第2話 財全四郎
その部屋は病院関係者からはICUと呼ばれていたが、どの病棟からも隔絶され、救急車両からか、IDを持った限られた医師しか入れないエリアにあった。
「奥のICUに誰か入ったのか?」
「昨日の21時くらいに相当ヤバい状態で担ぎ込まれたらしい」
「ヤバいって?」
「救急のヤツが言ってたが…」
「おい」
廊下で立話をしていた医師が、エレベーターから出てきた一団に気付いて会話を制止した。一団がすれ違う時に軽く会釈する。
「
話していた医師の一人が、小声で呟きながら一団の先頭に視線を送る。
一団は、廊下の突き当りにある扉の前で電子錠にIDを翳し中に入っていった。
「財全が出張ってきたか… ICUに入ったな」
「で、担ぎ込まれたヤツって?」
「いや、それがな…」
「…状態は」
「頭骨左側、左上顎骨消失。大脳左半球、脳梁周辺部、小脳、脳幹が損傷消失。左眼球および左鼻腔、鼻中隔、舌体、舌尖、舌根全消失…」
「意識混濁で反応はありません。不規則な電位活性が見られますが、脳波の検出は軽微です。 バイタルはほぼ正常値」
「頭部を除いては、左肩の擦過傷、腰部の打撲が認められます」
「…脳幹があんなに大きく損傷しているのに、なぜ生きているのかわかりません…」
「言葉に気を付けろ」
「申し訳ありません、財全教授…」
「ですが、保護ジェルが導入されていなければ間違いなく…」
「カテーテルで全血を、保護ジェルへは補液の充填をしています」
「財全教授の執刀で45分後に確認修復オペを設定しております」
「ああ、わかっている。 輸血と人を絶やすな。家族には言えないが、大事なサンプルでもある」
「…承知しました」
うわー 白っぽい巨塔か…。 つーか俺サンプル? 頭の左半分無いの? なんで生きてんの? 人間て丈夫だな ニーンゲンっていいな♪
窓から見下ろしていた『白っぽい巨塔S’』が来る前から目が覚めて?るんだが。 ん?体動かないのに、何で窓の向こうが見えたんだ。会話も聞こえたし。ニンゲンてスゴイな。 そうじゃない! 俺、マジでどうなってんの!? 保護ジェルって何? 頭に何か入れたのか ヤバい!ホントに体が動かない!
声がでてない!? 体が動かない! 怖い!助けて! 誰か助けてくれ!! 誰か!!
(助けてあげるから落ち着いて)
誰だ!!
寝返りが打てた。気がした。
!!
寝返りを打つと、左横に右腕を枕にした白い服の人物が添い寝していた。
(じゃ、行こっか)
ドプンと水に落ちるような感覚と共に、周りの風景が一瞬で入れ替わった。
「だいぶしゃべりやすくなったんじゃない」
素材の良さそうなゆったりした白いジャージの人物が俺の前に立っていた。髪がショートボブなのはわかるが、見ているのに顔が知覚できない。
目を凝らすとだんだんはっきり見えてくる。半径3メートルほどの空間。アスファルト、メタリックな鉄柵、木、雑草、電柱、自販機、生活の1コマを半径3メートルの円筒形に切り取った空間。漆黒の空間にまるでジオラマかのように浮かぶアスファルトの上に俺は立っていた。ここには見覚えがある。
「ここは、…お前はだれだ…」
「一時的とはいえ、助けてあげたんだけど、言うことはない?」
「…俺はどうなっている」
「ふう、 まあいいや。 どう調子は? 良いわけないか」
アハハハハと乾いた笑いが返ってくる。腰に手を当て笑っている。イラッ。
若いのか、歳くってんのか、男か、女か。 こいつはいったい…
「何モンだ…おまえ…」
眉間に力が入る。目の前の物を必死に認識しようとするが、何かに邪魔されるような、間に薄布が一枚挟まったような名状しがたいイライラムズムズ。
白い人物が胸の前でポンと手を打つと、
「まずは、何が起きたのか説明しないとね」
そう言うと腕を広げて少し顔をあげると、なぜか白い人物に上からスポットライトが当たった。
荘厳な感じのBGMまで流れてきた。
「ふざけてんのか?」
「いやいや、雰囲気作り?」
「何で疑問形なんだよ! めんどくさい! いいからこの状況を説明してくれ!!!」
思わず怒鳴ってしまった。顔の左半分がズクンズクンする。無意識に顔の左側に触れてしまう。
あれ? 体は動かず、立っていられるはずもなく…
「まずはそれからだね」
顔の左側を押さえながら白い人物を睨む。
「そうだなぁ… あ、その前に私の事は『白い人物』じゃなくて、ナギって呼んでよ。最近気に入ってるんだ。凪でも那岐でもなぎでもいいよ」
「……」
「あはは、もう怖いなぁ、 ちなみに女性格」
ジャージの胸下あたりを背中側に引っ張って胸を強調する。そこそこありやがる。
私らホントはそーゆーの関係ないんだけどねーと言って、ナギがペロッと舌を出した。
白い人物…ナギを見ているピントが徐々に合ってくる。姿かたちがハッキリしてきた。
「これでちょっとは話ができるかな」
ライトブラウンのショートボブ、綺麗な顔立ちをしている。深紅の瞳のとんでもない美人だったのがなんかムカつく。160cmくらいだろうか、上下ともにゆったりした白ジャージだが裸足だった。
「説明してくれ…」
顔を押さえながら、右視線を射殺す勢いでナギに向ける。
「先ずは、キミの名前を教えてよ」
「…わかるんだろ」
「うん。 でもキミの声で聴きたいな」
「…
「アラタか。いい名前だね」
「…」
「……アラタの『今』から話をしよう」
ため息交じりのナギが右手を挙げてパチンと指を鳴らすと、椅子とテーブルが現れ、ナギに当たっていたスポットライトが広がりテーブルセット全体に広がった。
「掛けて」
ナギが椅子を進めてくる。
「…話長くなるよ。 立ってても疲れはしないと思うけど、座ってくれると嬉しいかな」
つづく
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