幸せな村:贖罪の開始
第2話 幸せな村
「ハルトまだ剣を振っているの…早くこっちに来てよ……始まっちゃうよ」
「ああ、今行くよ」
本当に新たな旅が待っていた。ここは辺境の村、ディスト村。かつて僕が生み出した
今日は年に一度の収穫祭の日。村人たちは互いに食べ物を持ち寄り、ささやかなお祭りを開く。この日だけは酒も解禁され、村全体が祝福の空気に包まれる。
今年も無事に暮らせたへの森の神様への感謝と、来年への豊作を願う
「いや~、今年は誰が一番狩れるかな」
「やっぱりガンツの息子だろう。弓の腕は村一番って聞くぜ」
「でも去年は逃げて猪に追い回されてたじゃねえか!」
「ハハハ、それもそうだったな!」
村のは愉快な声が響く。誰も仲間はずれにされない。こんな温かい村が大好きだ。魔物や不安定な収穫といった危機が人々の心を豊かにしている。
それにこの村には僕の描いたキャラクターたちがいる。リアルに生きる彼ら、彼女らの存在に感動し、同時に後悔した。
かつては、自分が生み出したキャラクターの性格に根ざす出来事を変えることはそのキャラクターの否定になる。そう考えて書き換えることはできなかった。それでも描き直すべきだったかもしれない。
彼らは自分の意思で動き、話す。もう好き勝手に翻弄される物語のキャラクターではない。だからここも僕の描いた世界でなければいいと思う。
収穫祭の次の日、村の男たちが酒を飲んで寝ている時に魔物が襲ってきて当たり前の日々が失われる。
間の悪い不幸な出来事。僕が家族を失った悲しみを埋めるためのイベントが起こる。僕はご都合主義が嫌いだった。主人公にとっていい結果が転がり込む。見ているだけで憎悪が増す。
どうして、僕は何をしてもダメなのに何もしない奴が恵まれるのか。そういう醜い恨みが生んだ悲劇だった。
自分に対しても都合がいい物語を書くのは嫌だった。だから、魔物の襲来には理由がある。
この村の未婚の若者たちは、収穫祭の早朝に開かれる狩猟祭に出る。そして最も多く獲物を仕留めた者が、意中の女性に獲物を捧げる――告白できるのだ。村の神話では、その男女は森の神様に祝福されると信じられている。
だが、この風習が動物の狩りすぎにつながり、魔物が餌を求めて村まで降りてくる。今まで起こっても数体程度だったのがこの時は多すぎた。その結果、多くの命が奪われる。
ここに住む彼ら、彼女らは僕の生み出したキャラクターであっても、キャラクターではない。
ここで彼らは生き、日々を歩んでいる。
だからもし、書いた通りになるのだったら、僕がこの村を守る。襲われなかったらいいんだ。僕がバカみたいに魔物相手に剣の鍛錬をしているだけ。
「ハルト、お前また剣で狩りをする気か」
「そうするよ」
「弓の方が仕留めやすいっていうのにお前は」
「大物狙いなんですよ。今年こそ大物を仕留めてみせますよ」
「そう言ってお前去年も山菜を摘んできたじゃねえか」
「言いますねえ、賭けますか」
「おお、いいねえ。何を賭ける」
「採れたての山菜でどうですか」
「採れたてって――お前、大物狙うんじゃなかったのかよ」
人と話すのが苦手だった僕も冗談を言えるほど話せるようになった。僕は物語でこの気さくな人たちを殺した。僕のペンが人を殺した。
いつイベントが起きるかは分からない。サクラが若い時、そのくらいしか情報がない。今年かもしれないし、来年かもしれない。いっそ来ないかもしれない。
僕は
「ハルト、頑張ってたくさん狩ってサクラちゃんに告白しな」
「あの笑顔を見せてくれるだけで十分だよ。告白なんて、無理さ」
彼女は気さくで優しい。僕なんかにも分け隔てなく笑ってくれる。だからこそ、彼女のために剣を振るう覚悟ができた。そして、そんな彼女はみんなから愛されている。
母は大丈夫だって頑張りなと僕を狩猟祭に送り出すけど僕には彼女に自分の狩った獲物を捧げることなんてできない。ただこの村を守るために。そして、僕自身の罪を少しでも償うために。――愛する彼女を守るために。
森の奥で少しでも多くの魔物を狩る。魔物の数が減れば、この村は持ち堪えるかもしれない。僕が生きている限り、一匹でも多くの魔物を狩り続ける。
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