現代に帰還した英雄、ダンジョン配信で無双した結果バズってしまう

芦屋

第1話 勇者の戦いは終わった

 長い、長い旅路の果て。

 激しい戦いだった。


 天は裂け、地は割れ。

 魔王が唱えた魔法は山を砕き。

 勇者が放った剣は城を砕く。


 両者一歩も譲らぬ攻防はもう三日三晩にも及ぶ。


「……クソ、もう指一本動きやしねえ」


 男は睥睨していた。

 金色の長髪をたてがみのように後ろへ流している男。

 その男の身体には無傷な箇所などひとつもなく、こうして意識を保っているのが奇跡なほど。

 尋常ではないタフネスがなし得る業だとしてもこれは異様だ。


 金髪の男――傭兵王はその双眸で魔王を睨み……しかしその体力すら残っていないようだ。


「勝て、ジン。勝って――始めるんだ」



 その少年は足を折っていた。

 駿馬のごとく、虎のごとく走るための両足をくじかれた。

 しかしそれでも手持ちの宝具による援護を続けていたが、それもついに尽きた。


 褐色の少年。盗賊王の名を継いだその者は、しかしまだ勝利を諦めてなどはいなかった。


「ジン兄ちゃん……。あとは頼むなんて言えるわけがねえっ……!」


 少女は祈っていた。

 勇者の傷を癒やす奇跡の祈りを絶やすことなく続け、自らが魔法の余波に巻き込まれてもまだ自分を治癒することはなく。

 だがその祈祷もついには絶える。


 銀髪の少女。


 ――時の魔女と呼ばれた彼女の祈りは、もう届かない。


「ジン……。勝って! わたしが信じた貴方は……こんなところで死なない!」



「慕う者も消え、ようやく一人だな」

「ひとりなんかじゃないさ」

「口だけは達者なようだ」


 ふたつの黒い角を持つ魔王は嗤う。

 光すら吸収してしまう黒い鎧を身に纏う魔王。

 勝利を確信した彼は最後に残った少年を始末せんと、その両の手に魔法を纏う。


「勇者か。味方が全て倒れても闘志を絶やさぬのは流石だな」

「……勝負は最後まで分からないもんだ」

「いや、趨勢はすでに決した。だがな、我は貴様を評価しておる。――我が軍門に降れ、勇者よ。さすれば世界の――」

「断る!」


 魔王の言葉を遮って拒絶をする勇者。

 その無礼に魔王は驚くことなくかすかに笑う。


「よかろう。では死ね」


 両手を勇者に向け――とどめていた魔法を放つ。

 熱を帯びた魔法は勇者に届き、その身体を蒸発させる――はずだった。


「――〈雷光〉」


 わずかな勇者の声。必殺の魔法を放った先に、魔王の敵たる勇者はいない。

 どこだ――?

 魔王の疑問を余所に、彼の視界はずるり、とズレる。


 暗黒の雲によって閉ざされた空が視界一杯に映る。

 そのわずかな隙間から光が差し――徐々に広がっていく。


 そして魔王の――自身が見慣れた暗黒の鎧がドシン、と自分の目の前に倒れた。

 光を通さぬ鎧は、しかし急速に砕かれていく。


 その瞬間、魔王は首を取られたのだということに気付く。


 誰に――?

 まさか、あの小僧に――?



 魔王の首を獲り、俺はぐったりと倒れ込む。

 俺は、刈麻仁かるま・じんはようやく本懐を成し遂げたのだとほっと一息を吐いた。


「本当にハラハラさせるんだから」


 少女は身の丈以上の長さの杖をつきながらこちらに向かってくる。

 俺が困ったように笑うと、少女は「もっとしっかりしてよね」となぜかとびきりの笑顔を向けた。


「……っ」


 腰まで伸びた銀糸の髪は旅路の中であっても美しく。

 白磁の肌、細い手足。

 とんがり帽子の下はたまご型の輪郭に、金の双眸、そしてすっと通った鼻梁、薄い桜色を塗ったかのような唇。

 身体は未成熟で、これで千年も生きているなんて想像もつかないほど。


 少女――ティアナはこちらに寄って手を差し出す。

 その表情は寂しそうで、群れからはぐれた羊のよう。


「もう、帰るんだね」

「いや、俺はここに残って、君と――」


 一緒にいたいんだ。

 そう告げようとした瞬間、魔王の遺体から激しく炎が燃え上がる。


 俺は立ち上がってティアナの前に立ち、地面に刺している聖剣を抜き去る。


 魔王から出でた黒い炎はたちどころに煙となり、うっすらとそこに表情が描かれる。

 それは先ほど倒したばかりの魔王のもので。

 

