第2話 アリスと猫さん

 やっぱり初めては好きな人に捧げたい、と私は思う。

友人はそんな私のことを夢見る乙女ロマンチストだと言うが、私はそれを変えるつもりも必要も無いと思っている。

 だけど私も女だ。えっちをしてみたいと思うし、身体の疼きを感じる事もある。

 そのために私はこの世界へと飛び込んだ。

 バーチャル世界ならばいくら性行為セックスをしたとしても現実の私は処女のままだ。

 身体も崩れることはない。

 病気にかかることもない。

 後腐れもない。

 なんて、素晴らしい世界だろう。


 私はこの世界に出会いそのものは求めていなかった。なぜならこの世界は今の私と同じ『嘘』だからだ。

 この世界では来たるべき現実リアルでの初体験のための練習と快楽だけあれば良い。

 だから私は今日も一晩だけの関係を求める。


 その日も私は一夜の関係を求め繁華街へ出た。街を行く男たちの視線が心地良い。


 その男を見た途端、私は思わず吹き出しそうになった。デニムのジャケットにズボン、中には赤いTシャツ。はるか昔にあった「昭和」という時代のセンスだろうか?頭にバンダナでも巻いていれば完璧だっただろうが、さすがにそれは無かった。まるでタイムスリップでもしてきたかのような、その奇妙なファッションの男に、私は興味を抱いていた。


 今まであった男達、いや、この街にいる男性はみんな、流行を追いかけるような、いかにもバーチャル空間らしい華やかなファッションをしていた。彼のような雰囲気の男は初めてだった。


「あの、お兄さん、私と遊びませんか?」


 気がつけば私はその男を誘っていた。私から男を誘うことなんて滅多にない。彼のレトロなファッションは、どこか懐かしくて、新鮮だった。もしかしたら彼との行為は私にとって新しい発見になるかもしれない。そんな期待感と好奇心が、私を突き動かしていたのかもしれない。


「……え!?僕、ですか……」


「そ、お兄さん」


「……よ、よろしくお願いします」


 この街でこんな奇抜なファッションをする割には内気な感じだった。ホテルへと向かう道すがら聞いたことによると、イケてるファッションで来たつもりが周りから浮いていて、今正に帰ろうとしていた所らしかった。あー、このセンスは天然か。


「それでも、頭にバンダナとか巻いてないだけマシかな?」


「……実は、仮想現実デビューすることを友人に伝えたら『頭にバンダナとかは止めとけよ』って言われたもので……」


うん、その友達GJ!……でも服装がこのセンスなら、バンダナもあったほうが一体感があってよかったのかもしれないなぁ……


 ホテルに入ると早速服を脱ぎ、自慢の身体をアピールした。


「どうかな?私の身体」


「……とても、魅力的だと思います」


 彼はとても緊張しているようだった。初めてなのかな?


「こっちは?」


 そう言いつつ下半身の布を外す。ピッチリと閉じた無毛のソコが露わになる。


「……あ、ええと、もっと大人っぽい方が……」


 そう言った彼の股間は反応が悪かった。こっちの方が喜ぶ男性多いのになぁ。私はコンソールを開くとその部分のアバターを変更する。


「……毛は無くてもいいよね?」


それだけ確認すると少し花弁の開いたものを選択した。


「……それなら、まあ……あまり幼い感じだと、姪っ子を思い出してしまうので……ごめんなさい」


 なるほど。それならまあ分かる。


「良いよ。それよりも、楽しみましょ?」


そう言って私もベッドの上へと上がった。


「……僕、初めてなので、優しくして下さい」


 この街でだいぶ男性と遊んで来たが、童貞ハツモノは初めてだった。この街で女性と遊ぶような男は大体慣れた遊び人だ。そこがまた新鮮だった。

 彼の上にまたがると、まるで小動物を狙う猛獣になった気分だった。


 彼との行為は新鮮で楽しく、結局朝まで一緒にいた。彼とならまた遊んでも良いと思ったのは彼の初めてを貰ったという特別感からだろうか?


「えっと、あなたの名前は……チャサー?」


 表示欄には『CHASER』と書いてあったが英語は読めなかった。


「よくわからないからチェシャ猫、猫さんで良いよね」


「……うん、君の好きなように呼んで良いよ」


「それじゃあフレンド登録しとくね。また、遊びましょ?」


「……え、……うん!」


 猫さんは無邪気な笑顔を向けた。その笑顔は眩しくてドキッとしたのと同時に今の自分が嘘であるという事に罪悪感を感じた。


「……それじゃあ、時間だからログアウトするね。それじゃまた」



 ログアウトするとパンの焼けるいい匂いが漂って来た。下でお母さんの呼ぶ声が聞こえる。いつもの朝の光景だ。

 私は怒られないように下へ行き速やかに朝食を済ませ、学校へと行く準備をする。


「行ってきまーす」


 私はそう言うと赤いカバンランドセルを背負い学校へと向かった。

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偽りの国のアリス 臥龍岡四月朔日 @nagaoka-watanuki

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