第2話 私が300円で、雅が100円

雨宮あめみやさんありがと!またね!」

「うん、またね」


 雨宮あめみや雅という女は笑う。

 優しく、ほだらかに。


 何故、雅は他の女には笑顔を見せるのか?

 あっ今のちょっと嫉妬深い女の台詞だ。

 別に嫉妬でも何でもない。疑問だ。

 私に対しては笑顔は見せず、他の人には見せるのは疑問でしかないのだから。

 私にだってあんな風に笑顔で接してくれれば、怒らせたりもしないと思うのに。


「……うえぇっ」


 想像しただけで気持ち悪い。私に笑顔を向けないでくれ雅。


「何?生む気なの?」


 雅は呆れた顔を私に向ける。


 それだよ、その顔でいいんだよ。

 お陰で気持ち悪さもなくなった気がする。


 お腹を擦りながらほっと一安心すると、雅はまた「変なの生まないでよ」と冷たい眼差しを私に向ける。

 流石の私もちょっとカチンときた。


「私が怪物を生むとでも?」

「怪物でないのなら何?」

「そもそも生まないし」

「じゃあ、えずかないで。気持ち悪い」


 雅はそう言い捨て、スタスタと私の前から去って行く。

 その背中を睨み続け、雅が曲がり角を曲がり姿が見えなくなると、私は静かに暴れた。


 はぁ!?あんたに迷惑かけてないでしょう!?

 気持ち悪いって何が!?私!?怪物!?怪物のことならともかく、私をバカにすんなよ!?


「奏ー、サイレントで暴れてるの怖いって」


 肩をぽんと叩かれて私は静止する。

 後ろを振り向くと、男子かと思うくらいのボーイッシュな女の子。

 背が高くて、スラっとしたスタイル。

 運動部だからか髪は短く、美男子って感じ。


「ゆうちゃん部活?えーと」

「うん。バレー部ね」


 何の部活だったか忘れてしまったため、見た目や荷物で推理しようとするが、

 そんな私の考えがバレバレだったのか、先に答えが出てしまった。


「そか、がんばれよー!」

「あはっありがと」


 私は背中を叩いて彼女を送り出す。

 叩かれた勢いなのか、彼女は小走りで体育館へと向かって行った。


 あれがクールキャラというのか。

 雅とは違ったクールさがある。アレは不愛想で無表情で、死人?ゾンビキャラ?

 まっどうでもいいか。雅は雅っていうキャラで。



 私は自分の席へ向かい、鞄を持ち、忘れ物がないかを確認する。

 心の中で気合を入れ、教室を後にする。

 私はこれでも部活に入っている。だから気合を入れるのも大事なことだ。

 やっと家に帰れる。だらだらできる。私は心の中でやっと学校という束縛から解放されるのだ。

 気合を入れずにはいられない。


 そうして晴れやかな気分で下駄箱に向かい、靴箱から靴を放り投げる。

 ひっくり返った靴を足で直し、そのまま足を入れた。

 つま先をトントンと何回か床に当て、馴染ませる。



「遅い、バカ」


「うひゃっ!びっくりしたぁ」


 下駄箱の影から雅が姿を現した。

 度々一緒に帰ることはあるけれど、別に約束なんかしないし、してない。

 だから私に不機嫌な顔を向けるのも、悪態を吐かれるのもお門違いだ。


「遅いって、別に約束してないでしょ」


 私はそのまま雅の横を通り過ぎようとした。

 あんなことを言われて「ごめーん!一緒に帰ろっ」なんて言うわけがない。

 雅が謝るまで私は冷たい女になる。



「ごめん、なさい……」


 私は自分の耳を疑った。

 雅の口から謝罪が出るとは思っていなかった。そもそも謝罪という概念を知っているとは。


 驚きのあまり咄嗟に振り向くと、雅はうずくまっていた。


「え?そんなに私、酷い態度だったかな?」

「ごめん、なさい……」

「やめよーよ。こんな所で、誰か来ちゃうよ?」

「ごめん、なさい……」

「分かったから、行こう?」

「ごめん、なさい……許してくれる?」

「いいよ、許す許す」

「奏のアイス食べていい?」

「は!?それは――」

「ごめん、なさい……ごめん、なさい……」

「分かったよ!あげるから!立ってよ!」

「そ。じゃあ行こっか」


 何事もなかったように雅はスッと立ち上がった。

 私はあまりにもスムーズに立ち上がった雅に、脳が追い付かなかった。


 だってさっきまであんなに……泣きそうになってて。

 何回も何回も謝ってて……

 許した途端に立ち直って……


「奏」


 雅は固まる私を呼ぶ。

 振り向くとその手にはスマホが握られている。



『ごめん、なさい……ごめん、なさい……』


 小さい画面だけど、恐らく雅はドラマのワンシーンをループさせていた。



「アイスの感想は、必要?」


 小首を傾げて可愛い子ぶっても、無表情でちっとも可愛くない。


「だめだめだめえ!アレ1個300円するの!」

「いつもの100円じゃないんだ。それは楽しみ」

「100円のもあるから!お願いだからあの子だけは食べないでぇ!!」



 私は必死に雅の鞄を掴み、懇願するも、ちっとも反応してくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る