贄
有理
贄
「贄」
仁科 宏(にしな ひろ)
仁科 芽以(にしな めい)
甲斐田 きよみ(かいだ きよみ)
山田 美範(やまだ よしのり)
※途中登場します上司は山田役が兼役してください。
※最後、芽以役の方に台詞を考えてもらうところがあります。思う言葉を入れてください。
芽以「貴方が、私を裏切ったの。貴方が、貴方が」
きよみN「カチコチ鳴る秒針が冷酷に私たちを見下ろしていた」
宏「違う、俺はただ、違うんだめい」
美範N「地べたを這うそれは、羽根をもがれた蛾のようで」
きよみN「それでも光を希う」
芽以(たいとるこーる)「贄」
_____
宏N「耳元で鳴る一定のリズムのそれは、俺を毎朝眠りから覚ます憎きアラームだ。」
芽以「ヒロくん!朝だよー?」
宏「うーん」
芽以「今日朝一会議だって言ってなかった?」
宏「あー、そうだ。うーん。もう起きなきゃか」
芽以「おはよう。ヒロくん。」
宏「おはよう、めい。」
宏N「キッチンから出汁のいい香りがする。ダイニングテーブルには並べられた小鉢と焼き魚、完璧な朝食だった。」
芽以「昨日パンだったから今日は和食にしたの。気分じゃなかった?」
宏「ううん、美味しそう。旅館のご飯みたいだなって。めいすごいね。さすがお料理教室の先生だ。」
芽以「ううん。そんなことないよ。自宅でお教室開かせてくれるほどキッチン広くしてくれたヒロくんのおかげだよ?」
宏「いやいや、土地も家のお金もめいの」
芽以「ヒロくん。食べて?」
宏「…うん。いただきます」
宏N「この俺が生涯働いても買えるかわからない程の家は芽以の父親が建てた。ある程度統一された家具達と散りばめられる観葉植物、インテリアの全ては芽以の母親のデザインだ。ここは、俺の家ではない。ここは、芽以の城だった。」
芽以「ヒロくん、今日は何時ごろ帰る?」
宏「今日は夜会食があるんだ。だから遅いと思う。先に寝てて?」
芽以「そっか。」
宏「何か用事あった?」
芽以「ううん。夜、ビーフシチューにしようかなって思ってたから…ヒロくん好きでしょ?」
宏「えー、食いたかったな」
芽以「明日にしようかな?」
宏「俺も食べたいし、明日にできる?」
芽以「もちろん。じゃあ明日一緒に食べよう?パンも焼いて待ってるから」
宏「うん。」
芽以「ヒロくん」
宏「ん?」
芽以「愛してるよ」
宏「ふふ、何急に」
芽以「言いたくなったから」
宏「ありがとう。」
芽以「…」
宏「じゃあ、行ってくるね。」
芽以「気をつけてね。あ、今日雨降るから傘持って行って。」
宏「ありがとう。」
芽以「行ってらっしゃい。」
宏「うん、行ってきます。」
芽以「…」
______
きよみ「あれ、今日来ないんじゃなかった?」
宏「飯、食わせて。きよみ。」
きよみ「ありものしかないけど…」
宏「なんでもいい。」
きよみN「午後6時、彼に持たせた合鍵の鈴がリビングのローテーブルで鳴る。紺色のスーツの上着をそっと壁にかけリビングを見やるとソファーでくつろぐ彼。」
宏「はあー」
きよみ「なにー?ため息なんかついて。」
宏「帰りたくないの。察しろよ」
きよみ「奥さん待ってるわよ?」
宏「うるさいなー。今充電中なの俺」
きよみ「他人ん家で充電しないでよ」
宏「他人ん家ってことはないだろー?そしたら俺の家ないじゃんか」
きよみ「何言ってんのよ。芽以さんと結婚したのは宏でしょ?」
宏「…」
きよみ「焼きそばでいい?」
宏「うん。焼きそばがいい。」
きよみ「ちょっと待っててね。」
宏「…」
宏「きよみ、あのさ。」
きよみ「んー?」
宏「俺が、もしさ、芽以と」
きよみ「やめて。」
宏「…」
きよみ「できない事簡単に言わないで。」
宏「俺、本当に考えてて」
きよみ「ほら、焼きそば。」
宏「…いただきます。」
きよみ「ん。お酢は?いる?」
宏「うん、後でかける」
きよみ「置いとくよー。」
宏N「甲斐田きよみ、高校の時の同級生だ。個人でネイルサロンを経営しており駅前の小さな店が彼女の会社だ。他にスタッフもおらずたった1人で働いている。そして、駅から徒歩10分の築年数の経ったアパートで暮らしている。青い鈴のついた合鍵は彼女からもらったものだ。ここが俺の唯一の癒しだった。」
きよみ「ねえ、美範って覚えてる?」
宏「誰?」
きよみ「山田美範。ほら5組のイケメン」
宏「うーん、あんまり覚えてない。」
きよみ「あいつさ、この間偶然駅で会って!カチッとしたスリーピーススーツなんて着てるからもう、モデルかと思っちゃってさ。」
