終末世界なのになぜか明るく配信している少女とたった1人のリスナーのお話
広路なゆる
第1話
「はい、どーも、こんにちは! 自称、人類最後の配信者こと〝
シユと自称するのは、ショートボブの可愛らしい女の子だ。
少し傷んだ巫女服を着ている。
そんなシユは、宙を浮遊する撮影ドローンのカメラに向かって、笑顔で手を振っている。
「それじゃあ、今日も終末のお散歩配信、やっていきたいと……思いまーす!」
そのようにタイトルコールしたシユは「えい!」と刀を振るう。
襲い来る白い翼の生えた人型……
を頭頂部から真っ二つに斬殺すると、その返り血がシユの顔に掛かる。
しかし、シユは笑顔を絶やすことはない。
やがて、ドローンはズームアウトし、カメラは荒廃した東京の街を映し出す。
◇
「今日はですねー、ちょっと思い切って、街の外れの方まで足を延ばしてみようかなと思っております」
シユが淡々とそんなことを語っている間にも、白い翼の生えた人型は襲ってくる。
人型は白い翼が生えている以外にも特徴がある。
肌は真っ白で、目には瞳がない。
頭には、ほんのりと光る輪っかのようなものがある。
それはまるで〝天使〟のようであった。
『人間の衣服を身にまとっていること』と、『少々、不気味ではあること』の二点を除いては……。
「よいしょ!」
シユは歩みを進めつつ、襲い来る天使を淡々と八つ裂きにする。
「うわっ、ちょっと待ってください。今の見ました? 今の天使さん、ちょっと俳優のえーと、
シユは少し驚いたような表情を見せる。
「いやー、本当に、よく似てましたね……まさか本人ってことはないですよね……?」
シユは焦った表情で呟く。
しかし、リスナーからの反応は皆無だ。
シユは手元のスマートデバイスに映し出された配信画面に視線を送る。
同時接続数には
「いや、まぁ、そもそも誰に聞いてんだ? って話なんですけど!」
シユは自虐するように、カメラに向かって屈託のない笑顔で微笑む。
「真相は闇の中です……」
シユは困ったように、まゆを八の字にしている。
しかし、その歩みを止めることはない。
「えーと、気を取り直して……最近、急に暑くなってきましたね。
もうすぐあの例の日から二度目の夏が来るんですね。
皆さんも熱中症には気を付けてくださいね……。
って、しまった! 今日はまだ同接ゼロでしたね……。
…………今日は……っていうかいつも!!」
シユは自虐するように、吹き出すように笑う。
「いやぁ、まぁ、なんなら、このライブ配信開始以来、ずっと同接ゼロの記録を更新しつづけているわけですが……こうして続けることができているのも皆さんの応援のおかげで……
…………いや、だから、皆さんとは? って、話なんですけど……とほほ……」
シユは苦笑いしながら、新たに襲ってきた天使を惨殺する。
「さて、冗談はさておき、今日、なんで街の外れを目指していくかっていう話です。
ご存知の通り、シユは現在、スーパーマーケットで仮住まいしてるわけですが……
いや、誰が空き巣やねん!」
シユは一人芝居している。
「いやね、空き巣って言いますけど、スーパーに住めるようにするのも結構大変だったんですよ。
スーパーは色々と物資が揃っていて、良かったんですけど、
スーパー内部の天使さん達に全員、お外に出てもらったりと、今、考えると、当時は、よくなんとかなったなぁと思います……。
あとは、枕だけはですね、自分のじゃないとダメで……一回、家に戻ったりなんかしちゃいましたし……。
この話はもう何度もしてるんですが、鉄板のネタなんでご容赦ください」
シユはてへぺろする。
「ところで、皆さんは、あの例の日はいかがお過ごしでしたかね?
シユはですね、たまたま実家がそういう家庭でして、特殊な訓練を受けていたっていうのが大きいと思うんですけどね……
この刀でね、必死に頑張ったわけではあるんですけども……
いやでも、正直思いましたよ。流石に『空気感染』はずるいって……!
