第3章:天界と魔界

第21話:絆スキルと好感度

 ヴォロスを倒した翌朝。

 僕は次のイベントボス戦を予測するため、ステータスウィンドウを確認してみた。

 イベント戦は、ルウ以外の攻略対象の好感度が高い順に発生する。


「あれ?!」

「どうした?」

「今、好感度を見たらサキがハート4になってる……」


 各キャラの好感度を見たら、予想外なことになっている。

 イベントボス戦をクリアしたミカやウリを追い越して、サキがルウの次に高くなっていた。


「他は?」

「ルウがぶっちぎりの8、ミカとウリが3、ファーが1.5だよ」


 朝食後のコーヒーを飲んでいたケイが聞いてくる。


 ルウの好感度はイベントクリアボーナスで1つ上がり、7→8になった。

 ミカはディアモ戦で3になって以降は上がっていない。

 まだそれほど交流していないファーはまだ1と半分くらい。

 昨日ヴォロス戦を終えたウリがミカに追いつき3になった。

 ヴォロス戦のために戦技を学びに通い詰めたサキは2になったかな? と思ったらまさかの4だ。


「次のイベントボス戦はサキ確定かも。絆スキルが使えるか試しに行ってみるよ」

「また、ベッドに連れ込まれる予感しかないぞ?」

「多分連れ込まれるけど、恋愛感情は無いって言ってあるから。……闇落ちしないでね?」

「俺もルウも、お前が絶対裏切らないって分かっているよ」


 ハート8になったルウには、揺るがない信頼と深い愛情がある。

 それは、ケイと僕の間にもあるもの。

 独占欲はあるけど、僕が心変わりしたのではとか疑ったりはしない、それがケイだ。

 ケイの場合はここがゲームの世界で、僕のこの身体は現実世界のものとは別だと思ってるからかもしれない。



 朝食を済ませると、僕は先にウリのところへ絆スキルの確認に行った。


「ウリ、ちょっと手を繋いでみてもいい?」

「ああ、構わんぞ」


 ヴォロス戦を勝利した後、ウリは僕に対等に話すようにと言ってくれた。

 それで今は名前呼び捨てで、敬語も使っていない。


「あ、絆スキルが使えるみたい」


 ウリとの絆スキル【大地の波動】は、主人公とウリの全能力値を大幅に上げ、敵の能力値を大幅ダウンさせる身体強化系+デバフ系のスキル。

 これを使えばヴォロスの防御力を主人公とウリの攻撃力が上回り、倒すことができる。


 ……筈だった。


「惜しいな、ヴォロスと戦う前に開放されていれば良かったのに」


 残念ながら、イベントボスは討伐済だ。

 まあでもミカのスキルがウリのイベント戦で役立ったように、今後別の戦闘で役立つかもしれない。

 そう思っていたら、ウリが自分の翼から羽根を1枚引き抜いて、僕に差し出した。


「これをあげよう。ミカの絆スキルのように相手と接触しなくても使える方が便利だろう?」

「ありがとう!」


 受け取った羽根を左手の甲に近付けると、スッと吸い込まれて紋章に変わる。

 地の大天使の紋章は、世界樹を思わせる大樹の形をしていた。


「サキさんとも仲良くなれたから、絆スキルが使えるかもしれない」

「会いに行ってくるといい。サキは今、ヨブ湖の浄化をしている筈だ」


 ヨブ湖……。

 そこは、イベントボス戦の始まりの場所だ。

 バグなのか発生タイミングが設定よりも早い四天王イベント。

 僕は嫌な予感がして、その場所へ急いで向かった。



 全力で翼を動かして飛んでいくと、前方に湖が見えてくる。

 以前見たときは澄んでいた湖水は、漆黒に染まっていた。


 湖面に、誰かがうつ伏せに浮かんでいる。

 水色の髪の、小柄な少年らしき人物だ。

 一度見たことがあるから、それが誰かすぐに分かった。


「サキさん!」


 急降下しながらの呼びかけに反応は無い。

 水に浸かったままピクリとも動かないのは、少年となった水の大天使。

 いつからこの状態だったのか?

 グッタリした身体は冷え切っている。 

 僕は水の中からサキを抱き上げると、すぐに湖から離れて上昇した。


 この湖は危険だ!


 間一髪、大きな黒い竜に似た怪物が、サキと僕がいた辺りで口を開けて食らいつこうとするのが見えた。

 僕がサキを抱いて上空へ逃げたことに気付いた黒竜は、悔しそうに見上げて雄たけびを上げている。


 サキは以前のミカと同じで、呼吸と心臓が止まった仮死状態になっていた。

 早く蘇生しないと死んでしまう。


 僕は全速力で飛んで天界へ逃れて、すぐにサキの治療を始めた。

 なるべく早く治療したかったので、天界に入ってすぐ草の上に降り立つ。

 氷水に浸かっていたかのように冷たい少年の身体は弛緩していて、血の気が無く生気が感じられない。


 天使たちの治療はキス一択。

 サキとはもう初めてではない。

 青紫色に変わっている冷たい唇に、戸惑いも無く唇を重ねた。

 冷たくなっている華奢な身体を抱き締めて、治癒を願う。


 しばらく唇を重ねていると、サキの喉から微かな声が漏れてくる。

 呼吸が戻ったかな?

 顔を離すと、サキは溜息をつくように息を吐いた。

 目を開けて僕の顔を見ると、サキは安心したように微笑む。


「気持ちいいキス……おかわりちょうだい……」

「いくらでもおかわりして下さい」


 キスはお酒か?

 ミカと似たようなことを言うサキに再びキスをしたら、まだ冷たい腕で抱きついてくる。

 低下した体温が戻るまで、包むように抱き締めて唇を重ね続けた。


「家に着くまでその姿のままでいて下さいね。運びます」

「あら嬉しい。お姫様抱っこね」


 呼吸も心臓の鼓動も正常に戻り、身体も温まってきたところで、僕はサキを横抱きにして立ち上がる。

 ポッと顔を赤らめているサキが、まるで乙女のようだ。

 少年姿のサキは、ルウやミカ以上に女の子っぽい。


「サキさん、湖で何があったか覚えていますか?」

「いつものように、湖の真ん中辺りで水面に立って、浄化の力を使ってたんだけど……」


 通い慣れたサキの家。

 僕はサキをベッドに寝かせながら、事情を聞いてみた。


「急に何かが足に巻き付いて、水の中に引きずり込まれたの。アタシは水に溺れることはないけど、闇の力が濃厚過ぎて呼吸ができなくて……多分気を失ったんでしょうね」

「サキさんを水中から抱き上げたら、すぐ黒い竜が襲い掛かってきたので一旦逃げてきました」

「黒い竜……あそこにはそんな魔物はいない筈なのに……」


 サキを水中へ引きずり込んだのは、おそらくあの黒竜だろう。

 僕はそれが何かを知っている。

 四天王の1人、海魔レビヤタに従う暗黒竜ヘイロン。


 でも、レビヤタの中ボスイベントにこんな展開は無かった。

 ミカが死にかけたときと同じで、サキも主人公が近くにいないところで襲われている。

 やはりこのゲームには、何かバグが起きているのかもしれない。

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