第23話:海魔レビヤタ(R-15)

 湖の浄化が終わり、聖なる慈雨がやんだ後。


「なんだヘイロン、しくじったのか」


 そんな声が聞こえた。


 僕はそれが誰か知っている。

 四天王の1人、水を支配する海魔レビヤタだ。

 CV:神崎コージさん。

 高音ボイスのサキとは対象的に、レビヤタはコージさんの地声に近い低音ボイスで演じられている。


「愛しいサキよ、蘇生されてしまうとは何事だ」

「あんたなんかに愛されたくないわ!」


 とぼけたことを言うレビヤタに、僕に抱きついたままサキが言い返す。

 この台詞は、本来はレビヤタとのバトル中に使われる。

 戦闘でサキが倒されて、主人公に蘇生されるのをレビヤタが見たときの会話だ。


「何を言う。その美しい身体はもう私のものだぞ?」

「あんたのものになった覚えはないわ!」

「覚えてはいないだろうな。君は気を失っていたのだから」

「え……?!」


 意味深なレビヤタの台詞に、困惑するサキ。

 僕はその会話から、サキ絡みの分岐の1つを思い出してギクッとした。



 サキのイベントボス戦の後半、ある条件をフラグに発生するバッドエピソード。

 あれは確か湖ではなく海だったけど、サキがレビヤタに連れ去られるんだ。

 気を失ったサキを、レビヤタが攫って性行為に及ぶというシナリオ分岐がある。

 映像的には耽美系BLで、御腐人方へのファンサービスみたいなものだったような。


【バッドエピソードすら美しい。全てを楽しむならば、敢えて失敗してみるもよし】

 そんな謳い文句で流れるPV、そのナレーションをしたのは僕だ。

 キャラクターの台詞は無く、音声は音楽とゲーム紹介ナレーションだけ。

 映像は美しさ重視で作られていて、きわどいところは上手く隠されていた。


 目を閉じてグッタリした水色の髪の美青年=サキを、黒髪の美青年=レビヤタがお姫様抱っこで寝室へ運んでくる。

 ベッドに横たえられるサキ、愛おしそうに微笑みながら衣服を脱がせていくレビヤタ。

 真紅の花びらが散らばる白いシーツの上で、サキは全裸にされて綺麗な白い肌を晒している。

 レビヤタは自らも衣服を脱いで全裸になり、仰向けに寝かせたサキの上に覆い被さりつつ唇を奪った。

 長く濃密な口付けをされても、人形のように表情を変えず目を閉じているサキ。

 レビヤタの唇が首から胸へと這うように進んでも、サキの表情は変わらない。

 愛撫を続けるレビヤタは、サキの胸にある小さな桃色の花のような部分に口付ける。

 そこを吸われても、舌先で弄ばれても、サキはピクリとも動かなかった。

 しばらく愛撫し続けた後、反応が無いことに飽きたレビヤタは唇を離して次の行為へと進む。

 そこからしばらくの間、映像はベッドの天蓋越しのシルエットに代わる。

 レビヤタがサキの足を大きく押し開き、腹部よりもっと下の辺りを手で探った後、腰でグイッと何かを押し込むような動きが映る。

 そこまでされてもサキは全く反応が無い。

 映像はシルエットから2人の上半身アップに変わり、弛緩したサキがレビヤタの動きに合わせて揺さぶられる様子が映された後、後ろ姿のレビヤタがビクッとしてその動きを止めた。