宏「ふーん」
きよみ「今、弁護士やってんだって。」
宏「へー」
きよみ「ほら、宏の会社のビルの向かい。お洒落なあれ」
宏「勝手にデザイン事務所だと思ってた」
きよみ「有名なデザイナーがとかニュースになってたよ?」
宏「そうなの?」
きよみ「確かね、槙野静華(まきの しずか)、だったと思う。知ってる?華道もやってるさ、」
宏「知らないなー。芸術方面俺よく分かんないんだよね。」
きよみ「まあ、宏の会社デザインとか関係ないからね。」
宏「うん。」
きよみ「あ、そうそう、だから会うかもよ?って言いたかったんだけど覚えてないんじゃ仕方ないか。」
宏「弁護士先生かー。勉強したんだろうな」
きよみ「そりゃあ、頭も良かったし?」
宏「よく覚えてんな。好きだったの?」
きよみ「…無神経ー。」
宏「なに?」
きよみ「なんでも!」
宏「なんだよー。」
きよみN「彼はここでは左利きで、箸の持ち方もデタラメだ。そういうところが、そういう私だけに見せる特別が、ずっと愛おしかった。私は宏がずっと今も」
宏「あー。もうそろそろやばいな。」
きよみ「時間?」
宏「うん。」
きよみ「…ほら。消臭スプレーかけてあげるから後ろ向いて。」
宏「…いい。このままで帰る」
きよみ「ダメよ。」
宏「…」
きよみ「ほら。後ろ向いて。」
きよみN「レバーに人差し指をかける。私との時間を掻き消すために噴射する。この瞬間が何よりも嫌いだった。」
宏「じゃ、行ってきます。」
きよみ「行ってらっしゃい、宏」
宏「…うん」
きよみN「私は、彼の2番目にすぎない。」
______
宏「あれ、まだ起きてたんだ。」
芽以「ヒロくん。おかえりなさい」
宏「こんな遅くまでごめんね。起きててもらって」
芽以「ううん。お仕事お疲れ様。お風呂準備してあるよ。」
宏「ありがとう。」
芽以「うん。」
宏「…ん?何?」
芽以「ヒロくんってソース派?」
宏「なに?」
芽以「ううん。何でもない。お風呂どうぞ」
宏「ああ、うん。」
芽以N「鼻腔をくすぐるソースの匂い。わざとらしい消臭剤とスーツの首元についた細かいラメ。青い鈴が付いたどこかしらの鍵。私は見て見ぬ振りをする。だって、私にとって彼は。彼こそが王子様なんだから。」
宏「めい?俺の下着どこだっけ」
芽以「出しとくから大丈夫だよ」
宏「じゃあよろしく」
芽以N「自分の家の配置すら未だ覚えない彼。」
宏「(鼻歌)」
芽以N「神に一生を誓った彼は、既に私のものだ。」
______
美範「芽以」
芽以「何」
美範「これ。浮気調査の結果。」
芽以「勝手ね。頼んでないわ。」
美範「…芽以。」
芽以「知ってるもの。この日もこの日もこの日も、会食だなんて嘘だって。知ってて黙ってるんだから。」
美範「おじさんやおばさんには?」
芽以「言わないわ。言ったら即離婚よ」
美範「じゃあ」
芽以「いいの。」
芽以「いいのよ。最後にここに帰ってくれば。戻って来るんならいいの。」
美範「僕は、芽以が選んだ人だから身を引いたんだ。こんな碌でもないやつなら、譲るんじゃなかった。」
芽以「美範。」
美範「だってそうだろう。僕の努力は全部、芽以のおじさんに認められる為にやってきた事だ。芽以と結婚して芽以を幸せにする為だけに」
芽以「終わったことでしょう。」
美範「…」
芽以「私とあなたが婚約者だった事なんて。もう過去の話よ。」
美範「僕は許さない」
芽以「片付けて。写真も書類も。持って帰って。」
美範「芽以。」
美範「虚しくないのか。」
芽以「…」
美範「君の選んだ男が、こんな。こんな、半端者で。」
芽以「…」
美範「この女に頼まれて離婚したいなんか言い出したらどうする。」
芽以「…」
美範「ここに、戻らなかったらどうするんだ。」
芽以「…許さない」
美範「…」
芽以「そうしたら、私は許さない」
芽以「絶対に、許さない。」
______
宏N「外回り。小走りで走ってもなかなか汗もかかなくなった季節。カフェのテラス席できよみを見かけて思わず駆け寄った。」
宏「きよみ!」
きよみ「あ、宏!どうしたの?遅めのお昼?」
宏「いや、外回り行くとこ。」
きよみ「ああ、そう。」
宏「きよみは?」
きよみ「遅めのお昼」
宏「俺もコーヒーだけお邪魔していい?」
きよみ「いいけど、逆に良いの?外回りは?」
宏「バレないって。コーヒー買ってくる」
きよみ「うん。」
