第6話:珈琲の味
チュートリアルフィールドでは、ルウの攻略エピソードの他に、もう1つやることがある。
空へ還ったルウを見送った後、僕は森を出て村へ向かった。
『村長が君に何か話したいことがあるようです。村長の家へ行きましょう』
ガイド音声(僕の声)がメインクエストに誘う。
しかし、それは後回しだ。
メインクエストより先にやることがある。
このゲーム、タイトルに「珈琲」とついているように、ゲーム内で珈琲が重要な役割をもつ。
主人公や攻略対象キャラが飲めばステータスが上がり、2人きりでコーヒーブレイクを楽しめば好感度もUPする。
チュートリアルフィールドにカフェは無いけれど、珈琲を飲ませてもらえる場所があった。
そこで飲む珈琲の効果が、ルウ攻略エピソード2で役に立つんだ。
「あれ? どうしたんだい? 村長の家に行かないのかい?」
村はずれの小さな農園。
珈琲の木を栽培していて、焙煎して挽いた自家製珈琲の味見をさせてもらえる場所。
「村長の話の途中で寝てしまわないように、珈琲を1杯飲ませてもらえる?」
「あはは、村長は話し出すと長いからなぁ」
「苦さ3倍増しでお願い」
「はいはい」
ここは、フリートークで珈琲関連の話ならAIがほぼ対応してくれる。
農園のオヤジ(CV:林翔太)が出してくれた3倍増しの珈琲は、当然ながらめちゃくちゃ苦い。
それを気合い入れてグイッと飲み干すと、ガイド音声がステータス変化を報せた。
『とても苦い珈琲を飲んで、根性値が大幅にUPしました』
珈琲で上がるステータスは永続的、これで僕の根性値は平均よりかなり高くなる。
根性値が何の役に立つかは、次にルウと会うときに分かるよ。
「ごちそうさま、じゃあ村長の家に行ってくる」
「ああ行ってきな。なんか頼み事があるみたいだったぞ」
農園のオヤジにしとくのがもったいないようなイケボに送り出されて、僕は村長の家へ向かった。
初回プレイでメインクエストほったらかしてあちこち行くプレイヤーなんて、あんまりいないかもしれない。
「やっと来おったか。随分待ったぞい」
村長(CV:神崎コージ)の台詞は、プレイヤーがチュートリアルフィールドに入ってから会いに来るまでの時間で変化するらしい。
村長の家は、普通にプレイしていれば開始2~3分で着く場所にある。
森へ行って重傷の天使長を助けたり、農園に行って激苦珈琲を飲んだりしていた僕は、開始から20~30分ほど経っていた。
「村長、僕に頼み事って何?」
「孫のエミルがまた発作を起こしてしまってな。薬草を採ってきてほしいんじゃ。引き受けてもらえるかの?」
ここで出る選択肢は「はい」か「いいえ」だ。
といってもここで「はい」を選ばなければ、チュートリアルクエストは進まない。
クエストをクリアしなければ次のフィールドに行けないので、僕は「はい」を選択した。
『薬草がある場所へ移動しますか?』
続けてガイド音声が問いかけてくる。
これも「はい」を選択すれば、薬草の採集場所に転移してもらえるので移動が楽だ。
但し、めっちゃ断崖絶壁な場所だけど!
年寄りの村長では、危なくて採りに来れないだろうな。
そんなことを思いつつ薬草を摘んで、村長から借りたカゴに入れる。
カゴがいっぱいになれば、薬草採集クエスト完了!
『村長の家に移動しますか?』
クリア条件を達成すると、ガイド音声が問いかけてくる。
もちろん「はい」を選択して、僕は村長の家に移動した。
「薬草、採ってきたよ」
「おお! ありがとう。それを煎じて薬湯を作るんじゃが、手伝ってくれるかの?」
村長に薬草が入ったカゴを渡すと、今度は薬湯作りのクエストだ。
薬湯はハーブティーのようなもので、このクエストで薬草茶スキルがステータスに追加されて、自分で飲んだり攻略対象にも作ってあげたりが可能になる。
「うむ、上手く出来たようじゃ。これをエミルに飲ませるから一緒に来ておくれ。お前さんに会いたがっておるからな」
薬湯作りが終わると、今度はエミルに薬を届けに行くクエスト。
そこから続くシナリオを知っている僕には、ちょっと躊躇いがある。
とはいえ、ここをクリアしなきゃチュートリアルが終わらないので、やるしかないんだけどね。
村長と一緒に部屋へ行くと、発作を起こしたというエミルは気を失っている。
「エミルに薬湯を飲ませてやっておくれ。自力では飲めぬから口移しでな」
……じいさん、とんでもないこと言ってるよ!
主人公、チュートリアルでファーストキスとさよならか。
まあ、僕の場合は先にルウと2回キスしているから、ここはサードキスになるんだけど。
「ワシがやったら怒られるからな。大好きなお前さんならエミルも喜ぶじゃろう」
じいさん、孫が幼馴染(っていう設定)に唇を奪われてもいいのか。
エミルは主人公と仲が良く、いつも一緒に遊んでいるけど、持病があって度々発作を起こして倒れている。
エミルは攻略対象ではない。
チュートリアルのみ登場で、この後に会うことは無い。
何故か主人公に片思い(?)しているっていう設定だ。
おまけにファンサービスなのか、攻略対象に負けないレベルの美少年だったりする。
しょうがない、やるか。
現実世界では、意識の無い人間に薬を飲ませるのは危険だから、やらないけど。
ゲーム世界のキャラクターたちは、誤嚥の心配しなくていい。
僕は薬湯を口に含み、グッタリしているエミルの上半身を抱き起して、口付けして薬を流し込んだ。
このチュートリアルクエストで、主人公がもつ天使と同じ力の一部が明らかになる。
身体に触れたりキスをしたりすることで、相手を癒す力。
それが薬湯の効果に上乗せされて、エミルは一気に全回復するんだ。
エミルの細い両腕が持ち上がり、僕に抱きついてくる。
意識が戻ったことに気付いた僕が顔を離すと、エミルはとろけるような笑顔になっていた。
「ありがとう。君がキスしてくれたら凄く楽になったよ」
頬を赤らめて、うっとりした顔で言うエミル(CV:広瀬ケイ)
声域が広いケイの声の中でも、ボーイソプラノに近い高音域を吹き込まれたキャラがエミルだ。
だけど、多分この子の中にはいないんだろう。
でも、エミルの声は、ケイの声だ。
この子もケイの分身だと思っておこう。
エミルが嬉しそうに「お礼のキス」をしてくるのを受け入れて、僕は彼を抱き締めてあげた。
……後ろでじいさん見てるけどね!
「なんと……こんなに早く回復するとは……まさかお前さん、天使の力を持っておるのか?」
エミルの回復が早過ぎることで、僕の力に気付いた村長。
その後、僕は村長に神殿へ行くように言われて、チュートリアルは終わる。
次のフィールドにある神殿で、ルウ攻略エピソード2が始まるよ。
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