しかもですよ……本来、感染病って致死率が高過ぎると、意外と広まりにくいみたいなんですけど……
むしろ死んでからが本番ってどういうことぉ!?
それに気づいた時は流石に頭抱えましたよね」
シユは相変わらず、へらへらしながら街中を進んでいく。
現れる天使はその都度、容赦なく斬り捨てる。
「例の日のことは、流石に、今ここで語り尽くすには尺が足りないんですが、あの日、お母さんに言われた『シユは前向きなところが取り柄』って言葉を胸に、今もこうして活動を続けております。
あ、すみません、ちょっと脱線しちゃいましたね。
えーと、なんで街の外れを目指しているかでした」
シユはあせあせした様子でカメラに向かって頭を下げる。
「これは冒頭でお話した暑くなってきたこととも関係しているのですが……
流石にちょっと可食物が怪しくなってきましたね……。
缶詰なんかはまだいけるんですけど……
いくらシユが無類のサバ好きでも……
流石に一か月耐久サバ缶は飽きてきましたね。
心なしか身体からサバの臭いがしているような気がしないでもないのですが、気のせいですよね……?」
シユは苦笑い気味にドローンに問いかける。
しかし、反応はないようだ。
「そういえば配信を始めた頃は缶詰め食レポなんてものもしましたっけねぇ……。
不慣れだったこともあり、反響がいまいちでしたね……。
…………いまいちというか、まぁ、反響皆無だったんですけど……。
それは置いておいて、あれからもう1年くらいですかね……。
長かったような、短かったような……。
流石にインターネットは使えなくなっちゃったみたいなので、近接ブロードキャスト配信という形を取らせていただいております。
皆さんにはご不便をお掛けしておりますが、おかげさまで、マイペースにやらせていただいております。
……いや、マイペースというか自分しかいないんですけど! 気を使うべき相手がいないっていうね!!」
シユは今日一番の自虐笑いをする。
「あっ、すみません、気づいたら、また脱線していました。
街の外れを目指す理由ですね。それはずばり……
そろそろ自給自足しないといけないのかなってことで……
新しい拠点の確保に挑戦してみようかなと……思っております!」
そうこう言っているうちに見えてきましたね。
目的の場所〝ホームセンター〟です」
シユはホームセンターを指差す。
……
「うーん、見た感じ、入口封鎖とかはされてないですね……。
中の天使さんの状況はどうでしょうか……」
シユは入口の自動ドア横の壁に貼り付く。
そして、ホームセンターの中を肉眼で確認する。
「うん、やっぱり天使さんいますね……。
ただ、思っていたよりは少なそうです」
シユはほっとしたような表情を見せる。
「よし、それじゃあ、突入していきたいと……思いまーす!」
シユは意を決して、ホームセンターに突入する。
……
1時間後――。
ホームセンター1階のフロアに、多数の天使の遺体が転がっている。
そんな状況下で、シユは1体の天使と対峙していた。
天使が奇声をあげながらシユに突進していく。
「ていっ!」
シユはカウンターの突き攻撃で、天使の頭部の輪っかをピンポイントに破壊する。
すると、天使が脱力し、絶命する。
「はい! 今ので、多分、1階にいる天使は最後だと思います!」
シユは返り血で、血まみれになりながらも笑顔でレポートする。
「最近、ようやく気付いたんですけど、天使さんはですね、輪っかが弱点みたいです。
頭の輪っかを破壊すると、わりとすぐに絶命するので機会があれば、皆さんも是非、試してみてくださいね!