きよみN「テーブルに置いていたパソコンを片付けバックにしまう。すぐ後ろから浮き足だった彼の足音が近づいて来る」
宏「なんか新鮮じゃない?こう、外で会うの」
きよみ「女の子みたいなこと言うね」
宏「だって、きよみの家でしか基本会わないしさ」
きよみ「会えない、の間違いでしょ」
宏「あー、うん。たしかに」
きよみ「こんなお天道様の下で会えるような仲じゃないものね」
宏「えー、なんかお前機嫌悪い?」
きよみ「なんてね。」
宏「俺向こうからきよみ見つけた時めちゃくちゃテンション上がったのに!」
きよみ「そうなの?」
宏「そうだよ!」
きよみ「それは何より」
宏「な、それ何飲んでんの?」
きよみ「ミルクティーだけど」
宏「ちょっと飲ませて」
きよみ「ん」
宏「んー、甘い!」
きよみ「ミルクティーだもん」
宏「俺のも飲む?」
きよみ「うん。」
きよみN「差し出されたカフェラテのストロー。シロップは2つ。甘い、宏の唇。ふと、我に返り脳内を掻き消す。」
宏「どう?」
きよみ「あんたのも甘いじゃん」
宏「俺ブラック嫌いだもん」
きよみ「甘党だもんね」
宏「甘けりゃ甘い方がいい」
美範「家ではブラックなのに?」
宏N「隣の席から飛んできた声に、思わず席を立った。ギッと鳴る首を回してみれば整った顔の男、」
きよみ「…山田?」
美範「この間ぶりですね。甲斐田さん。」
宏「山田?」
きよみ「ほら、この間会ったって言った山田美範。」
宏「あ、あー。」
美範「お久しぶりですね。羽山宏さん。ああ、今は仁科宏さんでしたね。」
宏「は、はは。久しぶり。」
きよみ「いつから居たの?」
美範「仁科さんが来られる少し前に。」
きよみ「声かけてくれたらいいのに!」
美範「甲斐田さんに用もないのに?」
きよみ「そ、うだけどさ」
宏「…」
美範「お二人は今も仲が良いんですね」
きよみ「会社も近いしよく会うからねー」
美範「高校の時からよくお二人でいるのを見てましたから。」
宏「…」
きよみ「幼馴染みたいなもんよ」
宏「…」
きよみ「ね、宏」
宏「あ、ああ、うん。そう」
美範「へー。」
きよみ「何。疑ってんの?」
美範「いいえ。」
きよみ「山田のその顔に覗き込まれると嫌ねー。」
美範「は?」
きよみ「お面くっつけてんのかってくらい綺麗だから」
美範「だから?」
きよみ「人形と喋ってる気分。」
宏「きよみ、」
きよみ「何」
宏「言い方。」
美範「不快にさせてしまったようで。失礼しました。」
宏N「煽るきよみと感情のない顔の山田。途端、山田の口角がスッと弧を描いた。」
美範「これで少しはよくなりましたか?」
きよみ「…」
美範「まだ何か」
きよみ「何なのあんた…」
美範「高校の同級生ですが。」
宏「…」
美範「ああ、長居してしまいましたね。お邪魔しました。今から民事裁判でして。」
きよみ「はあ、」
美範「離婚訴訟は拗れますからね。仁科さんもお気を付けて。」
宏「な、」
きよみ「ちょっと、山田」
美範「では、失礼します。」
きよみ「…なんなの、あいつ。」
宏「…」
きよみ「宏?」
宏「…家ではブラックって、何で」
きよみ「え?」
宏「何で、知って…」
きよみN「カタカタ鳴るティースプーンと泳ぎ回る宏の目に鳥肌がたった。」
______
宏「…ただいま」
芽以「おかえり、ヒロくん。…どうしたの?」
宏「…めい、俺」
芽以「ん?」
宏「いや、何でもない」
芽以「そう?顔色も悪いけど大丈夫?疲れたんじゃない?」
宏「あー、うん」
芽以「また専務、きつい仕事ばっかりさせてるんじゃない?パパに言っとこうか?お休みしばらくもらう?」
宏「いや、大丈夫」
芽以「でも、」
宏「仕事は大丈夫だから。言わなくていいよ」
芽以「…そう?」
宏「お風呂、入ろうかな。」
芽以「うん。じゃあヒロくんの好きな入浴剤準備するね。あのキラキラするやつ。」
宏「うん。」
芽以「スーツ脱いでて!バスルーム置いて来るから。」
宏「…うん。」
宏N「あまりに普段通りの彼女が忽ち恐くなった。もし、俺ときよみの関係を知っているんだとしたら。どこまで知ってるんだろうとか全部知ってたらとか。考えれば考えるほど恐くなった。」
芽以「ヒロくん?」
宏「わ!な、何?!」
芽以「準備できたよ?」
宏「あ、う、うん!入ってくる!」
芽以「うん。あったまって来てね」
宏N「離婚、したら。俺は、きっと何も残らない」
宏N「あの時と同じ、ただのゴミになる。」
………
上司「羽山、お前何度言ったら分かるんだ?」
