第4話 女達の恋話
「あ~。久しぶりに笑ったな。それにお主達とこんな話をするのは、そう言えば初めてだったか」
結局、ヒナの口から想い人が誰なのか、聞き出す事は叶わなかったが、久しぶりに声を上げて笑った千紗は、満足気に言った。
「こんな話とは?」
「ん? 恋話じゃ、恋話。たまには女同士でこう言う話も楽しいの。……恋、か。人を恋い焦がれる気持ちとは……いったいどんなものなのかの。私には良く分からぬが、一度で良いからしてみたかったの」
「……千紗姫様……」
ポツリと千紗姫が漏らした言葉に、キヨは複雑な思いで千紗姫を見つめた。
「キヨは? キヨは人を好きになった事はあるのか?」
キヨの視線を感じて、千紗は話題を自身から反らすかのようにキヨに話を振る。
「えぇ?! 私ですか? 私は……ありますよ」
突然の質問に一瞬驚いて見せるも、キヨは何かを思い出したようにふっと表情を和らげて言った。
「ほぉ、キヨもあるのか。それは是非聞いてみたいの。キヨの恋話も」
「……対して面白い話でもございませよ」
「よい。聞かせてくれ」
「そうですね。では、私の初恋の話でも……」
主のおねだりに、キヨはゆっくりと語り始める。
遠い昔、初めて人を好きになった時の懐かしくも甘酸っぱい恋話を――
「実は私、忠平様の屋敷でお世話になる前、まだ10代半ばのほんの子供だった頃に、内裏に住み込みで働いていた事がありました」
「そうなのか?」
「はい。当時の東宮様の妃、
「当時の東宮――と言う事は、チビす……いや、帝や成明殿の兄君か?」
「保明兄様~?」
「……はい、そうです。お二人の兄君様です。保明様は、それはそれはお優しい方で、私のような身分の低い者にも気さくに声をかけて下さいました。それに当時、私のせいで仁善子様を怒らせてしまった時も、保明様は私ごとき使用人を庇ってくださって……」
「それで好きになったのか?」
「なったのか?」
千紗が尋ねると、姫様の真似をして、キョトンとした顔で成明も尋ねた。
二人からの問いに、キヨは小さく「はい」と答えた。
彼女は今、当時の事を思い出しているのか、ほのかに頬が紅く染まってみえる。
そんなキヨが千紗には可愛いく思えた。
一回り近くも歳の離れた大人のはずの彼女が、恋の前では自分やヒナとたいして歳の変わらない、少女に戻っているのだから。
「……でも、私みたいな者が東宮様に好意を寄せる事自体おこがましい事。それに東宮様は仁善子様をとても……とても愛しておりましたから、私はずっと自分の気持ちに気付かないフリをしておりました。それでも、お二人の姿をお側で見ているのは、どうしても胸が苦しくて……辛くて……私は人目を忍んではよく一人で泣いておりました」
「…………」
「でも、後になって思えば保明様がいらしたあの時間は、たとえ胸が苦しくとも、とても幸せな時間だったのだなと考えさせられます。だって保明様に片思いしていあの時以上に辛かったのは、保明様が病によって亡くなられた時なのですから。もう2度と会えなくなってしまった時、私は心の底から思ったのです。たとえ叶わぬ恋だとしても、ただ苦しいだけの恋だったとしても……保明様の側にいたかった、もっと保明様を見ていたかったと」
「……たとえ叶わぬ恋だったとしても……側で…………?」
「はい。千紗姫様、恋とはそういうものなのですよ。自分の気持ちに嘘をつけばつく程、胸は苦しくなる。でも、それでも好きだという気持ちは抑えられなくて、その人の側にいたい、側にいて欲しいと願ってしまうものなのです」
「…………」
「恋の前では、誰も嘘はつけません」
「………………そうか。恋とは、そう言うものなのか」
「……はい」
「キヨもさぞや苦しい思いをしたのだな。いや、もしかして今もまだしているのか?」
「………え?」
「今もまだ好きなのか? その保明様の事が」
千紗の問いに、キヨは一瞬驚いた顔をした。
そして暫く考えた後で、キヨはふわりと優しく笑った。
「……そう……ですね。保明様は今も私にとって特別な方です」
「やっぱり」と千紗もつられて微笑んだ。
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