いや、だから、皆さんとは? 以下略!」
シユは役立つ情報も惜しみなく披露する。
「それじゃあ、ちょっと外から天使さんが入って来れないようにバリケードを設置する作業に入っていきます。
幸い、一階に建材などもあったのでよかったです。
結構、慎重さを要する作業なので、気を抜かないようにがんばりまっす!」
シユは外部に注意しながら、慎重に入口にバリケードを設置していく。
……
「はい! なんとか完了しました!」
シユは完成したバリケードをドローンに向かって披露する。
「我ながら、なかなかうまくできたんじゃないかと思います。
それじゃあ、次は2階です。
3階、4階は駐車場ですけど、
できれば屋上までいけるようになって、そこで野菜の栽培とかできたらなぁと思っています。
ホームセンターには土や種はいっぱいありますからね!」
シユは少し希望が見えてきたのか、普通に嬉しそうだ。
「では、2階に向かっていきます」
シユはそう言いながら、エスカレーターに足をかける。
「シユはですね、この止まったエスカレーターを登っている
なんというか……終末だなぁって感じるんですよ。
わかってくれる方いますかね?
このエスカレーターの一段って普通の階段より高いじゃないですか。
だから登っていると脚がだるくなってくるんですよね。
これはなかなか、こうなる前には知り得なかったことですよねー。
皆さんもね、もしよかったら『私が終末を感じる瞬間』なんかをコメントしてもらえると嬉しいです!」
シユは配信画面を確認するが、コメントがされることはない。
「はい! それじゃあ、気を取り直して進んでいきましょう」
そんなことを言いながら、シユは2階へと到着する。
シユは周りを見渡し、天使の数を確認する。
「うん、パッと見ですが、1階よりは少なそうですね。
それじゃあ、もうひと頑張りしますかね!」
笑顔でそう言って、シユは走り出す。
気付かれる前に不意打ちで2体の天使を仕留める。
「よし……と……それじゃあ、2階、制圧がんばりまっす!」
そう言って、シユは気合を入れる。
「えーと、この辺は家電ロボットコーナーですかね……」
シユはところ狭しと陳列された家電ロボットの棚の間を警戒するように確認していく。
と……、
「っ……!」
突然、目の前に人型が現れ、シユは刀を構え、振りかぶる。
が……、
「……あー、えーと、これは……天使さんじゃなくて……家事アンドロイドでしたね……」
シユは安堵するように苦笑いする。
シユの目の前には、執事服を身にまとった少年のアンドロイドが停止していた。
「これ……サイバードリーム社製のむちゃくちゃ高級な家事アンドロイドの〝カジロイド〟ですね……。
私のお母さんもサイバードリーム社に勤めていたのに、社員ですら手が届かないという……。
一家に一台あると、めっちゃ有能な弟がいるみたいと評判だったから正直、ちょっと欲しかったんだよなぁ……。
せっかくだからレビュー配信できないかなぁ……。
電源入れたら動くのかなぁ……。
あ、いや、盗もうとか考えてませんよ!
ん……? というか、盗もうにもそもそも所有者がいないっていう……!」
シユはケラケラと笑いながら言う。
そして、シユはドローンカメラを指差し、
「ちなみに何を隠そうこの高性能ドローンもサイバードリーム社製です!
あ、別に案件とかじゃないですよ!
