第3話
岩山の南一キロ程の地点で車を止め、ガス検知器を出し有毒ガスが発生していないか調べた。異常が無いと確認した後、カナリアを入れた鳥籠を持って三人は車の外にでた。
兵士達が埋葬された場所は立ち入り禁止となっている。ポールが建てられチェーンが回されていた。
ジョーンズ博士は数人の助手と共に岩山を入念に調べて行った。ドローンを飛ばし上空から調査する。
ギズマット少佐とケニエール軍医は兵士を使って埋められた遺体を掘り起こす作業に入った。遺体に何かの痕跡が残っているかもしれない。
少佐は礼拝が行われていた場所に立ち、岩山を見上げた。空気より重い気体が流れ出たら、息ができなくなって窒息死するだろう。しかし、異変に気づき逃げ出す兵士の一人や二人、いてもいいのではないか、何故、全員死んだのか?
「迷信深い地元の人間は聖地を汚したからだと言っているそうですよ」
遺体を掘っていた兵士の一人が汗を拭いながら言った。
「だったら、簡単なんだがな」
少佐はニヤリと笑った。
要は遺蹟修復現場で同じような大量死が発生しないと証明できればいいのだ。聖地を汚したというなら聖地の汚れを払えば大量死は発生しないという理屈になる。
だが実際は迷信などではなく、何か原因がある筈だ。
ジョーンズ博士がガスの噴出口を探して歩き回っている。噴出口は見つかるだろうか? 遺体を埋める為に砲弾を打ち込んでいる。仮に噴出口があったとしても既に痕跡は無くなっているのではないだろうか?
八時を告げるアラームが聞こえてきた。少佐はスマホをポケットから取り出しアラームを切った。
数年前、ここでこの時間に、兵士達がマイヤード神に祈りを捧げ全員死んだ。死因が何らかのガスによる物なら風が吹いてくる方向が重要だろうと思ったのだが、無風だ。ということは、やはりガスが発生してここに留まったということか? それなら、三千人を一瞬にして殺せるかもしれない。
少佐は辺りを見回した。戦車やトラックはこの奥に止められていた。キャンプはその手前。ここを礼拝の地に選んだのはやはりマイヤード教の聖地だからだろう。予言者ヌーナカハレンダレがここで苦行を行ったという石碑が岩山の壁に設置されていた。今は無くなっているが、兵士達は石碑の前で祈りを捧げたのだろう。
ジョーンズ博士が岩山から降りて来た。
「少佐、探査機でこの辺り一体を調べましょう。噴出口は見つかりませんでしたが、地中にガス溜まりがあるかもしれません。なければ安心出来るでしょうからね」
「確かに。ですが、安心より安全です。肝心なのは遺跡のある一帯が安全かどうかです」
「しかし、安全かどうかまでは保証できません。火山性のガスが発生するかどうか、発生したとして遺跡付近に流れていき大量死を引き起こすほどの量なのか。調査の結果わかるのはその程度です。残念ながら、大量死の原因の究明は火山学者の職能の範疇ではありません」
「もちろんです。様々な情報を集めて、大量死の原因を特定するののは私の役目ですよ」
「わかっていただけて良かったです。後、地震計の設置を役所に申請しましょう。地震の兆候を捉えられたら修復現場に早めに避難指示を出せるでしょう」
「ありがとうございます。将来、観光客がどっと押し寄せるでしょうが、その時も観光客の安全を確保しているとアピールできるでしょうしね」
「活火山の近くであっても安全な場所は多数存在します。マグマはゆっくり動きますのでね。何の兆候もなしにいきなりガスが噴出するなどありえません。古来から我々人類は火山とうまく付き合って来ました。今回もうまく行くでしょう」
スタッフ達と仕事を続ける博士と軍医を残し、少佐は宿舎に戻った。
調査室には、当時、遺体を首都に運んだ元兵士がやって来ていた。
少佐は浅黒く日焼けした、今は建設業をやっているという元兵士アジャール・グロウスリーと対面した。
「君の報告書、読ませてもらったよ。ところで、君は現場で何か感じなかったかね?」
「何かと言いますと?」
「報告書に書く程ではない、小さな出来事だよ。例えば、そうだ、生き物を見なかったかね? 死体でもいいんだが」
「生き物ですか? うーん、覚えてないですね。僕は、そこに書いてあると思いますが、遺体を運ぶように命じられて、遺体をトラックで首都まで運んだだけなんです。とにかく、ひどい状態で」
と言って、グロウスリーは当時の様子を語り出した。
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