第2話


 シユはその後、ドローンが転ばせた上位個体天使との死闘を制す。


 いつもだったら見かけたら戦わずに逃走することを考える上位個体。


 だが、今日は普段より身体が軽かった。


 シユは上位個体天使の活動停止を確認する。


 更に、フロアに他の天使がいないかを確認。

 加えて、3階と通じる場所にバリケードを設置する。


 その間も、不安で配信画面を何度も何度も確認した。


 でも大丈夫。

 同時接続数は1のままだ。


 そして、ようやく一息ついて、シユは恐る恐るドローンに話しかける。


「あ……あの……」


「あ、はい……」


「……!」


 ドローンから電子音の合成ボイスが帰ってきてシユは心の底からほっとする。


 合成ボイスと同時に配信画面に、同様のコメントが表示される。

 要するにドローンから発せられる声はコメントの読み上げ機能が作動しているものだ。


 コメントに表示されている発信者名に名前は表示されていない。


「初めまして、いろいろとお聞きしたいことがあるのですが……えーと、リスナーさんとお呼びすればよいでしょうか?」


「あ、まぁ、そうですね。とりあえずリスナーで大丈夫です。えーと、そちら様は『神守シユちゃんねる』とあるけど……これは本名かな?」


「あ、えーと……違います」


 シユは少し恥ずかしそうにしている。


「えーとですね、ちょっと恥ずかしいのですが、本名は田中宝物ジュエルです」


「じゅえる……?」


「えぇ……宝物と書いてジュエルです」


「な、なるほど……現代的なお名前で……」


「いいんですよ! キラキラネームと言ってくれて!! 苗字が地味なのが、これまた絶妙に……!」


 シユは変に気を使われるのが耐えられなかったのか、あせあせした様子で自分から事実確認を行う。


「俺は人の名前になにか言う立場ではないっすよ……」


「って、しまった! これってリスナーさんに言っていい情報だっけ? 早くもキャラ崩壊が! 初めてのこと過ぎてテンパってしまった!」


「はは……それでえーと、シユさんとお呼びすればいいんですかね?」


「えーと、できれば……シユユンとお呼びください!」


「…………シユさんでいかせてもらいますね」


「……はい、それでお願いします」


 シユはドローンに向かってぺこりと頭を下げる。


「それで……えーと、リスナーさん……まずは助けていただいてありがとうございます」


「いえいえ、むしろ助けに入るのが遅れてしまい申し訳ない」


「あ、あの、リスナーさん……いきなり不躾ぶしつけな質問かもしれませんが、リスナーさんは〝生存者〟ということであってますでしょうか? どこかでこの配信を視聴されているのでしょうか?」


「う、うーん……」


 リスナーは少々、歯切れが悪い。

 ある程度の感情を読み取ることができるくらいには、最新の合成ボイスはよくできている。


「シユさんには申し訳ないんだけど、その質問に、はっきりとYESと答えてあげることができないんだよね……」


「え……?」


「実は俺、記憶が曖昧で……自分が何者なのかはっきり覚えていないんです」


「……!」


「1年くらい前……俺は気づいたらロボットになっていました」


「ろ、ロボット……?」


「えぇ……それでロボットのカメラを通して、この世界を観ていました。最初は夢なんじゃないかと思った。気が狂いそうだった。それでも少しずつ現状を受け止めて、人間の生存者を探すようになりました。そんなわけでこんな風にドローンを操作したりできるんですよね。そういう意味では、シユさんが使っていたドローンがサイバードリーム社製でよかったっす」


