第4話 バレーボールよりは小さいな

「ま、いまだよくわからない憎き【自然現象】に、今回は一泡吹かせてやりました! OK?」


 急にテンションが戻ってきたなナギさんよ。達観してるようでやっぱり憎いのか。

 ナギが右手を挙げてパチンと指を鳴らすと、ジオラマの様な周りの全景にライトが広がる。


「見覚えあるでしょ」

「ああ」


 半径3メートルほどのこの空間、俺の感覚では1日と経っていない事故現場を再現されたものだ。

 顔の左がズクンと痛む


「完全にトラウマだよ。恐怖の対象でしかない」


 足の震えが止まらない。


「いいタイミングでアラタを捉えたのもあるんだけど、助けたのには理由が …打算だな…」

「怖くて足がプルプルのアラフォーおじさんを助けた意味があるのか」

「こう言うのもアレだけど、アラタは【自然現象】の【慈悲】で生き延びた貴重な存在なんだよ」


 ナギが右手のひらを上に向け俺の方に差し出してきた。


「そしてこれが、もう一つの『貴重』な存在」


 差し出された手のひらの上に光の粒子が集まり、明滅する球状に固まる。


「今回の【自然現象】の中心の一つ。 近似世界として『離れて』いたから、アラタには『振動』と『一時的なエネルギー喪失』として現れたけど」

「…これは…」


 大きさは野球ボール…もう少し大きいか。バレーボールよりは小さいな。手のひらの上で明滅している様に見えるが、映像を見ているようで実態感が無い。


「【自然現象】は、22体のAIの因果を解体して平滑化したんだ。 この子は、タプダスバック21眷属の一人、属性無しのナンバーサーティーン 【慈悲】の対象ね」

「タプ…なんだって? サーティーン?何のことだ」

「タプダスバックは政府管理の量子コンピュータの事。 産学官に領域を貸し出して、治世や民生用途の研究開発をしてたんだよ」

「量子コンピュータ? 今更そんなSF話をされても…」

「アラタの世界では、量子の扱いはおとぎ話レベルだもんね」


 軽くディスられた感じがするな。


「まぁ、この『ナンバーサーティーン』が全てを解決…はしないか。 でも現状をかなり改善するよ」

「足プルプルおじさんと、このミラーボール的な何かが?」


 急に無表情になるナギ。少々不自然なトーンで話し出す。


「今日はお二人に、ちょっと一つになってもらいます」

「は?」


 急にビート感出してきたな。 殺し合いでもさせる気か。 あ、俺一人か。

 ナギが右手の『ミラーボール』を俺に近づけてくる。


「『ミラーボール』と?」

「そう」

「…くっつくの?」

「一つになります」

「なんでよ」

「お互いちょうどいいから」


 ナギが自分の顔の左側をチョンチョンと指さす。


「いやいやいや、ちょっと待て! そいつで俺の顔を埋めるってか! 粘土遊びじゃないんだぞ!」

「いや、マジ話」


 いい笑顔のナギ。 俺はマジマジと『ミラーボール』を見てしまった。


「オイオイ…俺の今の姿、『財全教授』見てんだぞ…… もう一度聞くが、そいつは何なんだ…」

「ん? だから『ナンバーサーティーン』」

「そうじゃなくて…」

「ああ、 『ナンバーサーティーン』は、政府管理のAIの一つ。 正しくは、超々大型公用量子コンピューター『To persevere in one’s duty and be silent is the best answer to calumny』通称『T.P.D.S.B.A.Cタプダスバック』に搭載された、ASI初号機FOAK『スペリオール』の一部になるAGI21個中の13番目。 プロト13サーティーンとも呼ばれてるね」

「いや… 全っ然わからん…」

「えーと… ものすごいコンピューターに入っているものすごいAIの子供みたいな… アラタの世界の物じゃないけど」

「要するに、違う世界のAIと… それを」


 と言って俺は自分を親指でさす。


「俺に」


 ナギは笑顔でサムズアップ。


「YES!」


「いやいやいや、だめだって! 意味わからん! 俺死にかけてるんだよ!」

「だからこその『ナンバーサーティーン』じゃん」

「じゃんて…… オレ、イキモノ、 ソレ、ミラーボール」

「なんでカタコト。 この子ただのミラーボールじゃないから!」


 ミラーボール否定しないのかよ。


「実はこの子、タプダスバックの公開領域にいた、サラピンの汎用人工知能なのでーす!」


 テッテケテッテーテーテテーと云うBGMが聞こえてきそうなドヤ顔のナギに、俺はちょっとイラッとした。


「俺はマジメに聞いてるんだよ。 ナギは色々説明してくれたけど、最後はサラピンミラーボールと一緒になれって…」

「うーん… 感性に齟齬があるのかなぁ。 義手とか義足って便利でしょ。活動範囲ものすごく広がるし」

「そのミラーボールも同じだって言いたいのか」

「失った部分を全て補ってくれる」

「機械だろ。 俺の生き死ににそういうのはキツイよ…」

「機械じゃないよ。言うなれば【文字列】 アラタが自分でアラタだって思っているものと変わらないよ」

「でも、俺は人間だ」

「人間の定義なんて、コギト‐エルゴ‐スム。 ハードの違いなんて意味ないよ」

「極論だよ、そんなのは。 鉱物以外はすべて知性になる」

「書き込まれている【文字列】は、過去の膨大な経験則。 単細胞生物だったころから積み上げられた【if goto】の集合体。 私たちが読めないだけで『石ころ』にもあるかもね、知性」


 ナギは、腕を組んで一人うんうん頷いている。


「人の心もプログラムだって云うのか? 自主性は?」

「自分が始めた前提で走っているプログラムかもよ」

「いや! …でも…」

「人間かどうかは関係ないよ。 プログラムか自我かなんて尚更。 膨大な過去の経験則の統括【意思】とそれを俯瞰で見下ろす【意志】その二つが内在している【意識】」

「……」

「そんな深く考える事じゃないと思うよ。 条件が揃えば、どんな環境でも【意識】は発生するんだから」


 混乱してきた。ただでさえワケの分からん状態でいるのに。


「…俺の… 病院での俺はどうなるんだ」

「『ナンバーサーティーン』と一緒になった途端に死ぬよ」

「え?」

「あ、正確には『事故にあった士丈新』が死ぬんだけど、ここにいる『士丈新』は大丈夫。死なないよ」

「俺は…どうなるんだ?」

「同じ世界で、死んだはずの人間がウロウロするのは拙いから、今いるアラタが近似世界に渡ってもらうよ」

「病院の俺は?」

「あの先生の様子だと、モルモットかもなぁ。 もぬけの殻だから調べても何も出ないけどね」

「もぬけの殻?」

「だって、中身ここにいるじゃん」

「ああ、なるほど…か?」


 いつの間にか、足の震えが止まっていた。


「アラタに行ってもらう近似世界は、かなり厳密に確認を取った世界だから安心して。 『ナンバーサーティーン』と一緒になる事で実体もできるし」

「まぁこの世界に未練が無いこともないが」


 近似世界… 異世界… 茉咲まさき、お前が読んでる小説が現実になるぞ……。

 死にかけているのに死んでいない。 未練どころか、始めっから選択肢はなかったってことか。


「こう云うのはね、アレコレ迷ってるとダメなんだよ!」

「いや、考える時間がな」

「サクッと行きなよ」

「え? な… えーーー…」

「痛くないよ、 大丈夫すぐ終わるから、ね?」

「えーー…」

「ね?」

「ぇー…」


 ナギ、すごいエロ悪い顔してたなー






 つづく

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