第2話関わってはならなかった

 翌日の木曜日。

 昼休憩に私は教室を抜け、校舎と体育館の間の狭いスペースに建つ小さな東屋に身を潜め、昼食を摂っていた。

 東屋の周囲は雑草が生い茂り、近付くには雑草を踏まなければならない。

 東屋に誰かが近付く雑草を踏み付ける物音が聞こえた私は、咄嗟に屈んで姿を隠す。

「おぉ〜い、穂乃実ちゃん!そこにいるんでしょ?私だよ〜不破だから怖がらずに姿を見せて〜!」

 確かに不破の声だ。

 彼女は昨日、私に脚を舐めさせた人物だ。恐怖心も警戒心も抱かずに姿を晒せと叫ばれても、安心はない。

「穂乃実ちゃ〜ん、出てきてよ!お姉ちゃんの友達を怖がることないじゃない。ねぇ、出てきてよ。出てきてほしいなぁ〜穂乃実ちゃん」

「……」

「ねぇ、穂乃実ちゃん〜……?阿多呉みたいな強引なことしないから〜出てきてくれないかなぁ〜?」

「……ひぃっ」

「やっぱりねぇ。私は彼女みたいに穂乃実ちゃんを傷付けないから。ねぇ〜出てきてよ、お願い!」

 私は観念し、不破に姿を見せる。

「穂乃実ちゃんの傍に行っても良い?」

「……はい」


 彼女が東屋に脚を踏み入れ、私の左隣に腰を下ろした。

「何で……彼女が……?」

「あの同中おなちゅーで、たまたまあの娘が目についてさぁ……からかってたらあぁなっちゃってさぁ。あの娘に代わって、ごめんね穂乃実ちゃん。以前は穂乃実ちゃんみたいに可愛げがあったんだ、アレでもさぁ。辛いよね、うんうん……私に辛いことはぶちまけてよ。ねっ、穂乃実ちゃん」

「貴女……私をどう——」

「穂乃実ちゃんには、私の要求に応えてほしいだけだよ。痛いことは……あぁ、しないかな。穂乃実ちゃんが今よりも可愛くなるように……私が仕上げるよ。今日の放課後から、レッスンだね。可愛くなりたいよね、穂乃実ちゃん」

 彼女が私の片頬に片手を伸ばし、掌で触れる。

「拒否……でき、ますか?」

「拒否……するの?」

「しぃっ……しませんっ」

 私は不破の漆黒あくいに染まる瞳に見られ、拒めずに受け入れた。

「そう。それが穂乃実ちゃんにとって、最善の選択だね。ふふっ。穂乃実ちゃん、今日は阿多呉がらくたらから嫌がらせをされた?」

「さ……されてない、です。不破さんが……?」

「穂乃実ちゃんのご想像通りね。お姉ちゃんにバラす?」

「バラしません。ですからぁっ……いじめないでください。お願いです、不破様ぁ……」

「いじめだなんて……失礼ね。可愛くなるレッスン、頑張ろうね穂乃実ちゃん」

「はいぃ、頑張ります……」

 私は片頬に添えるように掌を触れたまま撫でる彼女の手に、怯えながらこくこくと頭を動かす。


 用事を済ませ満足そうに笑みを浮かべた彼女は東屋を立ち去った。

 私は悪寒で全身が震え、放課後を迎えるのを恐れた。

 不破悠歌が浮かべた笑顔は、凶悪なものに見えた。

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