籠の鳥

第2話 新婚生活

――藤原千紗


彼女は過去には“変わり者の姫”と噂される程に、貴族の姫でありながらも屋敷に籠る事を嫌い、よく都中を駆け回り、時には板東と呼ばれる遠い東の地にまで赴いて、いくつもの問題事に首を突っ込んで来たお転婆姫様


だが、帝との結婚を期に、急に人が変わったように大人しくなり、日々を内裏だいりで過ごすようになっていた。そう、まるで籠に囚われた哀れな鳥のように。今日もまた――



「帝、千紗姫様。この度はご結婚、おめでとうございます」



帝との結婚を祝いに来る貴族達を相手に、ただ大人しく、作り笑顔を振り撒いていた。

その姿はすっかり、おしとやかな貴族の姫君。


皇后こうごうとしての気品も出てきたかと、貴族達の間ではもっぱら噂されるようになっていた。


そんな変わり者の姫君の変身ぶりを一目見ようと、噂を聞き付けた貴族達が絶えず内裏を訪れる。噂が噂を呼び、帝が住まう内裏はこの2ヶ月、大変な賑わいを見せていた。



  ◆◆◆



「千紗姫様、本日もお疲れ様でした」


「……おぉ、キヨ、ヒナ。ふう、やっと解放されたぞ。……愛想笑いを振り撒くのも楽ではないの」



入内じゅだいのおり、朱雀帝より与えられたお住まいに一日の仕事を終え帰って来た千紗姫様。くずおれるように自室にて倒れ込んむと、幼き頃より姉のように慕っていた侍女のキヨと、妹のように可愛がっている同じく侍女のヒナの二人に甘える。


彼女達は、千紗姫様の入内のおり、世話係として姫の実家である太政大臣、藤原忠平の屋敷から共について来た、今の千紗姫様にとって気を許せる数少ない人物だ。


「姉様~! おかえりなさい!」


そんなキヨの背後からヒョッコリと、12、3歳程のが顔を出した。


「これは成明。お主もまた来ておったのか」


彼は朱雀帝の弟君であらせられる成明なりあきら様。千紗姫様からしたら義理の弟にあたるお方。


「はい!お邪魔しております、姉様。また姉様に遊んで頂きたくここで待っておりました。本日のお仕事は終わられたのですか? ならば成明とまた遊んでくださりませ~!」


内裏へと入内して以来、成明様は千紗姫様の事を姉様と呼び、良くこうして千紗のもとへと遊びに来ていた。


「成明様、姫様は慣れない愛想を振り撒いてお疲れのご様子。もう日も傾き始める時刻ですし、姫様とお遊びになるのは、また明日にしてはいただけませんか?」


「え~?!……そうか。姉様はお疲れなのか。……分かった。また明日遊びに参ります」


キヨの頼みに、見るからに肩を落として落ち込む成明様。落ち込みながらも、素直に聞き入れる彼の姿がいじらしく感じられて


「……そう落ち込むな。少し休んだら遊んでやる」



千紗姫様は可愛い義弟気味の細やかな願いを聞き入れる事にした。



「本当ですか姉様?!」


「あぁ」


「やった~!!」



無邪気に喜ぶ成明様の姿を、優しい微笑みを浮かべて千紗姫様は見つめていた。


本当の姉のように無邪気に慕ってくれる成明様の存在もまた、千紗姫様がこの慣れない内裏生活で気を許せる数少ない人物。


成明様と千紗姫様の、本当の姉弟のように仲睦まじい姿を側で見守りながら、侍女のキヨはポツリと呟きを漏らした。


「成明様の前では、昔みたいに自然な笑顔をお浮かべになられるのですね、千紗姫様は」と。


「ん? 今何か申したか、キヨ?」


「いいえ、何にも。2ヶ月もの間、姫様が大人しく帝の妃を演じていらっしゃるのが意外だなと。キヨは一週間と持たず根を上げるかと思っておりました」


元気そうな千紗姫様の姿にほっと胸を撫で下ろしたキヨは、それを誤魔化すように冗談混じりにそう返した。


だが、キヨの言葉に千紗姫様の顔からは、一瞬にして自然な笑顔は消えた。



「…………そうも行くまい。私は、帝の后なのだから……。今までのようなお転婆な振る舞いはもうできまいて」


「…………姫様……」



感情をぐっと胸の奥に押し殺し、無理に笑顔を作るその顔はどこか切なげで……キヨは返す言葉を失った。寂しげな顔で千紗姫様を見つめる。


それはキヨだけではなく、姫様の側でそっと静かに見守っていたもう一人の世話係、ヒナもまた心配そうに千紗姫様の切なげな瞳を見つめた。


少し前の千紗姫様であれば――


『何を言う!私はもう少し我慢強いぞ!馬鹿にするな!』


とムキになって反論の一つでもしていそうなものだが。


喜怒哀楽、その時の己の感情を素直に表現していた姫様が、最近は寂しげに愛想笑いを浮かべるばかり。


そんな姫様の変化を、ずっと側に寄り添い、見守ってきたキヨとヒナだけに、帝と結婚をした事で変わっていく今の千紗姫様の姿を、歯痒く感じてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る