二 帰省

 三週間後。

 九月二十四日、金曜日。

 堀田正俊は上野駅から新幹線に乗った。経済的にも余裕ができた。実家へ帰ったら実家を手伝い、しばらくのんびりしようと思った。


 新幹線の発車間際に、中年の女が堀田の隣りに現れて、重そうなケースを網棚にあげようとして困っている。

「手伝いますよ」

 正俊は立ちあがった。女の頭が正俊の胸の位置へ移動した。

「すみませんね・・・」

 女が正俊を見あげた。ほーっと溜息をついている。

 正俊はクロの靴に濃紺のスーツ、薄いピンクのワイシャツに、バーバリーのクロとエンジ色のネクタイをしている。調髪が伸びた髪は軽くウエーブがかかり、童顔と長身が妙なバランスを醸し出している。


 新幹線が動きだした。網棚にケースが乗り、正俊は座った。

「すみませんね。よかったらこれをどうぞ」

 女は、原田伸子と自己紹介し、トートバッグから無糖の缶コーヒーをだして正俊にわたした。

「私、こういう仕事してますの・・・」

 原田伸子は堀田に名刺をわたした。名刺には

『Jewelry Pandora チーフマネージャー 原田伸子』

 と、長野市内の住所と電話番号などが書かれている。

「堀田正俊と言います。これから長野の実家へ帰るところです」

「あら、学生さんなの?それとも、今日は仕事はおやすみなの?」

 現在、午後三時を過ぎている。大学生にしては身なりがきちんとしている。会社勤めなら仕事中の時間だ。

「あははっ、どっちでもないよ・・・。実は・・・」

 こうして指定席を隣り合うのもなにかの縁だと思い、正俊は原田伸子にこれまでの経緯を説明した。

「大変だったのね・・・。それで実家へ帰って、仕事を探すのね・・・」

「しばらくのんびりします。今すぐに探しても退社理由を訊かれる。それなりに対策を考えないといけないね。

 実家が運送業をしてるから、しばらく手伝おうかと思ってる。

 免許もあるんだ・・・」

 正俊は大学時代に、大型車両と牽引車両の免許を取っている。当時を思い、こうなるのを予想してたんだな、と思いだし笑いした。


「私の知り合いで、堀田と言う人がいるわ。もしかして堀田正信さんのご長男?」

「ああ、父を知っているんですか。俺は次男です。兄が運送業を継いでます」

 正俊は驚かなかった。年輩の人なら、古くからある地元の運送屋を知っていて不思議はない。

「いいわね。息子さんたちがいて・・・」

 原田伸子は何か考えている。

「原田さんはいないんですか?」

 話したあとで、正俊は、この質問はしないほうがよかったと思った。

「ええ、いないわ。でも、姪夫婦が新聞記者をやめて、Jewelry Pandoraを継いで、同居することになってるわ。今、修行中よ」

「新聞記者って、もしかして飛田佐介さん?」

「あら、そうよ。知り合いなの?」

「大学の先輩です。会社訪問で訪ねたことがあります。女の上司に使われてました。それで先輩の会社の就職をあきらめました」

 気むずかしい女の上司には使われたくないと正俊は思った。

「その上司が私の姪よ。飛田さんの奧さんなのよ」

「へーっ、わからないもんですね・・・」

 正俊はおどろきを隠せなかった。 

 原田伸子は姪小田真理のためにいろいろ画策していた過去について正俊には話さなかった。

「正俊さん、二十四歳なの」

 原田伸子は正俊について何か考えているようだった。

「ええ、そうです。もうすぐ二十五です。歳がなにか?」

「ぜひ、あなたにお願いしたいことがあるの。運送の仕事よ」

「なんでしょう?」

「長野市内のリンゴ園へ、私の家から荷物を運んで欲しいの。引きうけてくれるかしら?」

 原田伸子はほほえみながら堀田を見ている。

「兄に仕事の依頼だと話しておきますが・・・」

「あなたでないとだめなのよ。日取りは、そうね・・・。

 あらためて堀田運送へ連絡するわ。あなたに荷物を運んで欲しいのよ」

「わかりました。連絡してください」

 早々に仕事の依頼とは幸先がいいなと正俊は思った。

 その後、正俊と原田伸子は、長野までの一時間半ほどを話しながら過した。

 原田伸子にとってその時間だけで正俊の人柄を把握できた。

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