2日目

 少女は、重いまぶたひらいた。



 そこには、昨日と同じような白い空間が広がっていた。



 ただ、昨日と比較して、変化した部分があると、眠い目をこすりながら、少女は気が付いた。


 壁と天井が、昨日の半分ぐらいに小さく縮んでいた。つまり、箱が狭くなっていたのだ。



 これが、昨日の最初にスクリーンが言っていた『1日経つごとに、壁が狭まってくる』ということなのだろうか。それに、真っ白だった壁や床が、若干灰色っぽく、くすんでいるような、そんな気がした。よくよく気を付けて見なければ、気が付かない変化だった。



 少女は、再び、壁の高いところにあるスクリーンの黒い画面を見上げた。



 スクリーンは起動して、文字を映し出した。



『おはようございます。二日目ですね』



 少女は、白いツインテールを揺らしながら、頭をふりふりして、小さく頷いた。そして、今日は友達と遊ぶ約束をしていることを、スクリーンに伝えた。



 スクリーンは、また淡々と文字を映し出した。


『残念ですが、昨日もお伝えしました通り、箱から出ることはできません』


 少女は、むすっと不貞腐れ顔をした。そんな少女にはお構いなしで、スクリーンは再び文字を映した。



『それでは、お仕事を始めましょう』



 少女は、わかりやすい変化に気が付く。



 まず、身に着けているものが、スーツになっていたことだ。藍色のズボンとジャケットみたいなスーツを身に着けていて、しかし、身の丈に合わないぐらい、サイズが大きかった。



 袖にある隙間から、手のひらをなんとか覗かせるといった有様だった。



 それに、地面に落ちているものが変わっていた。


 クレヨンやフランス人形、12時30分を指して死んだ時計、ガラスの破片に、机と椅子のセットが、すっかり無くなっていたのだ。代わりにパソコンと、ボールペンと、何か書かれた紙などが、散らばって置かれていた。



『まずは、床に落ちている紙をすべて、赤い目印のところまで運びましょう』



 少女はスクリーンの文字に困惑しながらも、周囲をキョロキョロとした。



 壁際に置かれた大きめのデスクと、ローラー付きの椅子を発見した。そのデスクの淵が、赤く点滅していることに気が付いた。



 たぶん、あそこに書類をまとめればよいのだろう。



 少女は、床に落ちた紙を拾い集めた。すべて、A4のサイズで一致しており、表面には『アバンギャルド』『日常ウィークネス』『ライフリテラシー』『老化衰退セキュリティー』など、少女には、よくわからない言葉や造語がタイトルとして記されていた。



 それらの紙を胸に抱えて、少女は赤く点滅するデスクの上に乗せた。数百枚の書類を一枚一枚拾い上げ、山を作り上げた少女は、くたくたになっていた。



『お疲れ様です』


 スクリーンは、淡々と言った。



 次に映し出された言葉に、少女は、言葉を殺されてしまった。



『すべての書類のチェックと、サインをお願いします』




 これを、全部……?冗談を言っているのではないのかと、少女はスクリーンに対して眉をひそめた。


 意味もわからず、箱に閉じ込められ、意味の分からないままタスクを押し付けてくるスクリーンに嫌気がさして、少女はダボダボの袖を揺らしながら、書類の山があるデスクではなく、くすんだ白い壁のほうへ歩んで寄った。



 だれか助けてくださいと呼んでみても、開けゴマの呪文を唱えてみても、白い壁はびくともしなかった。


『昨日もお伝えしました通り、あなたは3日間、ここから出られません』



 少女は、細い目と薄い表情ながら、ムッとした。


 では、あと二日経てば、ここから出られるのかと訊いてみた。



『確かなことは、あと二日が経てば、あなたは死んでしまうということです』



 スクリーンが嘘をついていないことを確かめるために、一応、箱の中をぐるっと、歩いて一周してみた。けれど、やはり、穴が開いていたり、出口があったわけではなかった。



 少女は、ため息混じりに息をはーはーと切らし、渋々、デスク前の椅子に腰かけた。


 あれ、体力が落ちたかな?昨日は、あんなに広い箱の中を一周して、こんなに息切れしなかったのに……




『日常崩壊リスク所説』に、サイン。『学校教育機関のメリトクラシー的国民選別機関化計画』に同意して、サイン。『孤独コドク除草剤による健康被害』を読み込んで、よくわからないけど、サインっ!


 

 少女は、眠い目をこすりながら、読み込みとサインとを繰り返し、書類の山を切り崩していった。


『順調ですよ、あと237枚、頑張ってください』



 無責任な物言いのスクリーンに、少女はボールペンを投げつけた。――見てるばっかりじゃなくて、私のお手伝いをしてよ!



 ペンがスクリーンの淵に当たった、カンという金属音が、静寂満ちる箱の中に響いた。



『悪い子には、書類をあと100枚、追加します』



 デスクに振り返ると、書類の山が高くなっていた。



 少女は、絶望に苛まれた。こんなにたくさんの書類を読んでサインするなんて、一日では時間が足りない……



 疲れからか、椅子から転げ落ちて意識を失ってしまった。



『あ、おやすみなさい。お疲れ様でした』



 そんなスクリーンの文字は、少女には届かなかった。



 なぜなら、少女は疲れて、倒れ、眠っているから。

 

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