アラフォーおじさんの半分は良心回路で出来ています ~取れちゃったものは魔法と科学で補います~

rina103

第1話 笑顔が二チャついていた

 士丈新しじょうあらたは最後の昭和人間だ。渋々ジムに通って年齢に抗い、部下と上司に挟まれ、疲労困憊のなか無為な時間を…


「過ごしているのであった…じゃないんだよなぁ」

「ん? なんか言ったか?」

「うん? 俺何か言ってたか」

「『じゃないんだ』 とか…」


 会社から出て五反田駅に向かうべく、雑踏の中を歩いていく。

 かけいは、いろいろ薄いクセに耳聡い男だ…


「いやぁ最近、自分でもびっくりするくらい独り言いってるらしいんだよ…」

「らしいって?」

「中矢に酒の席でツッコまれた」

「はは、相当疲れてんな」

「そーなー」


 口に出した自分の言葉でへこむ。務める会社は五反田で6フロア使えるくらいの中堅どころ。順風満帆といえばそうかもしれないが、

 皆さんご存知中間管理職。部下を持って5年ちょっとの俺は、早くも上下のプレッシャーで潰れかけている。


「そーいや、あいつら置いて来ちゃったけど、いいのか? ほら、いるじゃん 香乃ちゃんだっけ? おっぱいの」

「おまえ、固有名詞をおっぱいとか、ポリス沙汰だぞそれ」

「ハハハハ、部下にビビりすぎだよ。いちいちそんなんで騒がないって」

「セクハラ案件に俺を巻き込むな。おっぱいは自分で何とかしてくれ…」

「へーへー。じゃぁ来週あたりオレがあのでっかいのに吸い付くことにしよう。アレはウチん所でも有名」

「彼氏、自衛官だってよ。射殺されないようにな」

「マジか!!」


 今日は珍しく部下に誘われたが、やんわり断った。なんかあの子たち怖えーのよ。飲みの席での会話が半分くらい意味不明。全然入ってこない。マジ異世界。


「はぁ、今年の新人、アラフォーおじさんには荷が重い… まぁとりあえずは残業1時間に収まった今日の快挙を喜ぼう」

「えー…あんなぽやぽやした子が…カレシいるんだ…そりゃいるか…毎日あのおっぱいを…」

「なにブツブツ言ってんだ」


 どうせこいつは、深刻な顔して女の事しか考えていないんだよ。仕事しろ。

 しかし、残業が1時間ってだけで、なにこのプレミアム感。いつもの街並みがなぜだかキラキラしてるぜ。


「おっと、んなこと言ってる場合じゃなかった」


 赤信号で立ち止まった筧が交差点を右へ進もうとした。


「どした?」

「あー、今日はちょっと大崎から帰るわ」

「歩きでか? タクシー拾えば」

「いや、天王洲行くんよ。大崎から電車乗る。駅まで大した距離じゃないし、健康にもいい」

「セクハラしたり、身体に気を使ったり忙しいヤツだな」

「ってことで、オレはここでドロンさせていただきやす」


 五郎〇のルーティンみたいなポーズを取りやがった。ちょっとイラっとする。


「…もう一生『ドロン』なんて聞かないと思ってたよ」

「ほんじゃ、またな」

「おう。俺ちょっと飲んで帰るわ」

「ほどほどにな。早く帰れよ」


 筧が楽しそうに大崎へ向かって歩いていく。 ありゃ女だな。 おっさんがウキウキしていて見苦しい。


「早く帰ったからといって、誰か待ってるわけじゃないんだけどな」


 再び自分の言葉でへこむ。独身。いや、いたよ彼女。少々遅いスタートだが、大学時代はそれなりに。

 就職してしばらくすると、いなくなったねー彼女。なんでかなぁ。Webマンガのあの会社、いいなぁ、俺もあそこに転職したいなぁ。

 あぁ、背の低いかわいい部下に慕われたい、上司に褒められたい。でも、今の新人はいらねー。


「7時過ぎ…さっさと飲んで帰るか… もつ煮だな」


 駅に向かう人の流れからちょっと外れて脇道に入ると、少しだけ心が解れた。俺の五反田最強伝説始まる。


「ん、このビル、建て替えなんだ」


 目黒川沿いの雑居ビルが防音シートとパネルで囲われていた。


「気が付かなかったなぁ なにができるのか…」


 なんとなく見上げた解体中のビル。防音シートが風にたなびいている。

 急に重苦しい感じがした。風が止む。雑踏や車道の音が突然消える。


 ドゴオォォォォォォォォォォォォォォォォォォン


 全方向から圧力をもった大音響が襲ってくる。思わず耳を塞いで蹲る。


「な、なん…」


 バンという音と共に街中の明かりが消えた。


「なんだ!なんだ!なんだ!なんだ!!」


 ホントに真っ暗だ! 右も左もわからねぇ!


 周りから悲鳴や怒声が聞こえてくるが、不思議と交通事故のような音は聞こえてこない。

 と、とにかく動いたらヤバそうだ。リュックを下ろして頭の上に置き万が一に備えるくらいしかできない。

 訳の分からない時間が過ぎていく。3分か、10分か、1時間か、重苦しい闇の中でじっとするしかない。


 頭上にあった得体の知れないプレッシャーがふっと消えると、街に明かりが戻る。


「何だったんだ、今のは何だ…」


 リュックはそのままにゆっくり立ち上がって周りを見渡す。


「マジヤベー こわー」


 一人ブルってキョロキョロしてると向いにOLさん3人組がいることに気付いた。3人ともが俺の頭上を見て指さしている。

 内の一人が俺に何か叫んできた。


「何?」


 リュックを下ろして笑顔を向ける。ちょっとニチャついた笑顔になったかな。

 OLさんたちが走り出す。


「俺の笑顔そんなにキモかったか」


 離れた所にいたサラリーマン的な人たちも何か叫んでいる。

 上の方で『ガゴン』という音がした気がする。


「ん?」


 見上げると目の前に足場らしきものが迫っていた。


「あ」


 一瞬ですべての『諦め』がついた。体が全く動かない。避けられない。

 次の瞬間、頭が熱いと感じて視界が再び真っ暗になる。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあ」


 悲鳴が聞こえたなと思ったらすべての感覚がなくなり、何も分からなくなった。

 ずっと耳鳴りがしていた気がする。






 つづく


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