第12話:黒炎使いディアモ

 天界と魔界の狭間にある人界。

 僕は下位天使たちと共に、森の外側辺りで下級モンスターの討伐を始めた。

 下位天使たちの隊が討伐する魔物は、僕も通常攻撃で倒せるものばかりだ。

 森の魔物は中心部へ行くほど強くなる。

 僕は【不屈の反撃】を使えば格上の魔物でも倒せるけど、やるとケイに怒られるからね。

 大人しく雑魚狩りをするよ。


 天使たちが人界へ降りて魔物を狩る理由は、人界に魔物が増えすぎると魔族の勢力が広がるから。

 人界にいる魔物を全て狩り尽くすと、人間たちが食べることができる魔物もいなくなってしまうので、適度に狩って肉は貧しい人々に分け与えている。


「よし、今日はこのくらいにしておこう」


 下位天使隊長の指示で狩りを終え、僕たちは倒した魔物を付近の村へ届けに行った。

 貧しい農村では、肉は凄い御馳走になる。


「これ、みんなで食べてね」

「天使様、ありがとうございます!」


 肉を配って回ると、僕も天使だと思われてしまった。

 天使たちと行動を共にする人間は勇者か聖者くらいだし、どちらも百年周期で1人生まれる程度だ。

 おまけに、僕は天界の食べ物を口にしているうえに、天使長の◯◯(自主規制)を毎日体内に注がれているので、放つオーラがもはや人間のものではなくなっている。


「みんな配り終えたな。そろそろ帰ろう」


 村の全ての人に肉を配り、手持ちが無くなると隊長がメンバーに呼びかける。

 みんなが翼を広げ、天馬が僕の傍にスッと現れた時に、村人たちは僕が何者か気付いた。


「なんと、勇者様でしたか」

「御身が光と共に在られますように」


 そんな祈りを向けられながら、僕は天馬に乗って天使たちと共に空へと飛び立つ。


 僕は世界を救う為じゃなく、ケイを救う為にこの世界に来たんだけど。

 勇者のお仕事をしなきゃケイを救い出せないのなら、喜んで引き受けるよ。


 そんなことを思いつつ、ミカたちと合流予定の空域まで行くと、僕は異変に気付いた。

 シナリオ通りなら、ここは普通に合流して天界へ帰るところだ。


 なのに、いる筈のない敵がいる。


「ま……魔族?!」

「来るな! 逃げろっ!」


 驚く下位天使たちに、ハッと気付いて振り返ったミカが叫ぶ。

 直後、漆黒の巨大な炎の球体が、赤毛の大天使を飲み込んだ。

 以前に僕が受け止めた暗殺者の火球の何倍もある、でかい炎の球体だ。


「馬鹿め! よそ見をするからだ」


 空中に浮かぶ、黒い翼の男が嘲笑する。

 僕は、それが誰か知っていた。


 ミカの好感度が高い場合のみ、出現する筈の中ボス。

 四大天使と同等の力を持つ魔界の四天王の1人で、炎を操るディアモ。

 力が拮抗するので、ミカ1人では勝てない。

 僕たちに気を取られた隙に攻撃されたら、大天使でも防ぎきれない相手だ。


「終わりだな」


 ディアモが冷たく嘲笑う。


 炎の球体は中の様子が全く見えない。

 ミカの声も聞こえない。

 ただ、球体の外にはみ出ている白い翼の先が、何度かビクッとこわばるような動きをした後、脱力したように動かなくなり、消えていくのが見えた。


 ドッジボールサイズでもあんなに痛かったのに、その上位型っぽいやつに全身覆われたら……。

 僕たちに気を取られていなかったら、攻撃を食らわなかったのに。

 下位天使たちも同じことを思ったらしく、全員言葉が出てこない様子で沈黙している。


「呆気ないものだ」


 ディアモが、片手を地面へ向けて振り下ろすと、黒い球体はミカを捕らえたまま急降下して大地に激突した。


 球体が爆発し、地面に大きなクレーターができた後、そこに残されたのは翼の無い赤い髪の少年。