…………って、言わなくてもわかってるか……」
と苦笑いする。
そうこうしていると、付近の天使達がシユの存在を認知し、襲ってくる。
「よっと……!」
しかし、シユは驚くでもなく、その天使達を淡々と処理していく。
しかし、天使の一体の爪による引っ掻き攻撃が、シユの脚付近をかすめる。
皮膚には到達していないものの、シユの衣服が少し裂けてしまう。
それにより、ちょうどスリットのようになってしまう。
「あらぁ……やられちゃいました……また
シユは少々、残念そうに言うが、それほど深刻な様子ではない。
「あ……!」
と、なにかを閃いたようだ。
「せっかくだから、ちょっと視聴者さんにサービスなんかもしちゃったり……」
シユはちょっとだけ
「うん、まぁ……これは完全に同接ゼロだからなせるわざですね……」
はたと少しだけ我に返るように赤面し下を向く。
「さてさて、冗談はさておき、2階制圧を継続してまいります」
気を取り直し、シユは2階奥へと歩みを進める。
そして角を曲がった時であった。
「……!!」
これまでの天使とは明らかに様子の異なる異形がいた。
筋肉質で巨大である。
「え……? うそ、上位個体!?」
シユは明らかに焦りの表情を浮かべる。
「す、すみません……ちょ、ちょっと予定変更です、ここは諦めます!」
そう言って、一目散に去ろうとする。
だが……、
「……!?」
引き返そうとした先にもう一体。
今度は、腕が蛇のようになった天使が現れる。
「……っ」
シユは一瞬、硬直する。
その間に、巨大個体が一気に距離を詰め、シユに襲い掛かる。
シユはなんとか刀でその攻撃を防ごうとする。
しかし、吹き飛ばされ、商品棚に激突する。
「かはっ……」
シユはなんとか状況を立て直そうと、懸命に立ち上げる。
しかし、顔をあげると目の前には、上位個体の二体が立ち塞がる。
「このぉっ……!」
だが、シユは諦めない。
シユは果敢に二体の上位個体に攻撃を加える。
激しい戦闘となる。
シユは決死の形相で、刀を振るう。
蛇の個体に狙いを定めて攻撃を仕掛ける。
しかし、蛇の個体の再生能力は凄まじく、切断された腕は瞬く間に再生していく。
それでもシユは攻撃を繰り返し……
そして、一瞬の隙をつき、頭部の輪っかを思いっ切り叩く。
「よしっ……!」
シユの口元が一瞬、緩む。
だが……
蛇の個体の目が見開く。
「……っ! 浅かったぁ!?」
シユの攻撃は僅かに浅かったのか、蛇の個体の輪っかは辛うじて原型をとどめていた。
蛇の個体の脚の触手がシユの足元を絡め取り、シユは転倒する。
「きゃっ……!」
蛇の個体はそのまま力尽きるが、シユの足元には蛇がまとわりついたままである。
膝をつくシユに、巨大個体が襲い来る。
シユは足元に絡みついた蛇を除外しようとするが、まとわりついた蛇を取り除くことができない。
「くっ……この……」
シユは間に合わないことを悟る。
それまで、歯を食いしばって抵抗していたシユであったが、この瞬間、ふと無表情になる。
(あぁ、やっと終われるんだ……)
「すみません、皆さん!」
シユはドローンに視線を送る。そして……、
「人類最後の一人、
シユは精一杯、目を細めて微笑む。
その時であった。
『ぐがぁあああ!!』
「………………え?」
何かが天使の巨大個体に高速で衝突した。
巨大個体はバランスを崩し、大きな音を立てて壁に激突する。
「え……? え……? え……?」
巨大個体に突撃した何か……
それはシユを撮影していた〝ドローン〟であった。
そして……、
「初めまして……」
唐突にドローンから言葉が発せられる。
「え……? あ……ぁ……」
シユは唖然とする。
「これまで……よく……頑張ったな」
「っ……!」
ふとシユの視界の端に配信画面が入る。
同時接続数には〝1〟が表示されていた。
「おーい、あいつまだ死んでないから油断するなよー」
ドローンがそんなことを言う。
でも、今だけはほんの少しだけでいいから油断させて欲しかった。なんたって……、
「皆さん……大変なことが起こりました……。
今日は……配信開始以来の……記念日です。
初めてのリスナーさんが来てくださいました」
そう言って、シユはドローンに向かって、精一杯、微笑む。
あの日から、たった一人、必死に生きて、懸命に送り続けた精一杯のSOS。
だけど、絶やさないと決心したその笑顔で。
でも、一つだけいつもの笑顔とは違うことがあった。
貴重な水分が抜けるからと……あの日以来、封印したもの……。
その目には、大粒の涙が溢れていた。
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