第4話

「僕は、サンデヤード連隊を支援する為に行くのだと言われ、僕が所属していた一隊がコードレア砂漠に向かいました。当時、僕はマイヤード教の信徒で、今や改宗していますけど、予言者ヌーナカハレンダレが苦行した場所に行けるのでワクワクしていた記憶があります。ところが、現場に着くと、みんな死んでて、近くに敵がいるんじゃないかって、みんなあたふたして、でも、結局敵はいなくて、じゃあ、どうして死んだんだって話になって。とにかく、原因がわからないから、何かの病気だったら困るから、連隊のキャンプはそのまま残っていたので、仲間が備品の中から出して来た防護服に着替えて遺体をトラックに運んだんです。でも、三体運んだところで、全員は運べないって話になって、取り敢えず、この三体だけでも死因を調べる為に首都へ運べって話になって。隊長から命じられて僕が首都まで運びました。最後に見た時は、仲間が死体の間を歩き回っていました。認識票を回収するよう、後、私物があれば遺族に渡してやりたいからそれも回収するよう命じられていましたから、その作業をしていたんだと思います。僕はひたすらトラックを運転して、首都の軍本部に行って、遺体を渡しました。遺体はとてもきれいで、ほとんど損傷がなくて、彼らの顔さえ見なければ、恐ろしくありませんでした。ですが、顔は。あれほど、恐ろしい顔を見た事がありません」

「なるほど……。死因なんだが、何かのガスによるものではないかと検死した医者が言っていてね。火山性のガスじゃないかというんだ。もし、あの一体にガスが充満したなら、他の生物も死んでいると思うんだ。それで、君に生き物を見たかと訊いたんだよ」

「ああ、なるほど」

 若者は思い出すように小首を傾げた。

「生き物は見なかったんですが、……そうですね。ガスと言えば、遺体を運んだ時、微かに甘い香りがしました」

「甘い香り?」

「そうです。微かですけど。洗剤によく使われてる匂いなんで、きっと、新しい軍服を着ていたんだなって思いました。普通は汗臭い匂いがする筈なのに。きっと、予言者ヌーナカハレンダレが苦行した場所で行う特別な聖なる儀式だったから、みんな衣服を改めたのかなって思ったのを覚えています。あの、あれは食中毒かなにかではなかったのですか?」

 どうしても言いたかったのだと言わんばかりに勢いこんで若者は言った。

「食中毒?」

「はい、我々は経済封鎖をされていて、食べ物が不足してて危ない食べ物もみんな食べてて。後、水も。安全な水は貴重品でした。ですから、みんな、何かにあたったのかと思ったんです。何かのガスだったんですね。だったら、やっぱり天災というか、マイヤード神の天罰だったんですね」

 若者の目が奇妙な色を帯びた。かつての信仰を思い出したのか、神の御技を知って畏敬の念に打たれたのか、恍惚とした色が浮かんだ。

「マイヤード神の天罰かどうかはわからんし、君の信仰をとやかく言うつもりはないが、狂信者にはなるなよ。信仰を盲信した結果、国がどうなったか、君は経験したのだからね。同じ間違いを繰り返すなよ」

「あ、はい、もちろんです」

 若者は目が覚めたようにまぶたをパチパチさせた。

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。助かったよ」

 少佐は若者を送り出した後、椅子に腰をおろしミネラルウォーターのボトルから一口飲んだ。

 もし、食べ物や水に毒物が入っていたら……。

 その可能性については考えてなかった。軍医がガスによる中毒死と言っているのだから、それはないだろうと少佐は思った。

 ケニエール軍医が嘘をつく可能性を考えてみた。引き出しから軍医の調査票を取り出す。経歴を読み直し軍医が嘘をつく理由を探した。

 彼は旧エリンゼリ連邦出身、父親が国家公務員だったおかげで国費でアメリカに留学、医学博士になって国に帰り国立病院に勤務、数年後革命が起きてマイヤード国政府に軍医として雇われていた。 家族はアメリカ人の妻と子供が2人いたが、帰国する時離婚している。両親と弟は革命の混乱の中で死亡、いや、弟は行方不明か。恐らく死んでいるのだろう。

「……特に問題なしか」

 やはり死因はある種のガスによるものと考えていいだろう。兵士三千人を外傷無く一瞬で殺す兵器ができたとは考えにくい。むしろ、火山性ガスの方が余程信憑性がある。

 スマホが六時の時報を告げる。意外に時間が過ぎていた。部屋に戻り軽くシャワーを浴びて埃を落としてから食堂に向かった。

 ジョーンズ博士と食堂の前で合流した。博士は妻と一緒だった。

「少佐、夫に休暇を上げて下さい。私、今日は一人で遺跡をまわったんですよ。スタッフの方が案内して下さって感謝してますけど。それに遺跡は素晴らしかったけど、でも、私、主人と回りたいんです。夫に休暇を貰えませんか?」

「エリカ、少佐に我儘を言ってはいけないよ」

「ははっ、これはお熱いですなあ。ご主人の作業が一段落したらいつでも見て回って下さっていいですよ」

「ありがとうございます。元々土日は休みの契約でしたのよ。それが、着いた早々、休めないって」

「そういえば今日は土曜日でしたな。では、明日は休んで貰っていいですよ」

「少佐、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 博士と美しい妻は少佐に軽く会釈をして食堂に入っていった。妻のエリカ・ジョーンズが前を通った時、ふわりと香りが漂った。

 若い娘はいい匂いがするなあと少佐は二人を見送った。

 修復チームのリーダー、ドロワイヨ女史が

「少佐、通していだけますか? 早くいかないと私の好きなキドニーパイがなくなっちゃうんです」と声をかけて来た。

「これは失礼」

 いつの間にか食堂の入り口を塞いでしまっていた少佐は、慌てて横に避けた。

「あ、今、ここをエリカ・ジョーンズが通ったでしょう」

「ああ、通ったけど」

「私、鼻がいいの。彼女、柔軟剤の匂いがぷんぷんするのよね。すぐわかるわ。どうしてアメリカ製っていつまでも匂うのかしら」

 ドロワイヨ女史が鼻をつまむ真似をして笑いながら食堂に入っていった。

 少佐も後に続き、ビュッフェからベーコンとポテトサラダを皿に取った。

「マイヤード教が下火になって良かったですよ。あんな狂信者を生み出すような宗教は」

「いや、狂信的なのは予言者ヌーナカハレンダレを開祖とするハレンダレ派で、そもそもマイヤード教自体は穏やかな宗教ですよ」

「そうそう、キリスト教だって神の御名の元に侵略戦争をしていますからね。宗教そのものが暴力性を秘めているんですよ」

「宗教じゃないけど、俺はマリアンヌちゃん(アニメのヒロイン)を悪く言われたら暴力的になっちゃう」

「お前のはただのオタクっていうんだよ」

 スタッフ達の笑い声が聞こえてくる。

 好きな物を馬鹿にされれば誰でもムキになる。肉親を殺されればその恨みは計り知れないだろう。マイヤード教で肉親を殺されたらマイヤード教そのものを敵視するだろう。心に刻まれた深い傷が癒されるのを祈るばかりだ。憎しみは憎しみの連鎖を生むだけだろう。


 それからの数日、少佐はジョーンズ博士の調査結果を待つ間、兵士達の衣服に火山性ガスの痕跡がないか国の研究機関に調査を依頼した。

 調査結果を読んだ少佐は、ジープに飛び乗り首都のある場所に向かった。

 

 

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