「認めぬ、認めぬぞ勇者よ! 我が神よ、我を贄とし、顕現したまえ!」

「させるか――!」


 煙を斬った瞬間、俺の身体は魔法によって射貫かれ――。

 ティアナの叫び声。消えゆく魔王の哄笑、そして空に現れる二つの角と九つの尾を持つ竜――邪神。


 それは一目見ただけで生かしてはならないものだと理解し、俺は残りの力で声を出す。

 勇者になれば一度だけなんでも願いを叶えてもらえる権利、愚行権を発動するために。


「クソ天使、最期の願いだ。こいつを封印しろっ……!」


 この化物は放っておいてはいけない。

 いまここで手を打たなければ、魔王とは比べものにならない暴力で世界を滅ぼすだろう。

 だから――この聖剣に――!



 美しい男の声が、「まかせてくれ」と脳裏を過った。

 邪神の魔法で身体が朽ちていく。ティアナがない力を振り絞って治癒を施そうとしている。聖剣が輝きを失っていく。


 やけにはっきりした意識の中で俺は苦笑いをする。

 あーあ、せっかく魔王を倒してあとは余生を過ごすだけだったのに。

 ティアナへの告白だってまだまだ続きがあったのに、なんなら了承だって貰ってない。


 泣かないでくれ、ティアナ。

 俺が幸せにするつもりだったけれど、もうそれは叶わないから。

 だから――


「幸せになってくれ、ティアナ」


 ティアナはなにかを叫んで首を横に振っている。

 霧散していく俺の身体にすがって涙をこぼしている。


 大好きな人を幸せにすることはできなかったけど、こうして看取られるなら悪くないかも。

 そんなことを思いながら、俺は意識を失った。




 ――はずだった。


「……あの世ってのは随分と病院みたいだな」


 それも、日本の。

 異世界で見聞きしてきた神官が奇跡を使って治すような場所ではないようだ。


 白い天井に切れかけの電灯。

 視界の端には点滴のパックが映り、そこから伸びる管は俺の身体に向かって伸びていた。


「どういうことだ……? まさか、戻ってきたのか?」

「そういうこと。ただし、君のいない間に変わってしまったものもあるようだ」


 美しい男の声。

 窓際の面会者用の椅子に座っているのは、黒翼を背中に生やした白髪の美しい青年だった。

 ゆったりとした黒色の法衣を身に纏ったそいつは、こちらが視線を向けるとやけに嬉しそうに笑うのだ。


「簡単に言えば愚行権の効果だ。身に宿した魔神を封印し、力を削るために君ごとこの世界に送りつけた」


 サラッと言っているが大問題だ。そんなことをしてしまえば――。


「封印が解けたらこの世界は終わりだぞ。なんでそんなことをした」

「魔力が多いあの世界でやれば甚大な被害は出ただろうが、魔力がなかったこの世界ならその被害もないからね。それに君が聖剣の力を使わなければ魔神は君の寿命と共に死ぬさ」

「……それならいい。いいけど……」

「ははは、ティアナ嬢のことならどうせ見込みはなかったしいいじゃないか。フラれるショックを味わわなくて済む」

「ふ、振られねえよ!」

「それはそれとして、ティアナ嬢含め、君の仲間たちは全員無事だ。最後にそれだけ伝えておこうと思ってね。それじゃあ君の人生に幸多からんことを」

「帰れ! 二度と来るな! クソ天使!」


 爽やかな笑い声を上げながらすうっと消えていくクソ天使。

 大きな声を上げたらお腹が空いてきたな……。腹の虫が鳴いてしまっている。


「はあ……。ここが本当に日本の病院なら売店になにかあるだろ」


 ベッドから立ち上がろうとして……どん、と床に倒れてしまう。

 どうやら足が折れているようだ。俺は呼吸を整え闘気によって足を治す。


 ふう、どうやら力自体は大きく減じているようだが使えないことはないようだ。

 俺は床から起き上がり先ほどまでクソ天使が座っていた椅子の前に立つ。


 窓から見える都市の景色はかつてみたものと変わりはない。

 はずだったのだが……。


 人の身体ほどの体長を持つ大きな蜂……殺人蜂が窓に突進してくるではないか。


「うおっ、危なっ」

「――!」


 とっさに風の魔法を放って切り落とす。すると両断された大きな蜂の身体は重力に従って落ちていき――誰かが「モンスターよ!」と叫んだ。


 え……。もしかして魔物が認知されてる系……?

 元の世界……じゃない!?

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