤島になっちゃうとはな……」


「はい……あの、えーと……リスナーさんは臨海地域の向こう側……内地から来たんですか?」


「そうだよ……配信に気付くまでは内地で活動していた」


「そうですか……えーと……内地の状況はやっぱり……」


「うん、こちらと大きな差はないよ……」


「……ですよね」


 それを聞いて、シユは少し気落ちする。

 誰も助けに来ない状況から、わかってはいたことだが、臨海地域の外側……内地では何か別の状況になっているのではないかと淡い期待をしていた。

 それが、辿り着く前に否定されてしまったことになる。


「あの……でも私、内地で気になってることがあって……」


「あー……まぁ、そうだよね……」


「はい……〝三本目の塔〟のことです」


「うん……」


 三本目の塔……それはあの日、突如、出現した正体不明の光の塔である。


 東京スカイツリー、東京タワーとも異なるため三本目の塔というわけだ。


「リスナーさんは三本目の塔のこと、何か知ってますか?」


「いや……実は俺も興味があって、行ってみようと思ったのだけど、電波のジャミングがあるのか……そのエリアだけは機械に憑依リンクすることができなくてな……」


「なるほどです……」


 二人はしばし沈黙する。


「でも、リスナーさん、ひとまずは新たな生存者さんを探すには、やっぱり内地に行って、もっと広範囲に活動していかなきゃいけないと思うんです」


「そうだな……わかった……では、僭越ながら、俺もその方法を一緒に考えさせてもらいます!」


「はい……!」


 そうして二人は〝三本目の塔〟を目指すべく、内地への移動手段を模索することにするのであった。

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