 僕はその少年が、力尽きたミカだと分かった。

 大天使たちは体力と精神力が尽きると、翼の無い子供の姿に変わる。


「さて。都合よく来てくれた勇者も、ついでに片付けておこうか」


 ディアモは、次の標的を僕に定めたらしい。

 でも僕はそれを無視して、天馬に急降下を指示した。


 それはミカの救出に見せかけて、下位天使たちから離れるのが目的。

 巻き込むわけにはいかないからね。


 ディアモが火球(大)を僕めがけて放つ。

 僕は天馬を巻き込まないように飛び降りて、落下しながら装備画面を開き、弓から盾に持ち替えた。


「盾などで防げるものか、消し炭になるがいい!」


 ディアモの嘲笑が聞こえる。

 僕は飛んでくる火球と接触する前に、スキルを発動した。


 盾スキル:全力反射フルリフレクト


 僕のパッシブスキル【不屈の反撃】と相性の良いバフスキルで、これを使えば無傷で反撃が可能だ。

 盾スキルで攻撃をそのまま敵へ返し、パッシブスキルによる光属性の反撃ダメージが加わる。


 ミカを襲ったものと同サイズの黒い火球が、僕を包んだかに見えたのは一瞬のこと。

 火球はUターンして飛び、ディアモを襲った。


「なにっ?!」


 ディアモは驚きの声を上げ、黒い炎と白い光の中で消えていく。

 倒した感じは無い。

 多分、不利と察して逃げたんだろう。


 盾スキルのおかげで無傷の僕は、そのまま落下して着地した。

 クレーターの中心に、倒れたまま動かないミカがいる。

 駆け寄って抱き起しても、全く反応は無かった。

 弛緩した身体に力は全く入らず、頭を手で支えていないと細い喉がゆっくりと仰け反ってしまう。

 普段見慣れたミカとは全然違う華奢な少年の身体は、黒い炎に完全に包まれていたのに焼け爛れてはいない。

 衣服も天界で作られた特殊素材だから、燃えてはいなかった。


 力尽きてグッタリと動かない彼を助ける方法は、もちろん分かっている。

 僕は治癒の力を使うため、赤毛の少年と唇を重ねた。

 力が完全に抜けている身体を抱き締めて、回復を願った。


 現実世界では、僕はケイ以外の人とキスをしたことはない。

 ゲーム世界でも、ケイが声を吹き込んだキャラとしかキスをしたことがない。

 ミカは、ケイ以外で僕が初めてキスをした相手となった。


 しばらく口付けたまま回復を待ち、鼻から息が漏れ始めたので顔を離して様子を見る。

 止まっていた呼吸が戻り、ミカは溜息のように息を吐いて目を開けた。


「逃げろって、言ったのに……」

「無理です」


 ミカの第一声に僕は即答した。

 あの状況で逃げたら、一生後悔すると思う。


「……蘇生してくれたのか。ありがとな」

「剣術を教わったから、恩返しですよ」


 ミカは自身の姿が少年になっていることに気付き、仮死状態に陥っていたのを蘇生されたと察したらしい。

 僕にとってはミカは剣術の師匠なので、戦技を教えてくれたお礼だと思ってもらえたらいいな。


「キス、おかわり頼んでもいいか?」

「そんな、お酒かなんか頼むみたいな……」


 まだ完全回復とまではいかないミカに頼まれて、僕は2回目のキスをした。

 そのキスで力も完全に戻り、彼はいつもの青年の姿に変わる。


「よし、帰るぞ。ディアモが現れたことを報告せねばならん」


 と言ってミカは白い翼を出現させると、僕を軽々と抱き上げて飛び立った。

 そろそろ出番かと飛んできていた天馬が役目を奪われ、抗議の嘶きを上げている。

 炎の大天使はそれに構わず、僕を抱えたまま討伐メンバーと合流して天界へと帰った。

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