宏「はい」
上司「はい、じゃないだろう。聞いてるんだ私は。何度言ったら理解するんだって聞いてるんだ。答えなさい」
宏「申し訳」
上司「答えなさい」
宏「申し訳ありません」
上司「羽山、同僚はもっと要領も良く成績も、」
宏N「俺は就職活動に失敗した。御祈りメールが3桁を超えたあたりから投げやりになった。どこでもいい、働ければどこでもいい。そうやって内定をもらったこの会社はこの時代に珍しくパワハラの巣窟だった。」
上司「羽山」
宏「はい」
上司「100社まわるまで帰って来なくていい。」
宏「…はい」
宏N「日を追うごとにどんどん時間が足りなくなっていく。初めは友達に会う時間がなくなって次に外食に行く時間がなくなって、今はもう食事の時間を削らなければ寝る時間がない。干からびた冷えピタと栄養剤の瓶が部屋のあちこちに転がっている。そこが俺の世界で俺の全てだった。」
きよみ「宏?ねえ、あんた大丈夫?」
宏「なにが?」
きよみ「クマ、凄いよ。なんか痩せたっていうかやつれた?気がするし」
宏「仕事忙しくてさ…」
きよみ「だからって」
宏「ほら、俺ん家母さん1人だろ。心配かけるわけにはいかないし、仕送りだってさ」
きよみ「分かるよ、でもさ」
宏「大丈夫だって、なんかあったら言うから」
きよみ「…」
宏「きよみだってネイリストの資格、頑張ってんだろ?」
きよみ「宏…」
宏「俺も今が頑張り期だって」
きよみ「…なんかあったら言ってよ?」
宏N「当時付き合ってたきよみとも月に二度会えればいい方だった。そんなギリギリを生きていた時、彼女と出会った。」
宏N「勤めていた会社の建物は古く、傾斜のきつい階段があった。上の階は社長室と応接室があり、一階に俺たちが普段業務をする部屋があった。」
上司「仁科さん、階段急ですのでお気をつけて下さい」
宏N「今日は午前中から来客があり応接室は半日埋まっていた。俺は朝一で外回りを済ませ会社に戻ってすぐのことだった。」
上司「あ、危ない!!」
芽以「きゃ、」
宏「っあ、」
上司「羽山!!」
宏N「階段から落ちてきた彼女はオフィスには似合わない白いワンピースで、ほのかに石鹸の匂いがした。」
芽以「あ、ご、ごめんなさい!怪我はないですか?」
宏「いえ、僕は全然」
上司「仁科さん!大丈夫でしたか?!」
芽以「この方のおかげで私は…っあ、」
宏「へ?」
芽以「救急車呼んでください!!血が!」
上司「羽山、大丈夫か?!おい!誰か!救急車!」
宏N「彼女のワンピースにぼたぼた落ちる赤いシミはどうやら俺のものだったらしく、遠のく意識の中彼女の声だけがずっと響いていたのを覚えている。」
___
宏N「目が覚めると、ツンと消毒液の匂いがした。白い天井、ここが病院だと分かるには時間がかかった。それには訳があって、柄物のシーツに遮光カーテン。近くの花瓶には綺麗な花が挿してあって、目の前には応接間と大きなテレビまである。見たことがない部屋だった」
芽以「あ、目が覚めました?」
宏「え、あ、ここは」
芽以「病院です。この辺で1番大きいところに運んでいただきました。」
宏「あ、あの、あなたは怪我は」
芽以「私は全く。それよりも大丈夫ですか?」
宏「あ!服!俺服を汚して…」
芽以「服なんていいんです!額を3針縫ってます。簡単な検査では異常なかったそうですが明日また精密検査をお願いしてます。」
宏「え、いや、ちょっと傷が痛いだけなのでそこまでは」
芽以「いいえ!私を庇ってしてしまった怪我ですから!そのくらいさせてください。…あと、」
宏「はい」
芽以「疲れが溜まっていらっしゃるみたいで。栄養もあまり取れていなかったんですか?」
宏「あー、確かに。最近ちょっと忙しくて…」
芽以「田所部長には言ってありますから、少しお休みされてください。」
宏「でも、業務が」
芽以「大丈夫です。過労と睡眠不足もあるとお医者様の見立てです。」
宏「…」
芽以「私を庇って怪我を負わせてしまって申し訳ありませんでした。私、仁科芽以と申します」
宏「仁科、さん」
芽以「ご存知ないですか?仁科グループ。」
宏「あ、」
芽以「私から連絡しておきますから。ね、少し休んで下さい。」
宏「…なんか、眠く」
芽以「大丈夫ですよ。もう、大丈夫です。」
芽以「なんて運命的なんでしょうね。」
宏N「“休んで下さい”その言葉に飲まれていくように俺の意識は落ちていった。これが仁科芽以との初めての出会いだった。」