 映像が2人の顔のアップに切り替わり、眠り続けるサキの唇にレビヤタが口付けるシーンの最後に真紅の薔薇の花びらが散り、フェイドアウトする。



 バッドエピソードのラストで攫われたサキを助けに行くと、主人公のキスで意識を取り戻したサキに、レビヤタが自分がした行為を暴露するシーンがある。

 その暴露シーンでレビヤタがわざわざ水鏡を作り、サキに対する性行為を映して見せるのが、PVと同じ映像だ。



「せっかく手に入れた愛しい者を、私が何もせずにいるとでも?」


 レビヤタはニコニコしながら、湖面を大きな水鏡に変えた。

 PVのあのシーンが、ハッキリ映し出される。


「ほら見て。こんなに可愛がってあげたのに、君は目を覚まさなかったね。悶える姿が見られなくて残念だったよ」

「……嘘……なにそれ……」

「見ての通り、愛情込めて注いであげたのさ。闇の力で君の心臓が止まるまで、それほど時間はかからなかったな」


 魔的な美しい顔で、微笑むレビヤタ。

 その微笑みは、PVと同じ。

 サキは動揺して蒼白な顔になり、僕に抱きついている腕に力を込めて震えている。


「その身体、まだ誰も受け入れてなかったんだね。ちょうど入りやすいくらいに入口が緩んでいたのは、そこの勇者が開いたのかい?」


 愉しそうに笑みを浮かべて言うレビヤタの余裕とは逆に、サキは心を乱されて涙を流し始めた。


 ……これはまずい。


 嫌な予感がした僕は、サキを強く抱き締めて、全速力で飛翔して逃げた。

 背後からレビヤタが嘲笑する声が聞こえる。

 僕の腕の中で、サキは言葉にならない悲鳴のような叫びを上げた後、ガクンと脱力して動かなくなった。



   ◇◆◇◆◇



 レビヤタがサキを犯すバッドエピソードは、サキよりも好感度が高い攻略対象がいて、サキの好感度が2番目に高い状態でボスイベントに入った場合のみ、特定条件下で発生する。


 ヘイロン戦は、サキの好感度が3になり、主人公とサキが一緒にヨブ湖へ行くと発生。

 ヘイロン討伐によって好感度が4になったサキを1人で海へ行かせると、レビヤタに攫われる。


 浄化の力を使う際に無防備になるサキは、レビヤタの不意打ちで鳩尾を突かれて失神、連れ去られる。

 レビヤタは気絶しているサキの体内に自らの闇の力を注ぎ続け、天使の力を弱めてしまう。

 主人公がサキの救出に失敗したり、遅れたりすると、何度もレビヤタの闇の力を注がれたサキは、天使の力が尽きて死亡というバッドエンドとなる。


 でも、今の流れは違う。


 ウリのイベント進行中に、サキの好感度が4まで上がっている。

 主人公が一緒にヨブ湖へ行ってないのに、ボスイベントが始まった。

 ヘイロン戦をクリアする前に、サキが襲われた。

 サキが襲われたのは海ではなく湖。

 不意打ちをしかけたのはレビヤタではなく、黒竜ヘイロンと蛇に姿を変えられた魚たち。

 レビヤタがサキにした行為は同じだけど監禁はしておらず、サキはヘイロンが新たな獲物を捕獲するための餌として湖面に浮かべられた。

 レビヤタがどれくらい闇の力を注いだかは分からないけど、僕が発見したときのサキは仮死状態で、完全に死亡してはいなかった。


 それに。

 今、サキはここにいる。


「サキさん、起きて」


 天界へ戻った僕はサキの家へ行き、気を失ったサキを抱いたままベッドに腰かけると、意識を呼び戻す為に呼びかけてみた。

 サキはまるで目覚めることを拒むかのように、目を閉じたまま全く動かない。

 長い睫毛に縁どられた瞼の端から、ツーッと一筋、涙が零れ落ちただけ。


「護ってあげられなくてごめん。お願い、心を閉じないで。闇の力はもう浄化してあるよ」


 抱き締めて耳元で囁いてみた。

 でも、サキの状態は変わらない。


 仮死状態から蘇生した際に、体内の闇の力は浄化された筈。

 レビヤタに穢された痕跡は、もう何も残っていない筈。

 でも、サキは見せられた映像に精神的なダメージを受けて、心を閉ざしてしまった。


 始まってしまったボスイベントは、ボスを倒さない限り終わらない。

 僕はステータスウィンドウを開いてみた。

 サキの好感度を表すハートは、4つから5つに増えている。

 増えているのは、昨日助けたからか。

 けれど、ハートは赤ではなく灰色で、絆スキルは【使用不可】になっていた。


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