第7話 思いがけない報せ

「……貞盛。お主が……何故ここに?」


「そんな連れない言い方、寂しいではございませぬか皇后様。私達は板東まで共に旅をした仲なのに」


「……その旅をし、共に目指した板東の地で、私達を裏切り行方を眩ませたお主が何故ここにいるのかと訊いている」


「裏切ったとは人聞きの悪い。私は誰も裏切ってなどおりませぬ。その証拠に私は帝の従順なしん、ゆえにこうして帝の元に帰って来たのでございます」


「…………」



ニッコリと目を細め、高角を吊り上げてみせる貞盛。

まるで仮面でもかぶっているかのような作り笑顔に千紗は嫌悪感を抱いた。


この男のこの笑顔が、千紗は前から嫌いだった。

氷のように冷ややかで、笑顔の裏に何か得体の知れないものを隠しているようなこの笑顔が。


平貞盛。

彼は坂東での戦のおり、一人戦場から逃げ行方をくらませていたはず。


その時に酷く朱雀帝の心を傷付けたはずだったのだが、何故そんな彼が今、再び何事もなかったかのように朱雀帝の前にいるのだろうか。


千紗は訝む。


そんな戸惑う千紗を他所に、朱雀帝と貞盛は親しげに言葉を交わし始める。



「帝、この度は誠にご結婚おめでとうございます」


「ありがとう貞盛。今こうして千紗が我の側におるは、お主のおかげだ。礼を言うぞ」


「いいえ、私は何も。勿体なき御言葉、ありがとうございます」



二人がいったい何の話しているのか分からない千紗は、退屈そうに右から左へと流し聞いていた。


まさか貞盛が与えた悪知恵で、今自分が帝の妃としてこの場にいるとも知らずに。



「ところで貞盛。お主の故郷ではまた再び戦の動きがあると噂に聞いたが、これは誠の話か?」


「え?」



ふと朱雀帝が口にした言葉に、千紗は驚きの声を上げる。



「はい、どうやらそのようです。お恥ずかしながら、叔父達は、懲りもせずまた小次郎の領地を狙い兵を集めているとかで、先日国の者から報せがありました」


「…………な、何故……だ? ほんの二月ふたつき前に裁判が終わったばかり。判決のおりに、公はあの者達にきつく釘をさしたはず……」



貞盛の話に、千紗がたまらず口を挟む。



「こら千紗、女子おなごおとこの話に口を出すでない。はしたないぞ」


「…………で、ですが帝っ!!」


「小次郎に恥をかかされたと、叔父達は躍起になっているのですよ」



あまりにも強い動揺を見せる千紗に同情でもしたのか、はたまた面白がっているのか、貞盛は朱雀帝の嗜めもある中で、再び戦が起きようとしている理由を説明し始めた。

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