___
宏N「怪我も治り体調も落ち着いた頃には、俺の周りは彼女に包囲されていた。早々に両親に会わせられ、会社も今よりもっと待遇も給与もいい会社に転職を勧められ、母の住む実家に至ってはリフォームまでしてもらい、これぞ至れり尽くせりだった。このままとんとん拍子で結婚まで決まってしまったのだ。」
きよみ「…で?」
宏「俺、結婚するんだ」
きよみ「…」
宏「ごめん。」
きよみ「あんたはそっちを選んだんだ。」
宏「…だって」
きよみ「そりゃあ、私は新しい仕事先も斡旋できないし?宏の実家だって建て替えてあげられないしね!」
宏「…ごめん」
きよみ「…私、宏が好きだよ。」
宏「俺だって」
きよみ「でも、あんたが辛そうにしてるの、見てるのも辛かった。」
宏「…きよみ」
きよみ「よかったね。幸せになってよ。」
宏「あのさ、俺」
きよみ「ん?」
宏「これ、まだ持っててもいい?」
きよみ「鍵?」
宏「うん。」
きよみ「だめよ。返して。」
宏「俺、きよみが好きだ。」
きよみ「結婚するのは私じゃない。あんたは私を選ばなかったの!分かる?」
宏「選べなかったんだよ。」
きよみ「…狡いよ。」
宏「うん。ごめん」
きよみ「忘れてあげる。」
宏「何が?」
きよみ「この鍵のこと。」
宏「…」
きよみ「逃げたくなったら、いつでもおいで。」
宏「きよみ」
きよみ「あーあ。私も、狡いなあ」
宏N「きよみを忘れられなかった俺は、こうして芽以と結婚した。」
………
美範「もしもし」
芽以「余計なことしたわね」
美範「…いいや。」
芽以「最近彼が変なの。私を避けてるし怖がってる。」
美範「僕は知らない」
芽以「あなた以外に誰がいるのよ!」
美範「…」
芽以「許さないって言ったじゃない。」
美範「僕に対してじゃないだろう」
芽以「あなたもよ。私たちの関係を壊すなら、許さない。」
美範「芽以、」
芽以「美範。あなたそもそも何様なの?私の結婚生活に未だに口出して。あなたはもう他人だって言ったじゃない。」
美範「僕は、君に幸せに」
芽以「違うでしょう。あなたがなりたいだけでしょう。幸せになりたいのはあなたでしょう。」
美範「…」
芽以「私達は運命なの!そもそもローヒールで体幹も鍛えてる私が階段から落ちることもなかったし、偶然その階段の下に人がいるなんてことも確率の低いことだわ。その上で出逢ったの。出逢うべくして私達は出逢ったのよ。」
美範「芽以」
芽以「だから何でもしてやったわ。会社だってそう。お父様に言っていい役職いい部署に就けてもらったし、住む家だってそう。恥ずかしくないような立地でそれなりのマンションをお母様に探していただいたわ。栄養管理も完璧な料理を毎日作っているし、あの人ってば下着の棚すら未だに知らないのよ。私はあの人が私を好きなままでいられるように、運命のままでいられるように何でもしてるのよ!」
美範「間違ってるよ。」
芽以「…さい」
美範「君は間違ってる。」
芽以「うるさい!!!!」
美範「運命論を語るには些か理由が足りない。君は、彼に夢を見過ぎている」
芽以「あなたに何が分かるの?」
美範「君が間違ってることくらいは分かるよ」
芽以「偉そうに」
美範「僕はね、芽以。君の全てを許せるよ。」
芽以「なに」
美範「そうやって声を荒げるところも、鬼の血相で睨みつけるその顔も、君が彼に隠してる全てを僕なら許せる。それが君だから。ヘコヘコ頭を下げてる君なんか偽物じゃないか。仁科グループの跡取りとして育てられた君がああな訳ない。僕は君の隣に立つ為に今まで努力してきた。だから」
芽以「運命なの。」
美範「芽以。」
芽以「ヒロくんは。ヒロくんだけは、運命なの。私の王子様なの。私はヒロインでお姫様なの。」
美範「…」
芽以「ね。美範。私はお姫様でしょう。」
美範「嘘つきだ。君は、違う」
______
きよみ「いらっしゃいませ。」
芽以「こんにちは。」
きよみ「羽山様、どうぞよろしくお願いします。甲斐田きよみです。」
芽以「こちらこそ。」
きよみ「どうぞー。こちらに。」
芽以「ええ。」
きよみ「今日はハンドネイルですね、わ。ちゃんとケアされててもう十分綺麗ですね」
芽以「そうですか?」
きよみ「ええ!いつもご自分で?」
芽以「この間エステに行ったからかもです。」
きよみ「そうなんですね!早速デザインですが、」
芽以「甲斐田さんと同じのがいいです。」
きよみ「え?」
芽以「これ、これと同じデザインにしてください」
