第5話 私が橙色で、雅が藍色

「ねぇ、まだ怒ってんの?」

「……」


 私の声なんて届いていないかのように、スタスタと続ける彼女は、凛とした後ろ姿をしていて、そんな彼女の数歩後ろを黙って付いて行く私は、2つの感情が混ざり、混乱していた。



 確かに私が悪いよ?申し訳ないと思ってますよ?でもあそこまで怒るかな?心狭すぎない?

 私が悪いって認めて、謝ってるじゃん。

 言葉だけじゃなく誠意を見せろってことなのか?

 誠意とは……何をしたらいいのか。


 私は記憶を掘り返そうと、頭のこめかみを指で押さえつけて、誠意とはなんぞや?を探す。

 あれでもない、これでもない。関係のない記憶を追い出し続け、昔のテレビでこんな台詞を言っていたのを思い出す。


『誠意として菓子折りの1つでも持って来い!!』


 なるほど、雅は形ある物がほしいのか。

 お菓子でもいいけど、食べたら無くなってしまうので、出来たらずっと残る物がいいに決まってる。


 そうと決まれば、目の前の凛とした背中を叩き、私は走り出す。


「期待しててねっ雅!私の部屋で待ってて!」

「……は?」



 私は駅前まで走り、雅の好きそうな物を探した。

 ぬいぐるみ、アロマキャンドル、アクセサリー、香水。

 女の子が好きそうな物はいくらでもあるけれど、雅の好きそうな物が見つからない。


 そもそも何が好きなんだ?幼馴染なのに、全然知らない。

 ぬいぐるみなんて1個も部屋にはなかった。

 アクセサリーも付けてるの見た事もないし、香水なんて絶対ない。

 小物とか何か雅っぽいのないかぁ。



 私は歩き続けた。ほとんどのお店に入っては出てを繰り返し、2時間ほど探し続けていた。


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「ただ、いまぁ~」


 自分の部屋なのに音を殺してドアを開けた。

 2時間以上も待たせているのだから、きっと雅は怒っているに違いない。

 すぐに罵声が飛んでくると思っていたのに、返ってくるのは静寂だけ。


 雅は私のベッドの上で制服姿のまま、寝息を立てていた。

 私は起こさないようにこっそりと近づき顔を覗いた。


 長いまつ毛にサラサラな髪。潤った唇に指を当てると柔らかくて、指に吸い付く感じがした。

 白くて綺麗な頬は少しだけ赤みがかっていて、可愛らしく見える。

 寝返りをうったのか、乱れた髪を優しく整えた。


「この辺かな?――うん、かわいっ」


 鼻を指でつんと押すと、雅の寝顔は機嫌の悪そうな顔になった。



 そう言えばこいつ、いつもあんなエロい下着付けてるのかな?

 大人しそうな顔して結構ませてますねぇ。


 確認してやろうとスカートの裾を摘み、大胆に持ち上げる。

 白い太腿が目に入り、次にその白い肌とは対極の色が目に入った。

 私は盗ん――間違えて穿いてしまった黒いパンツ。


「わぁ~穿いてると、ここまでえっちなのかぁ」


 まるでおじさんのような感想をポロっと零してしまう。


「あんた本当に反省してるの?」


 声が掛かると私はすぐに姿勢を正し、元気よく答えた。


「はい!もちろんしてます!」

「ならスカートを離してから言ったら?」


 私が手を離すと、白い太腿と黒いパンツはスカートの中へと消えていった。


「奏、長い付き合いだったけど今日でお別れね。あっちでも元気にしてね」


 雅はスマホを取り出し、通報を連想させる言葉を口にした。


「あっちってどっち!?待って待って!あのほらコレ!お詫びの品!」


 私は袋から急いで出して、雅の顔に近づけた。


「なんでアイス?」

「懐かしいでしょ?半分こ、しよ?」


 ポタポタと水滴が落ち、アイスが少し溶けかかっているのを教えてくれる。

 アイスの袋を開けると水滴が飛び散り、顔にかかる。

 それでも顔を拭わずに、アイスを取り出し、半分に折って片方を雅に差し出した。


「一緒に食べよっ」


 雅は黙ってアイスを受け取るも不服そうに噛み付いた。

 しゃくしゃくと音が鳴る。


「ソーダ味うまぁ」

「こんなので機嫌が――――んんー!」

「アイスクリーム頭痛きた!?」


「……?なに、これ」


 雅は険しい顔で頭を抑えると、髪に違和感を感じ、恐る恐る指でそれを触った。


「ヘアピン?」

「そー!可愛いの見つけてさぁ。見て、お揃いだよ?」


 私の髪に付いたヘアピンを雅に見せる。小さな雪の結晶がデザインされていて、私が橙色で雅が藍色。何種類もの色があって悩んだけれど、イメージカラーを意識したらこの色になった。


「センスいいでしょ?」

「子供っぽい。まぁ奏は子供だから、仕方ないけど」


 そう言って気に入らなかったのか、雅はヘアピンを外した。


「やっぱ嫌、だった?よね……ごめん」


 確かに大人びた雅には、子供っぽい代物だと思ってた。

 でも心のどこか喜んでくれるんじゃないかと、期待してた。


「私、そっちの色が……いい」


 まるで子供のわがままのようにボソッと呟き、雅は私の髪に挿さった橙色のヘアピンを取った。

 そして藍色のヘアピンを私の髪に挿し、自分の髪には橙色のヘアピンを挿した。



「……どう?」

「うん…………似合わない」

「は?」

「だって雅が明るい色って変だよ!」

「私だってこんな子供っぽいの我慢してあげてるんだけど?」

「じゃあいいよ!返して!」

「もう貰った物だから」

「なら文句言うな!」

「うるさい、静かにして」



 部屋中にぎゃーぎゃーと騒ぎ声が響く。

 結局、雅の口から許しの言葉はなかったけれど、顔を見たら分かってしまう。


 私たちには言葉はいらないかもしれない。


 だって見てたら分かるんだもん。




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