第3話 恋の手解き

「…………千紗姫様?」


「………なんだ、キヨ?」


「…………本当にこれで………良かったのですか?」



変わり行く千紗姫様の姿に、堪らずキヨが訪ねる。



「……あぁ。あやつのおかげで小次郎は助かったのだ。チビ助……いや、帝はちゃんと私との約束を守ってくれたのだから、私も帝との約束を果たさねばなるまいて」


「……………千紗様……」


「キヨ、ヒナも、そんな顔をしてくれるな」


「ですが……」


「お主達は覚えているか? 昔私が父上に言った言葉を」


「「?」」



千紗姫の決意の堅さを感じながらも、何とか必死に反論しようとしたキヨの言葉を遮って、千紗姫が続ける。


千紗姫の問いの意味が分からず、キヨとヒナは互いに顔を見合わせ首を傾げた。



「私は昔、父上に、見てくれではなく、私の中身を好きになってくれる人と結婚したい。そう言った事がある」



――『千紗は、今はまだ結婚などする気はございません。見た目や噂だけでしか人を見ることの出来ない貴族になど、興味はない。結婚するのなら、見た目だけじゃない。たとえ髪が短くても、こんなボロボロの着物を着ていても、千紗を、千紗自身を好きになってくれる。そんな人が良い!』



そう言って、貴族の命でもある髪を、自ら切り落とした千紗。長い髪が美しさの象徴と言われた平安の世で、千紗の行為は異端でしかなった。

それでも――



「チビ助……いや、帝はちゃんと私の中身を見て、私を好きになってくれた。貴族共が髪の短い私の事を異端者だと嘲笑う中、あやつは周囲の言葉など一切気にせず真っ直ぐに私を見てくれていた。私を后にしたいと、皆に宣言してくれた。あやつは、私が望み、描いていた理想の姿を示してくれたのだ」


「「……………」」


「だからな、決めたのだ。私もあやつを好きになる努力をしてみようとな」


「……………姫様……」



どこか楽しげに、それでいてどこか切な気に語る千紗。彼女の強い決意に、キヨは決して彼女の意思を変える事は出来ないのだと悟る。



「………………ない」



だが、キヨが千紗の説得を諦めた隣で、今度はヒナが小さな声で何かを呟いた。



「………え?」



ヒナの声に驚き、目を丸くして千紗とキヨはヒナを見た。


何故二人がこんなにも驚いているのかと言えば、ヒナは幼き頃に両親を目の前で殺され、その衝撃から声を失っていたからだ。


もう何年もずっと口を閉ざして来たはずのヒナが今、必死に千紗に何かを伝えようと、“何か”を口にしたからだ。


どうしても千紗の言葉に納得出来なかったヒナは、一生懸命に自身の想いを伝えようと声と言う音に出す。 


そんな彼女の必死な想いを何とか聴き取ろうと、千紗とキヨはじっと耳を澄ませた。



「人を……好きになるのに……努力なんて……いらない。誰かを……好きなる時は……もう……気付いたらなってる……んだよ…………。努力しないと……好きになれないなんて……そんなの………本当の恋じゃ……ない………」


「……これは驚いた。まさかヒナがそんな事を言うとは思わなんだな」



ヒナの必死の訴えを聴き終えると、千紗は関心したようにそう言った。



「そんなませた事を言うって事は、ヒナは誰か好いた殿方がおるのか?」



その後で、ヒナの発言の理由を千紗はからかい気味に訪ねた。



「……………」



千紗からの返しに、ヒナは顔をみるみる真っ赤に染めさせて行く。



「お、その反応は、おるのじゃな。いったいヒナは誰を好いておるのじゃ?」


「……………」


先程までの寂しげな顔は何処へやら。千紗は悪戯っ子のような笑みを浮かべてヒナに迫る。


ヒナはと言えば、迫り来る千紗から逃げように、ジリジリ後ろへ下がって行く。


だが、ヒナの背後にはすかさずキヨが回り込み、ヒナの逃げ場は塞がれてしまった。これ以上、下がる事は無理そうだ。



「キヨ!成明!ヒナを捕まえろ!」


「はい! 千紗様!!」 


「はい! 姉様!!」



千紗の命にニッコリと微笑んで、キヨは後ろからヒナを羽交い締めする。


成明もまた、ヒナを逃がすまいと、脇からピタリと彼女に抱き付いた。



「さぁヒナ、これでもう逃げられないぞ。お主の想い人は、一体誰だ?」


「………………」


「ほらほら教えぬか。そこまで恋について熱く語られてしまったら、お主の想い人が誰なのか、気になって仕方ないではないか」


「…………」



千紗からの尋問に、困惑しながらもぎゅっと唇を固く閉ざして見せるヒナ。どうやら口を割る気はなさそうだ。



「そうか。そっちがその気なら……」


「っ!」



千紗はキヨと成明にガッチリと押さえられているヒナの脇をこちょこちょとくすぐり出した。


久しぶりに館には、若い女子おなご達の賑やかな笑い声が響いた。

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