きよみ「あ、えっと気に入りました?」
芽以「はい。とっても。」
きよみ「じゃあ、これで。」
芽以「楽しみだわ。」
きよみ「爪の形はどうします?」
芽以「甲斐田さんと同じで。」
きよみ「…でもこの長さにするには長さだしもしなきゃですしお仕事に影響とか、」
芽以「仕事といっても個人で料理教室開いてるくらいなので爪の長さは関係ないので。」
きよみ「お料理の先生なら!尚更…」
芽以「大丈夫です。」
きよみ「…」
芽以「甲斐田さんと、全く同じにしてください。」
きよみN「穏やかそうな顔とは裏腹に鼓膜がビリビリとする。初めて来店した羽山めいこさん。SNSで何度もコメントを下さってようやく来店に至った。初めて会ったはずの彼女はどこか狂気めいていて、何故か懐かしかった。」
芽以「わあ、素敵ですね。」
きよみ「お似合いです」
芽以「あの、甲斐田さんの左手を借りても?」
きよみ「え?」
芽以「手、隣同士で写真撮ってもいいですか?」
きよみ「え、ええ。勿論。」
芽以「お揃いねー。嬉しいわ」
きよみ「そんなに気に入っていただけるなんて。」
芽以「いつかお願いしたいってずっと思ってたから本当に嬉しいわー。」
きよみ「でも、パーソナルカラーが少し私達違うから似合うか不安だったんですけど」
芽以「…なに?」
きよみ「ほら、私の手のひらは黄みがかってて羽山さんは青みが強いでしょう?似合いやすい色とかも違うから」
芽以「どうしたら一緒になるかしら」
きよみ「え?」
芽以「どうしたら一緒になるかしら」
きよみ「パーソナルカラーは人によってそれぞれだから」
芽以「ねえ、甲斐田さん。どうしたら一緒になるかしら。」
きよみN「彼女の握りしめた拳からミシッと音がした。スカルプの歪む音。爪が割れる音」
芽以「全部一緒に、したいのに。」
______
宏「ただいまー」
きよみ「おかえり。」
宏「あれ、なんか暗い顔だな」
きよみ「今日来たお客さんがちょっと変でさ。」
宏「そうなの?」
きよみ「私と同じネイルのデザインがいいって言って一緒のにしたんだけどさ。」
宏「へー。ファンってやつ?」
きよみ「うん、よく言えば?」
宏「うわ、なんか凝ったデザインだな。」
きよみ「これね、絵画モチーフなんだけど」
宏「絵画?」
きよみ「ルドンのグランブーケって絵。見たことないでしょ宏。」
宏「知らない」
きよみ「昔近所に住んでた子が好きでさよく見せられてたから記憶あって。でも有名って訳じゃないと思うのよね。あんまりネイリストも知らないと思うし」
宏「うん」
きよみ「本当にこんなので良かったのかなって。」
宏「満足して帰ったんだろ?」
きよみ「うん、ネイルはね?」
宏「じゃあいいじゃん。」
きよみ「…まあ、そうよね。」
宏「な、夜飯食って帰っていい?」
きよみ「うん、今日ハンバーグ煮込んでるからそれでいい?」
宏「うん!きよみのハンバーグ美味いもんなー!」
きよみ「ご飯あんまり炊いてないんだから遠慮してよね?」
宏「はいはい。」
宏N「青い花瓶から溢れるような花々が、朧げに記憶の片隅へと消えていく。トマトケチャップで煮込まれたハンバーグは少し甘くてきよみの笑顔と一緒にあっという間に消えていった。」
______
芽以「おかえりなさい。」
宏「ただいま。」
芽以「お風呂準備できてるよ。」
宏「ああ、うん。ありがとう。」
芽以「入浴剤は?」
宏「今日はいいや。」
芽以「…そう」
宏N「ふと、香る。さっき嗅いだばかりの甘い、」
芽以「何?」
宏「めい、晩御飯なんだったの?」
芽以「ハンバーグよ。」
宏N「ゾッとした。」
芽以「いつもは和風とかデミグラスにしちゃうんだけどたまには煮込んでみようかなって。」
宏「そ、うなんだ」
芽以「ヒロくん嫌いだった?」
宏「あ、い、いや」
芽以「甘党だから好きかと思って」
宏「あ、はは。めいの作る料理なら何でも好きだけど」
芽以「ふふ。今度作ってあげるね」
宏「ああ、うん。風呂、入ってくるね。」
芽以「あったまってきてね」
宏N「風呂上がりに準備されていたのはミルクの入ったカフェオレで空のシロップが2つ。」
宏N「差し出されたグラス。視界に入る彼女の爪。さっき見たはずの青い花瓶と溢れる花々」
芽以「好きでしょう?どうぞ」
宏N「バレている。彼女には、もう、何もかも」
芽以「ヒロくん?」
宏「ひ、ひいい」
宏N「傾げた首に、たまらず俺は青い鈴のついた鍵を掴み家から逃げ出した。」
