第3話 無慈悲な自然現象
「…話長くなるよ。 立ってても疲れはしないと思うけど、座ってくれると嬉しいかな」
顔から手を放し、ナギを睨んだまま左手で椅子を引き、座った。
「ありがとう、アラタ」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気ではなく、柔らかな笑顔を向けてくるナギ。
ちがうんだよ、ナギ…
「聞きたくないとは思うけど、アラタは今生きているのが不思議な状態で、いつ死んでもおかしくない。まぁこれには仕掛けがあるんだけど、あとで話そう」
テーブルに突如コーヒーが2セット現れた。
「アラタはさ、一番最近の記憶の中でなにか変なことが起きなかった? 例えば大きな落雷があったとか、街中にいるのに突然周りから音が聞こえなくなったりとか」
「どっちもあったよ。…例えの質問の割には随分具体的だな」
「あはは、トゲがあるなぁ。 うん、ヨシ!遠回りはやめよう。 認知外も含む全ては、可能性の数だけ存在していて、お互いにわずかに干渉し合っているって聞いたことある? この世界での52時間前、近似世界での局所的なエントロピー増大が、見かけ上の次元を平滑化しようとする【自然現象】の概念を顕在化させたんだ」
「…え?」
「無限に続く並行に存在しうるこの全てにおいて、平滑化、顕在化は【自然現象】なので手がだせない。平滑化、顕在化自体を現象として捉えることができることの方が圧倒的に少ないんだ」
「え? ちょっと何を…」
瞳の色を僅かに失ったナギが、淡々と語り出した。 なんだ、俺が感情を出しすぎたからか?
「待った待った、俺が悪かった。いや、怒りモードで話し出した手前、引っ込みがつかなくなっていただけだ。読めるんだろ、俺はそれほど怒っていない。この状況で夢が覚める時にどうなってしまうのか恐怖の方が上だ」
明晰夢なのか、やはり身動きできずベッド上なのか、こうやって周りが見ているこの状態って夢って言えるのか? 天国?地獄? 姪の
「正確に現実を知ってもらいたいのは事実。これは夢ではないし、生死を彷徨う状態だし、異世界転生でもない。ここから戻ればアラタはたくさんの管に繋がれベッドの上だよ」
「そうか。 でも干渉とか顕在化とかわからない。恐怖しかない。俺はこの後どうなるんだ?」
「アラタが素直になって嬉しいよ。 簡単に言うとね、この世は何でもアリなんだ」
ナギが困ったように笑う。
「こう考えてみて。このカップにコーヒーが入っている世界と、コーヒーを飲み干したカラのカップの世界。これで世界は2パターン。さらにカップがガラス製の世界と陶器製の世界。これで4パターン。考えられる全てのパターン分岐が同時に存在する。今の一瞬を切り取ったとしても、すべてを認識するのは不可能なのが現実」
「あらゆる可能性って? 聞いたことあるな…不確定性原理とか多世界解釈とか…神はサイコロを振るんだっけ振らないんだっけ?」
「へーよく知ってるねアラタ。 そう。無限の階層、無限の誤差、無限の時間。 把握するなんて烏滸がましい」
ナギから表情がなくなる。
「確定なんて概念も言葉もない。それなのに平滑化という【自然現象】は起きるんだ。 例えば十万分の一の誤差の世界が数億あったとしても、最大公約数的な近似世界としていずれ淘汰吸収されて統合される。 でも別々の近似世界が局所的に存在するとエントロピーが増大して『歪み』を派生させる。 高エネルギーから低エネルギーへ遷移するように、『歪み』は『平静』へ顕在化して抑え込まれ平滑化する。 意図的なのかそうでないのか、意図があるなら誰の意図? 【自然現象】だからと言って決して許される事じゃない」
「…ナギ?」
「これが当事者を無視して無慈悲に行われていること。 これが大問題だし、アラタが今置かれている状況の元凶だよ。 起きたことは、全てから見ればクォーク一個にも満たない無に等しいと言わんばかりに…」
「はは、つまり今の俺は宝くじ一等当選より高確率な存在か」
「ある意味それよりうーんと遥かに上かな」
「俺が『天文学的レア』なのは分かったよ。分かりたくないけどな。 それがこの状態で生きている事とどう関係してるんだ」
「この【自然現象】は無慈悲なくせに、ホント極々稀に【慈悲】を見せる時があるんだ。それこそ『天文学的レア』な【当事者】を無視してね。 それが…」
「俺ねぇ」
背もたれに体を預け、ぬるくなったコーヒーをズズズと啜る。 うまっ! 世界一のバリスタか!
「冷めても美味しいでしょ」
ナギが少しだけ笑顔を見せてくれた。
「話続けるね。 【自然現象】が見せた今回の【慈悲】、近似世界だからお互いに認識できないけど、2つの事案とそれに伴う3つの現象が起きたの。 その一つがアラタ」
コーヒーカップをテーブルに置いてナギの顔を見る
「俺の…頭か…」
「そう。 『慈悲』とは言ってるけどそれ自体に意味はない。 【当事者】が【慈悲】に意味を見出しているのが正しいんだと思う。 まぁ、普段の『自然現象さん』は、近似世界のバランス崩壊を、因果の分解でぶった切っちゃうから当事者も何もないけどね」
「因果の分解? 俺の件は違うのか?頭が分解されたとか」
「ううん、 因果の分解は『その場の事実を事象の最小単位』にして、以降の認知の流れに過不足なく矛盾なく溶け込ませる…言葉にするとむずかしいな」
「それって、周りに気付かれないように、いい感じに無かったことにするって感じか」
「あー…簡単に言えば…そう…なのかなぁ…」
うーんと唸って納得いってない感じのナギ。だってそういう事じゃないの?
「よくわからないが、【自然現象】の気まぐれから生きて?ナギに拾われたと」
「そーね、そんな感じ…」
ちょっと肩が落ちてるナギ。俺が簡単に片づけたのがそんなに気に食わなかったのか。
気まずいから話の流れを変えよう…
「そもそもナギは何者なんだ?」
「近似世界を渡れて、平滑化を現象として捉えることができるだけ。 『自然現象さん』が何なのかも探ってる」
こんなことやってのけるのは…やっぱあれ?
「今更だけど、もしかして…ナギって…神…」
「違う違う違う! 私も炭素メイン! 認知次元に意識だけ呼んだりできるけど、アラタたちだってこのまま100年も頑張れば基礎理論ぐらい確立できるよ」
そう云うものなのか。 まぁできれば半分になる前に助けてほしかったかな。
「あ、それは事が起きてからじゃないと干渉できなくて …なんかごめん」
胸の前で手を合わせて謝るナギ。 ナギのレベルでも宗教があるのか?
なんか急にナギに親近感がわいてきた。ずうっと足はプルってるけどな。
「アラタにいい事教えてあげようか。 手を合わせるのって、結構全存在共通」
マジか。
つづく
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