兵士は熱砂に沈む

青樹加奈

第1話

 兵士の鼻腔に甘い香りが広がった。

「う、く、ガアア!」

 苦悶の悲鳴が漏れる。

「ガハア」

 最後の一息を吐き出し兵士は息絶えた。隣にいる兵士が助けようとしたが、遅かった。彼もまた口から泡を吹いて絶命した。

 コードレア砂漠にて作戦を展開していたマイヤード兵三千人は、太陽の真下で突然全滅した。



 マイヤード国は聖戦と称して世界各地でテロ活動を行っていた。数年前、彼らはコードレア砂漠にある世界遺産ライアヤエールの遺跡を破壊した。世界中から非難されたが、マイヤードは「異教徒の遺跡を破壊するのは、我らがマイヤード神の御意志である」と発表。自分達の行動を正当化した。

 マイヤードのあるエジシュナ地域は豊富な石油資源を抱えていた為、欧米による傀儡政権が国を支配していた。国名もマイヤードではなく、エリンゼリ連邦という名前だった。

 しかし、クーデターが起こり大統領は暗殺されマイヤード狂信者による新たな国が出来た。それがマイヤード国である。自国を制圧したマイヤードの長、聖教師イシルイルハライデアは聖戦と称して他国への侵略を開始した。

 聖戦は順調に進んだ。彼らが通った後には草一本生えていないと言われた程である。

 が、コードレア砂漠での大量死によって、マイヤードの聖戦は頓挫する事になる。

 マイヤード国はコードレア砂漠で起きた原因不明の大量死をひた隠しにした。

 彼らが死んだ場所は予言者ヌーナカハレンダレが苦行を行った場所と伝えられ、マイヤード神の多いなる加護を受けられる聖地と言われている場所だった。その場所で大勢の信徒が謎の死を遂げたとは、決して発表出来なかったのである。

 しかし、人の口に戸は立てられない。

 マイヤードの信徒が聖地で全滅したという噂は、ネットを通じて全世界に広まった。そして、この死はマイヤード神が隣国への聖戦を望んでいなかった為に、神が自らが手を下したのだというまことしやかな噂がやはりネットを通じて世界に拡散したのである。

 結局、隣国への聖戦は中止を余儀なくされ、マイヤードは隣国と和平条約を結んだ。マイヤード教聖教師イシルイルハライデアの自害、その後の混乱を経て、マイヤード国は狂信者による一党独裁から国民による穏やかな政権へと移行を果たした。



 国情が落ち着いたエリンゼリ国(旧マイヤード国)は、マイヤード国が残した負の遺産、破壊された遺跡群の修復を国連主導で行う事になった。そこで問題になったのが、コードレア砂漠での不自然な大量死である。

 遺跡と大量死の起きた場所は、直線距離で十キロ程しか離れていなかった。死因によっては、遺跡修復現場で、同様の大量死が起きる可能性がある。

 もし、なんらかの病原性の物であるならば、早急に調査して対応しなければならない。また、何らかの自然現象による物ならば、同じような現象が遺跡修復現場で起きないとも限らない。

 こうして、改めてコードレア砂漠での大量死の調査が行われる事になった。



 古代の遺跡ライアヤエールは赤茶けた砂漠の真ん中にあった。シルクロードの繁栄と共に栄え、衰退と共に朽ちていった古代都市である。巨大な石造りの門、石畳の大通り、神殿を支える列柱など、かつての栄華を後世に伝えていたが、マイヤード教の狂信者らによって、メインの構造物は破壊されてしまっていた。

 遺跡修復チームは、破壊された遺跡の断片を集める所から始めた。およそ百名ほどの考古学者や学生達が作業を開始した。百人体制で仕事をしても何年もかかる作業である。修復現場近くに作業員が生活する宿舎、作業棟が建設された。祖末な泥のレンガで建てられたが、砂漠の熱さを遮断する作りになっていた。

 その作業棟の一室に大量死の調査室が置かれた。簡素な事務机、壁には黒板が設置され、大量死の資料写真が貼られていた。

「ケニエール軍医、あなたはこの大量死の原因はなんらかのガスによる物だというのですね?」

 調査官ギズマット少佐は、机の向うに座っている軍医を問い質した。

「そうです。他に考えられません。遺体には外傷がないのですよ。また、病原性であれば兵士三千人が突然死ぬなど起るわけがありません」

「しかし、何のガスなのです? 欧米諸国が毒ガスを用いたなどという話はきいていません。第一、紛争解決目的の毒ガス使用は条約で禁止されています」

 軍医は、顔を傾けた。

「私は火山性ガスではないかと考えています。あの岩山ですよ。あれは、大昔の火山の一部だという説があります。人によっては隕石が落ちて出来たと言いますが、私は古代の火山の一部だったのではと思っています。大量死の直前に岩山の一部が内部崩落を起こし、長い年月閉じ込められていたガスが、噴出して大量死を招いたのではないかと思うのですよ」

 少佐は胸の前で腕を組み、軽くあごを支えた。

「遺体からも火山性ガスの痕跡が見つかったのかね?」

「残念ながら見つかりませんでした。しかし、何らかの毒性の強いガスによる中毒死の症状が確認されました。兵士が死んだ場所は岩山の下で窪地になっています。礼拝の時間に、みな、あの場所に集まったのではないでしょうか?」

 少佐は立ち上がって、壁に貼られた大量死の現場写真を眺めた。確かに礼拝中なのだろう、皆手にホウフマンと呼ばれる帯を持ち、経典を入れるカウプという袋を腰から下げている。

「つまり、礼拝の最中に突然吹き出したガスによって中毒死したと」

「そうです」

 少佐は窓から大量死の起きた岩山の方角を眺めた。

「仮に火山性ガスだったとしよう。そのガスは我々のいる場所まで流れてくると思うかね?」

「それはわかりません。私は火山の研究者ではありませんから」

「君が調査に行った時には、ガスはすでになくなっていたのかね?」

「それもわかりません。私は現場に行っていないのです。私は首都で遺体の解剖を行いました。大量死の遺体だと言われて運び込まれた死体三体の検視を行っただけなのです」

「なるほど、つまり、何らかのガスによる中毒死だとはわかるが、原因はわからないという事か」

「そうです。今回、遺跡の修復隊に同行する医師を探していると聞いて志願したのは、私の推測、火山性ガスによるのではという推論が正しいか、確認したいのです」


 調査官ギズマット少佐は、火山学者の派遣を政府に要請した。岩山の地質調査が急務だった。

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