______
きよみN「23時、ドアを叩く音がする。ガチャガチャなるドアノブで目が覚めた。不審がってそっと近づくと声の相手は彼だった。」
宏「きよみ!きよみ!!」
きよみ「何?どうしたの」
宏「芽以が!!芽以が」
きよみ「ちょっと、なんて格好してんのよ!もうすぐ冬だっていうのに!ほら入って!」
きよみN「ガタガタ震えるのも仕方ない。裸足でしかも濡れた髪、薄い生地のルームウェアのまま外を走ってきたのだから。足は拭いてやり髪も乾かしてガウンをかける。それでも彼の震えは止まらない。」
きよみ「まだ寒い?」
宏「さ、寒いし、お、俺、俺、芽以が」
きよみ「もう一回お風呂溜めようか?風邪ひいちゃう」
宏「きよみ、俺、お、俺」
きよみ「もう、ほら。何があったか分かんないけど落ち着かなきゃ話もできないから」
きよみN「抱き寄せると小刻みに震える体が少しマシになる。そのまま、あたため続けて眠ってしまい気が付いたら朝だった。」
きよみ「ん、明る」
宏「…」
きよみ「宏?」
宏「ぅ、」
きよみ「朝になっちゃったみたい。家、大丈夫?」
宏「ぅう」
きよみ「ん?」
宏「さむ、い」
きよみ「っ!あんたすごい熱!やっぱ風邪引かせちゃったかあ」
宏「う゛ぅ」
きよみ「ほら、薬持ってくるから寝てな!」
宏「め゛、芽以が、」
きよみ「いいから!」
きよみN「宏の熱が下がったのはあの夜から2日後だった。」
______
宏「めい、晩御飯なんだったの?」
芽以「ハンバーグよ。」
宏「っ!?」
芽以N「彼女のSNSにはよく夜ご飯も並ぶ。だからちょっと真似してみようと思った。いつもならトマトから作るケチャップもわざわざ買いに行って同じようなものを作った。あまり美味しくはなかったけれど彼の珍しい顔が見られて得した気分だった。」
宏「そ、うなんだ」
芽以「ヒロくん嫌いだった?」
宏「あ、い、いや」
芽以「甘党だから好きかと思って」
宏「あ、はは。めいの作る料理なら何でも好きだけど」
芽以「ふふ。今度作ってあげるね」
宏「ああ、うん。風呂、入ってくるね。」
芽以「あったまってきてね」
芽以N「美範が知った口で彼は本当は甘党だと言うものだから口走ってしまった。ついでに好きな甘さも聞いたからお風呂上がりのドリンクをカフェオレにした。」
宏「カフェオレ…」
芽以「好きでしょう?どうぞ」
宏「な、なんで、俺、言ったこと」
芽以「ヒロくん?」
宏「ひ、ひいい」
芽以N「慌てふためく彼に冗談だよって言うつもりが、リンとなる鈴を連れて出ていってしまった。しばらくしたら帰ってくると思ってその夜は鍵はかけずに玄関で待っていた。」
芽以N「彼は帰らなかった。」
___
美範「芽以。」
芽以「うるさい」
美範「まだ何も言ってない」
芽以「うるさい」
美範「少し寝た方がいい。」
芽以「彼が帰ってくるかも知れないから」
美範「だから何だ」
芽以「お出迎えしない妻なんかいない」
美範「何日も帰らない夫なんかいないだろう」
芽以「うるさい」
美範N「玄関に座り込む彼女。あの夜から2日が経っていた。僕は毎日様子を見るようにと彼女の両親から言われていた。“妄想性パーソナリティ障害”それが彼女の個性だ。」
美範N「まだ治療中だったにも関わらず偶然羽山宏と出会ってしまった。彼女の思い込みは歯止めが効かない。」
芽以「美範、帰って。ヒロくんが帰ってきたら知らない男を連れ込んだ悪い妻になっちゃうでしょ」
美範「芽以頼むから一度帰ろう。」
芽以「うるさい」
美範「おじさんもおばさんも心配してるから」
芽以「うるさい!!!」
美範N「一際大きな声が響くと同時に玄関のドアが開いた。そこには羽山宏と甲斐田きよみが立っていた。」
芽以「ヒロくん!おかえりなさい」
宏「…芽以」
きよみ「山田、何でここに」
美範「…また会ってたんだな」
芽以「よかった!帰ってきてくれて。今お昼ご飯作るから待っててね。」
宏「芽以」
芽以「きちんと準備できてないけど私はインスタントなんか食べさせたりしないから」
きよみ「…」
芽以「ほら座ってヒロくん。」
宏「芽以。」
宏「離婚してくれ」
美範「…」
芽以「は?」
宏「俺、初めからお前が好きな訳じゃなかった。どんどん進む結婚が俺にとって都合良すぎて何も言えなかっただけで、芽以が好きな時なんて一度もなかった」
美範「っ!貴様…」
芽以「…」
宏「ごめん。俺最低だ。分かってる。今の生活をやめたくなかった。楽だったから。芽以のおかげだよ。」