「え……? どういうことでしょう?」


「俺が憑依リンク……つまり操作できるのはサイバードリーム社製に限られているようなので……」


 ドローンがアピールするように左右に揺れる。


「へぇ~……な、なるほどです……」


「なんかごめん……せっかくの初めてのリスナーがよくわからない奴で……」


「い、いえ……そんなことはないです!」


 シユはきっぱりと否定する。


「え? でもリスナーさん、生存者を探していたということは、もしかして私以外にも……」


「自分にとってもシユさん……君が初めてだよ」


「そうなんですね……」


 シユは流石に、少し気落ちする。


「でも……なら……本当によかったです。リスナーさんが配信に気付いてくれて」


「正直、今日、近接ブロードキャストの通知があったときは本当に驚いた」


「私もまさか本当に気付いてくれる人がいるなんて……おかげで少し……いや、だいぶ希望が湧いてきました」


「逆だよ……」


「え……? あ……そ、そうですよね……希望じゃなくて絶望……」


「いやいや、そうじゃなくて……!」


 リスナーは少し焦った様子だ。


「そうじゃなくて……勇気を与えられたのは『俺の方』ってこと」


「……!」


「到着が遅れちゃってごめんな……でも……つい……君の配信に見とれてしまって……こんな世界であんなに綺麗に笑えるんだって……」


「……!」


 シユは、はっとする。


「ほ、褒めても何もでませんよ!」


 シユは照れ隠しするように、少し怒るように言う。


「はは……それは残念」


「ん……? しばらく観てた……?」


「え……? うん……」


「え、えーと……どの辺から……?」


「2階突入辺りから」


「……!」


 シユの頭の中で、スリットから際どいところまで脚を見せていたサービスシーンが想起する。


「あ……サービスシーン、ごちそうさまでした」


「っ……! わ、忘れてください!」


 シユは赤面する。


「ごめん無理」


「うぅ……」


 誰も観てないと思って、あんなことするんじゃなかった……と、シユは涙目になる。


「あ、あの…………下着は見えてなかったですよね……?」


「え……? ………………はい」


「なんですか!? その間は!?」


「あはは……」


「リスナーさん! 誤魔化してませんか!?」


「あーそれで、話戻すけども……」


「急に戻してきましたね」


 シユはぶつくさと不満そうだが、リスナーは話を進める。


「俺は理由と過程はよくわからないとはいえ、ロボットだったのでこんな風に存在できているのだけど、むしろシユさんはどうやって生き延びたのだろうか? 見たところロボットではなさそうだけど」


 リスナーは少し冗談めいた口調でシユに聞く。


「あ、はい、私が天使から逃れた方法は……」


「天使……って? 配信中にもそんなことを言ってたけどひょっとして……」


「あっ……えーと、はい。あいつらのことです」


「あぁ……言われてみると、確かに天使っぽいね……ちょっと気持ち悪いけど……」


「ですよね……」


 シユは〝奴ら〟のことをずっと天使と呼んでいたが、誰かが定義したわけでもなく……ましてや共通の認識なんて持てるはずがなかった。


「話の腰を折ってごめん、それでシユさんはどうやって天使から逃れてきたの?」


「実を言うと、それが自分でもわからなくて……」


「……!」


「確かに武術をたしなんでいたので、物理的な対抗手段は持っていたのですが……それだけじゃ、駄目じゃないですか……」


「そうだな。この天使の症状は、どうやら空気感染するみたいだからね……」


「はい……だから理由はわかりません。私は運がよかったとしか……」


「……それはひょっとしてシユさんは『抗体』を持っているってことですかね?」


「……どうなんですかね」


「うーむ、なんとも言えないけど、そうだとしたら、すごいことかもしれないよな」


「もしかして、私の抗体を『別の人』に利用することができれば……的な話ですか?」


「そうそう……」


「「…………」」


 二人は沈黙し、そしてお互いを見やる……


「「って、『別の人』って誰や!?」」


 二人は爆笑するのであった。


「……でもさ、シユさんに出会えて、改めて思った」


「え……?」


「シユさん以外にも生き残りはいるんじゃないかって」


「そうですよね! よく1匹見かけたら40匹はいるっていいますもんね!」


「ちょっと例えが独特な気もするけど、まぁ、そういうこと……。0と1の差は果てしなく大きいから」


「はい! 私とリスナーさん以外にも生存者はきっといますよ!」


「えーと……俺はカウントできるかちょっと微妙なんだけど……」


 リスナーは苦笑いする。


「カウントされますよ!」


「……!」


「だって、観てくださいこれを!」


 シユは同時接続数1の画像をリスナーに見せる。


「記念すべき同接1がちゃんと刻まれてるじゃないですか!」


「基準それなんだな……ってか、キャプチャ撮ってたんだね……」


「ご、ごめんなさい……で、でも……私にとっては……初めての……〝たった一人のリスナーさん〟だから……」


「……こちらこそごめん。俺も僭越ながら協力させていただきますよ」


 と、


 ぐぅうううう


「……!」


 シユのお腹がなり、シユは赤面しながらお腹を押さえる。


「……? シユさん、お腹すいてるの?」


「え……、まぁ……でも幸いここはホームセンターだからきっと缶詰が……」


「ひょっとして、シユさん、最近、ずっと缶詰?」


「え……? えーと……」


 シユはもじもじしている。


「もしよかったら、新鮮な食材、入手しにいきません?」


「えっ!? 手に入るんですか!?」


「あぁ……今がちょうど旬だから……」


「今が旬……? なんだろ……で、でも……せっかく言ってくれてるから……ぜ、是非!」


「うむ。じゃあ、明日の早朝に行きましょう」


「はい……!」


 シユは元気に返事をする。


 ◇


 夜――。


 シユはホームセンターの床にマットを敷いて、お気に入りの枕を抱いてスヤスヤと眠っている。


 ドローンのカメラがそのシユの姿をひっそりと捉え、怪しく光る。


 そして、ドローンが静かに動き出す。

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