第2話
政府の要請に応じてやってきたのは、アメリカ人の火山学者だった。妻を同行している。遺跡現場に不似合いな金髪碧眼の若い女性だった。
「ようこそ、ライアヤエール遺跡修復現場に。何もありませんが、遺跡の素晴らしさは堪能出来ますよ」
アメリカ人夫妻はこの冗談(ジョーク)を気に入ったようだった。笑いながら自己紹介をする。
「僕はギリアム・ジョーンズ博士。妻のエリカです。宜しく、少佐」
少佐は同席していた軍医を紹介し、状況を手短かに説明した。
「つまり、あの岩山が火山性のガスを吹き出すかどうか、調査してほしいのですね?」
「そうです。ケニエール軍医の推測が当たっているのかどうか、ぜひ」
「承知しました。しかし、これまで活火山の兆候のなかった場所にいきなり火山性ガスが吹き出すとは考え難いですなあ。まあ、どんな現象にも例外はありますが」
ジョーンズ博士が壁に貼られた写真、岩山の衛星写真数枚を眺めた。
「ここが現場ですか?」
「そうです、いかがでしょう? やはり、火山でしょうか?」
「可能性は高いですね」
写真をチェックしながら、博士が答える。少佐は博士の後ろに立ち、博士と同様、写真を眺めた。
「なんて惨いの」
少佐は驚いて振り返った。博士も軍医も振り返る。博士の妻、エリカが反対の壁に貼られた兵士達の遺体を写した写真の前で立ち尽くしている。
ギズマット少佐は心の内で、舌打ちをしたが顔には出さない。
「これは大変申し訳ない。ご夫人にお見せするものではありませんでしたな。どうぞ、こちらへ、宿舎に案内させましょう」
少佐にそう言われたものの、夫人はショックのあまり動けないでいる。夫であるジョーンズ博士が夫人の腕を取った。
「さ、エリカ」
夫人は夢から覚めたように夫を見上げた。
「僕は少佐と打ち合わせがあるから」
少佐は部屋の外に待機していた部下を呼び、夫人の案内を命じた。夫人はぎこちない挨拶をして部屋を出て行った。
「申し訳ない。妻がご迷惑をおかけして。その、実は新婚でして。妻を一人にしておけなくて」
「おお、それはそれは、おめでとうございます。迷惑などと、とんでもない。お気になさらず、さ、続けましょう。現場の遺体を埋葬する際に取られたビデオがあります。こちらも参考になるでしょう」
ビデオデッキにDVDがセットされた。旧マイヤード政府が取ったビデオが再生される。防護服をまとった一団が、遺体から認証と個人の持ち物を回収して行く。
最後に戦車の主砲を岩山に向けた。一斉に砲弾が打ち込まれる。崩れ落ちる岩山。遺体の上に土砂が降り注ぐ。遺体は遺族に返される事なく土に戻された。
「いかがです? この映像から何かわかりますか?」
「火山性ガスが噴き出すかもしれないのに、あの岩山に砲弾を打ち込むとは」
「いえ、この時はまだ火山性ガスかどうかわかっていなかったんですよ。この時、回収した遺体が私の所に運ばれてきましてね。遺体を解剖して中毒死だとわかったのです」
ジョーンズ博士はビデオに写った岩山を詳細に眺めた。
「やはり写真だけではわかりませんな。明日、現場に行ってみましょう」
翌日の予定を立て打ち合わせは終わった。
その夜の晩餐はジョーンズ夫妻の歓迎会になった。新妻を伴った火山学者の登場は遺跡修復現場にちょっとした刺激を与えた。考古学者と火山学者が集まれば、自ずとイタリアの遺跡、ポンペイの話になるのは必然で、互いに最新の情報を交換して多いに盛り上がった。
門外漢の少佐はその様子を黙って見ていたが、隣の席に座ったエリカ・ジョーンズもまた、門外漢なのだろう、会話に加わる様子がない。
「あなたは火山に興味がないのですか?」
「ええ、私、主人の研究所に雇われて受付や簡単な事務をしていましたの。主人に見染められて。火山に夢中になっている主人って素敵でしょう?」
「確かに」
「まあ、私ったら惚気てしまったかしら?」
「構いませんよ。ここでは、なんというか、明るい話が必要なのですよ」
エリカ・ジョーンズは視線を落とした。硬い表情になる。
「あの死んだ兵士達、無念だったでしょうね。兵士達の側に白い布が落ちていましたけど、あれは何ですの?」
「ホウフマンという帯です。首からかけるのですよ」
「首から? でも、首にかかっていませんでしたわ」
「戦いに行く前、特別な儀式を行うのです。祈りの最後に首からかけたホウフマンを引き抜くのです。右手で。一旦下に引き抜いて、それから上に高々と持ち上げるのです。恐らく、その時、ガスが発生して皆死んでしまったのでしょう」
「まるで、マイヤード神が彼らの祈りを拒絶したみたいですね」
グラスを叩く音が響いた。
ジョーンズ博士が簡単に謝辞を述べ、修復チームのリーダー、ドロワイヨ女史がこれに応じて歓迎会はお開きになった。
翌早朝、夜明け前にジョーンズ博士とケニエール軍医、ギズマット少佐は機材とスタッフを積んだトラックと共に岩山に向った。
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