芽以「…」
宏「俺は、俺が好きなのは、ずっときよみだよ。」
美範「羽山あ!!」
宏「ぐっ、」
きよみ「やめてよ!山田!あんた何なのよ」
美範「お前、今まで芽以を利用してたくせに!恩を仇で返すのか!あんまりだろう!」
宏「分かってる!だから、おれちゃんと謝りに」
きよみ「離して!山田!!」
美範「お前が、お前さえ!」
芽以「美範、やめて。」
美範「芽以」
宏「っ!ぁ、はあ、はあ」
きよみ「宏?大丈夫?」
芽以「…座って?ヒロくん」
宏「っはあ、な、何」
芽以「おうどんにしようか。かき玉、餡掛けにして。温まるでしょ?」
宏「何言って」
芽以「ヒロくん。私達運命で繋がってるの。」
美範「…」
きよみ「あんた、何言ってんの」
芽以「しー。あなたは静かに」
きよみ「おかしいんじゃないの?宏は離婚するって言ってんじゃ」
芽以「待ってね。土鍋出すからね」
きよみ「あんたねぇ!」
芽以「っ!」
きよみ「っはぁ。目覚めた?」
芽以「痛い」
きよみ「話、聞けるようになったでしょう」
宏「きよみ…」
美範「芽以!お前、なんて事」
芽以「痛い」
美範「芽以、今冷やすものを」
宏N「ガタ、と大きな音がした」
美範「芽以、芽以やめろ、それはいけない。芽以、芽以!」
きよみN「銀色に笑うそれは、シーリングライトを反射して益々笑う」
宏「め、芽以」
美範N「腰の抜けた彼はあっという間に壁に追いやられ」
芽以「ヒロくん。」
芽以「指切りって、知ってる?」
芽以「約束を守らない悪い子は、ケジメをつけて献上するの。もう二度としませんって。」
きよみN「ド、っとフローリングに突き刺さる包丁」
美範N「彼女の顔はまだ笑っている」
芽以「ここに手を置くの。こうやって。」
宏「芽以、やめ、やめろよ」
芽以「大丈夫よ。いつも豚の骨から処理してるんだから痛くないわ。一気に落とせるから」
宏「嫌、嫌だって言ってんだろ、芽以」
芽以「もうしませんって、もう言いませんってしなきゃ。ヒロくんお馬鹿さんなところあるから分かんないでしょ?」
宏「芽以、たの、頼むよ、り、離婚してく、離婚してくださ」
芽以「ほらまた。」
宏「お、俺、おれ」
芽以「ほら、行くよ。動かないでね」
きよみN「カチコチ鳴る秒針が冷酷に私たちを見下ろしていた」
芽以「せーの」
美範N「床を抉っただけの刃、彼の手は当たり前に引いてあった」
芽以「動いちゃダメって言ったのに」
宏「お、お前、お前狂ってるよ!おかしいお前みたいな女おかしいよ!絶対離婚してやる!俺はもうごめんだ!何もなくなったっていい。価値のない俺に戻ったっていい!お前といるよりは、お前なんかといるよりは!」
きよみ「宏」
宏「おかしいと思ってたんだよ。大体何でも勝手に決めて何でも俺のこと操って。狂ってるのはお前だったな。コーヒーもブラックなんて大嫌いだし朝食も食わないタチなんだよ!何にも知らないくせに知ったような顔しやがって!楽しかったか?あ?俺をいい旦那に仕向けて楽しかったかよ!清々する。これっきりだ。お前と俺はこれっきりだ!」
美範「貴様…」
芽以「ふ、」
芽以「ふふ、」
芽以「貴方の理想になりたいって、貴方が私の王子様だったからって」
きよみN「ミシッ、と彼女の指が蠢く」
芽以「散々許してきたのに」
きよみ「っ!あなた!爪!!」
美範「芽以!やめろ、やめるんだ」
宏N「フローリングにぼたぼた落ちる赤いシミ。芽以はグランブーケの爪を一枚一枚剥いでいく」
芽以「裏切るのね。貴方も、私を」
美範「脱衣所からタオルを!!」
きよみ「どこよ!!」
美範「そこ!!入って右だ!早く!!」
宏N「10枚目は、左手の薬指で剥ぐ前にそっと指輪をとった。彼女が自ら選んだプラチナのエンゲージリング。他の指から垂れる血が装飾の溝を流れていく。」
芽以「私が狂ったのが先じゃない。貴方、貴方が先よ。」
芽以「貴方が、私を裏切ったの。貴方が、貴方が」
きよみN「タオルを手に戻ると、彼女は彼の顔を両手で包み込み満面の笑みで何かを呟いた。瞬間、顔色を変えた彼は這って彼女を追う。」
宏「違う、俺はただ、違うんだめい」
美範N「地べたを這うそれは、羽根をもがれた蛾のようで」
きよみN「それでも光を希う」
芽以「“ ”」(演者のあなたが台詞を入れて下さい)
贄 有理 @lily000
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます