第22話:聖なる慈雨

 システムの不具合なのか、想定外の分岐なのか。

 危うく殺されるところだった攻略対象サキ。

 主人公は死なないけど、このゲーム変なところでシビアで、攻略対象が死ぬことがあるから気をつけないといけない。

 水中へ引きずり込まれたサキが水面に浮いていたのは、帰ってこないサキを探しに来た者を次の犠牲者にするための餌のつもりか。


 死亡した攻略対象はそのシナリオから退場し、ゲームをリセットしない限り二度と会えなくなる。

 ゲームをリセットした場合は、主人公のステータスのみ前プレイを引き継ぎ、NPCの状態は初期化される仕様だ。


 僕はリセットするわけにはいかない。

 リセットした先のルウの中にケイがいるかどうか分からないし、プレイタイムが長引いてしまうから。


 それに、AIとはいえ感情豊かで親しくなったみんなの記憶が消えてしまうのは悲しい。

 他の攻略対象が1人でも死ねば、ルウ攻略ルートのラスボスに勝てなくなるという事情もあるけど。

 それとは関係なく、僕にとって四大天使たちは大切な存在になりつつあった。


「また襲われるかもしれないから、しばらくの間、僕がサキさんの護衛をしますね」

「あらイケメンね。夜の護衛もしてくれるの?」

「さっき死にかけたばかりの方を1人で寝かせるのは心配だから、今夜は傍にいます」

「ついでに抱いてくれても、いいのよ?」


 微笑むサキの頬がほんのり赤い。

 サキがまだ少年の姿のままなのは、2回目の【受け】を期待しているのか?

 そういえば、ハート4は本人は気付いてないけど、恋心が芽生え始めているんだっけ。


「2回目は、未来の恋人にとっておいた方がいいですよ」

「そんな、いつ出会えるか分からないもの、どうでもいいわ」

「サキさん綺麗なんだから、すぐ出会えますよ。ウリさんとか、どうです?」

「え~? あの真面目が鎧着てるみたいな奴?」


 灯りを消してベッドに潜り込み、サキの隣で横になりつつ、僕はウリを推してみた。

 サキは、ウリにはあまり興味がないらしい。

 最初から仲が良いミカ&ファーのカップリングとは違い、ウリとサキの初期は「好きでも嫌いでも無い相手」だった。


「ウリなんかどうでもいいから、あんたの【種】を頂戴」

「な……何言ってんですか」

「だってこの前、せっかく【初めて】をあげたのに、指だけだったじゃない」

「あ……あれは、サキさんが果てちゃったからじゃないですか」


 実は先日のサキ初受けは、愛撫だけで終わっている。

 主人公と攻略対象は身体の相性が良すぎて、敏感なサキの身体は指が触れただけで頂点まで達して果てた。

 サキはそれが不満らしい。

 とりあえずあげたから、あとはウリにお任せしようって思ってるんだけど。


「あれは最後までできてないから、ノーカウントよ。きっちりやりとげるまで納得できないわ」

「頑固だなぁ……。でも今夜はダメです。サキさん心臓止まったりしたんですから安静にしましょう」


 駄々をこねるサキを抱き締めて宥めていたら、サキは少年の姿のままピッタリくっついて眠ってしまった。


 主人公と結ばれない場合、ウリと結ばれる可能性があるサキだけど、イベント進行中はNPC同士の恋愛は始まらないし、進まない。

 サキが襲われるというイレギュラーなことはあったけど、間違いなく今はボスイベント中なんだろう。



   ◇◆◇◆◇



 翌朝、僕はサキに付き添って、ヨブ湖へ向かった。

 サキ曰く「湖面が漆黒に見えるほど闇に染まっているのを浄化しないわけにはいかない」とのこと。

 海や川や湖などの浄化は水の大天使の仕事で、サボると人界が魔界と融合する危険があるらしい。


「全力で防衛ガードします。サキさんは湖の浄化を」

「ありがと。危なくなったら抱いて逃げて頂戴」


 僕はサキに盾スキルを重ねがけして、有事に備える。

 サキは浄化を始めると敵に襲われても自力で逃げられないので、僕はいざとなったら抱えて逃げられるようにサキの隣に寄り添う。


 敵は、サキが水面に近付くとすぐ仕掛けてきた。

 黒い蛇の群れだ。

 昨日サキを水中に引きずり込んだのは、こいつらか。


 蛇たちが巻き付くのは、ダメージではないので盾スキルでは防げない。

 僕はサキを抱き寄せ、上昇して水面から離れた。


「あれを片付けないと、浄化できないわねぇ」

「サキさん、絆スキルを試してみませんか?」


 抱き寄せられたついでに僕の胸に頬を寄せて甘えるサキが、溜息混じりに言う。

 僕はステータスを確認して、サキの絆スキルが使用可になっているのを確認して提案した。


「OK」


 サキが微笑みつつ了承、僕は絆スキルを発動した。


 絆スキル・特殊:聖なる慈雨


 空は晴れているのに、湖全体に雨が降り注ぐ。

 その雨は、闇を退け、光を満たすもの。


 湖面が激しく波打ち、黒い蛇たちが苦しそうに身体をくねらせている。

 やがて蛇たちは光に包まれ、その姿が変わっていく。

 身体を包む光が消えたとき、黒い蛇たちは銀色の鱗に包まれた魚に変わった。


 続けて、湖面を尻尾で激しく叩き、黒竜が姿を現す。

 純粋な光の力をもつ雨が、黒竜にも降り注ぐ。

 黒竜は苦しそうに足や尻尾で湖面を叩いて激しく暴れ回る。


「グッ……ゴボゴボゴボ……」


 咆哮は口を開けた途端に大量の雨が喉を塞いで不発に終わる。

 光の力が口から体内に流れ込み、闇の竜は倒れてしばらく痙攣した後、力尽きたように動かなくなった。

 その巨体は光に包まれ、ボロボロ崩れて消えていく。


 聖なる慈雨は降り続け、湖も浄化し始める。

 黒く淀んでいた水が、透明度を取り戻していく。

 やがてヨブ湖は本来の姿、湖底まで日の光が届くほど澄んだ、美しい湖に変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る