〈1話〉佐々木アキ、死す


日曜日。日の差し込まない湿った6畳のアパートの一室で佐々木アキ24歳は人類の英知の結晶であるカップラーメンを感情なく啜っていた。


俺のことだ。


日本の普通の家庭に生まれて、普通に大学に進学して普通に就職した。現在社会人2年目。特にこれといった知識も特技もなく、平社員として上司の尻に敷かれている。休みの日も特にすることがなく意味もなくスマホで麻雀をしながら昼飯を食べている。


〈ロン!〉


画面の向こうで乳の大きい黒髪の女雀士が俺に向かって叫ぶ。わかってるよ、そんな大きな声で言わなくたって、、、


システムに従って機械的に18,000点を絞り上げられたところで俺はスマホを閉じる。


生活自体に不満はなかった。恵まれている方だ。小さい頃から多くは無いけど仲の良い友達も出来たし、好きなサッカーも高校まで続けることが出来た。大学で彼女も2人出来たし、就活は少し大変だったけどぼちぼちのところに入れた。


だから、俺は至って普通なんだと思った。これが日本人の大半が経験する日常で、別に不幸なわけじゃない。


でも、なんか違う。その感覚だけが頭に残った。高望みかもしれないけど、もう少し生活に色があっても良いじゃないかと、そう思った。


落ち込んだ感情を消し去ろうと、俺は珈琲を淹れるために立ち上がり台所に向かった。出来たらかっこいいだろうと言う理由で俺は大学生時代に珈琲を豆を挽く段階から美味しく作る勉強をした。これは俺の人生の唯一のスキルと言っても良いかもしれない。


コーヒーを作ってリビングに戻るとスマホが鳴っていた。相手は高校時代によく遊んでいた亮太だった。


「もしもし亮太、久しぶりじゃん、どした?」


「アキ!おひさ!実は今週末仕事でそっち行っててさ、せっかくだし夜に飲み行きたいなって!空いてる?」


「ん、空いてるよ。仕事以外はいつも暇だ」


「仕事が回ってくるだけ幸福だろ。じゃあ詳細は後で送るわ!」


亮太はそう言って電話を切った。亮太とは高校時代にサッカー部で仲良くなりよく一緒に遊んでいた。いい機会かもしれない。亮太と話して死にかけてる心を動かそう。刺激が必要だ。


部屋を片付け1週間分の服を洗濯し、食器を洗って洗濯物を干す。そんな事をやっていたらすぐ夕方になった。久しぶりに外出用の一張羅に身を包み外に出た。絶賛冬将軍到来中の日本には冷たい空気が充満していて、深く息を吸い込むと肺まで凍ってしまいそうだった。夏はあんなに暑かったのに、冬は寒すぎる。春と秋の肩身の狭さに同情する。


待ち合わせ時間まであと30分、俺の今いる所から換算してもまだ少し時間があった。だから、近くのコンビニでウコンでも買おうと思って俺は裏路地に入った。


それが良くなかった。


裏路地に入ってすぐに、失敗したと思った。深くフードを被って血にまみれた包丁を持った男がこちらに走ってきていた。まだ大通りは近かったから、逃げればよかったんだ。でもなぜか、身体は逃げることを選択しなかった。俺でも正義のヒーローになれるのか試したかったのかもしれない。刺激が必要だっただけかもしれない。ガキの頃に思い描いた幻想が姿を見せた。だから立ち向かった。足に力を入れて突っ込んだ。頭の中には足元で地面が砕けるイメージが流れていた。


普通に死んだ。一刺し。


気がついたら俺は地面に転がっていた。薄れ行く意識の中で、大通りからの悲鳴が微かに聞こえる。男が大通りに出たのだ。今から地獄が始まるだろう。ごめんな大通りのみんな、俺は一刺しだったよ。


ごめんな亮太、楽しみにしてたんだぜ。


ごめんな母ちゃん父ちゃん、親孝行してやれなくて。


あと謝る人は、、、


このぐらいか、、、、


いやさすがにもうちょっと人生楽しみたかったよ?そうだよね?みんなもそう思うよね?


そこで俺の人生は終わった。分厚い幕がステージに降りる。


━━━━━━━━━━━━━━


そしてまた上がり始めた。


え?なんか幕上がっちゃってるんですけど、これ大丈夫ですか?故障ですか?


「故障じゃないよ。俺がお前を呼んだんだ」


気が付くと、俺は闇の中で1人のおじさんと相対していた。


おじさん?女神じゃなくて?

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