第8話 思いがけない報せ②
「先の裁判ではどちらも罪状を免れこそしたものの、公には小次郎の言い分が優遇された形で幕を閉じました。その噂は小次郎の名声とともに一気に世間に広まっています。今や叔父達は世間の良い笑い者。そんな世間の冷ややかな目を覆すには、力ずくで名声を掴み取るしかない、小次郎に勝つしか道はないと、そう考えたのでしょう。これはいわば叔父達の賭けなのですよ。この先、自分達が生きるか死ぬかの、ね」
「そんな……そんな一方的な都合で、また小次郎は苦しめられるのか?」
「えぇ。残念ながら皇后様、板東とはそう言う野蛮な土地柄なのです。そして追い詰められた人間程恐ろしいものはない。この戦、必ず叔父達は死に物狂いで立ち向かってくるでしょう。どんな卑怯な手を使っても必ず小次郎の首をとるつもりで。たとえ先の戦のように小次郎がいくら戦いを拒もうと、小次郎には逃げる道はありますまい」
淡々と、故郷の様子を語る貞盛。
彼の説明に千紗の顔はみるみる青ざめて行く。
「…………そんな……そんな……。何とかして戦を止める手立てはないのか?」
「………………」
取り乱して小次郎の身を心配する千紗。
その隣で、朱雀帝の顔が悲しげに歪められる。
そんな朱雀帝が抱える嫉妬の感情など気付きもしないで、千紗は不安な気持ちの八つ当たりでもするかのように貞盛を責め立てた。
「そんな故郷の一大事に、何故お主はここにいる? 故郷や、身内が心配ではないのか?」
「勿論心配です。ですが今の私は、我が故郷より帝の臣としての勤めが一番大事と心得ますゆえ、戦に加担する事は出来ませぬ。だって帝や千紗姫様はお優しい方。たとえ遠い地の戦とて、人の争い事にお二人は胸を痛めるでしょう? 何故お二人の望まぬ戦に、臣である私が荷担する事が出来るのでしょうか?」
「それは……」
これは貞盛の方便だ。
京にて己の地位を高める事を何よりの目的とする貞盛にとって、故郷の戦は目的の妨げでしかない。
再び身内同士の下らぬ争いになど、巻き込まれない為の貞盛の方便。
それが分かっていながら千紗は言葉に詰まった。
貞盛のこの雄弁さがまた、千紗が彼を苦手とする理由の一つでもあった。
「もう、この話はよしましょう。今日はお二人に祝いの言葉を伝える為に来たのです。暗くなる話など……祝いの席に合いません」
「そうだな、この話は終いにしよう」
「……………」
朱雀帝まで貞盛りに同意するものだから、これ以上小次郎の様子を聞く事は出来なかった。
「噂と言えば……お二人の耳にも、もう届いているのでしょうか? 見ているのも辛くなる程一途に、主の帰りを待ちわびる哀れな飼い犬の話を」
「? 何の話だ?」
うまい具合に坂東の戦話を打ち切ったと思えば、また別の話題を口にする貞盛。
突然の話題転換に、彼がいったい何の話を始めたのか、話題についていけなかった千紗は首を傾げる。
その横で、朱雀帝はと言えば、再び悲しげに顔を歪めていた。
「おや、千紗姫様はまだご存知なかったのですか。貴方様が入内なさる前、貴方様の護衛の任についていた秋成殿の話を」
「っ!秋成が……どうかしたのか?」
小次郎の次は、秋成までもが何か大変な事に巻き込まれているのかと、不安にざわめく心蔵の鼓動を必死に押さえつけながら、千紗は貞盛の次の言葉を待った。
貞盛の口からは、予想もしていなかった驚くべき事実が語られた。
「秋成殿は、千紗姫様の入内後も変わらずあなた様の護衛であり続けようと、大内裏の正門である朱雀門の前から、ピタリと張り付いて、離れようとしないのだそうですよ」
「……秋成……が?」
ふと朱雀門の前に立ち尽くす秋成の姿を想像して、千紗の胸はギュッと締め付けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます