第7話:名前を呼ばれる条件
「とうとう行っちゃうんだね……」
チュートリアルのラストは、主人公のキスで持病が完治したエミルとの別れのシーン。
小高い丘にある1本の大木の下、2人で寄り添って村を見下ろしながらの会話だ。
主人公に想いを寄せるエミルは、恋人のようにピッタリと身体を寄せてくる。
ストーリー上の時間で村長の家に行ってから2日後、プレイタイム的にはログイン時間40分ほど経過した程度。
僕がメインクエストをほったらかして先に農園へ行った理由は、村長の家へ行くとノンストップでクエストが進むので他の場所へ行けないから。
エミルを治した後は農園のオヤジが豆を売りに村の外へ出てしまい、珈琲が飲めなくなるからだ。
「ヒロは素敵な人だから、きっと村の外でもモテるね」
と言うエミルの台詞には、僕の名前が入っている。
これは制作スタッフ&ケイの遊び心。
このゲームでは、主人公のCVを担当した声優名は、ガイドブックやエンディングのスタッフロールに出ない。
代わりに、ルウやエミルなど、ケイがCVを担当したキャラが特定条件下で僕の愛称を呼ぶ設定が作られた。
名前呼びの条件は4つ。
①主人公の名前を「ヒロ」にすること
②主人公の性別は男性にすること
③容姿は僕をモデルに作られたものを選択する
④チュートリアルフィールドでルウのエピソードをクリアすること
……こんな条件を満たすプレイヤーなんて、僕くらいじゃない?
で、条件を満たしている今、エミルは僕の名前を呼んでいるというわけ。
「ヒロはボクのことなんか、すぐに忘れちゃうんだろうなぁ」
「そんなことはないよ」
と言う主人公の台詞は、選択肢その1。
この台詞を選択すると、主人公がエミルに微笑みかけるシーンの後、チュートリアルフィールドから出るためのワープゲートが出現する。
大木の隣の地面に、魔法陣が現れた。
このシーンの選択肢は他に2つある。
その2「エミルの方が魅力的だよ」と、その3「僕が愛しているのはエミルだけだよ」。
2を選ぶと、主人公がエミルに別れの挨拶として軽くキスをするシーンの後に魔法陣が現れる。
3を選ぶと、濃厚なキスをしてから、衣服の胸元を開けてエミルを愛撫するというBLシーンがしばらく続く(魔法陣はBLシーンが終わるまでスルーされている)。
ちなみに、3を選んだ際に聞けるエミルの艶っぽい声は、広瀬家の地下スタジオで、僕が実際にケイを愛撫したときの声だ。
防音はバッチリ、自宅だから他に誰もいないのをいいことに、ケイも僕もノリノリだったな。
演技で少年らしい高音域を維持しつつ、色気のある喘ぎ声を出せるケイが凄いと思ったよ。
おかげで、チュートリアルらしからぬ濃密なラブシーンに仕上がってしまった。
エミルはゲームクリア時のスタッフロールに声優名が出ないから、あれは誰だ?! って騒がれそうだ。
それはともかく。
3はこれから他のキャラを攻略するとしたら、恋愛詐欺じゃんってツッコミを入れたい。
「ヒロ!」
魔法陣へ向かおうとすると、エミルが抱きついてくる。
僕はここを出たらもう会えなくなるエミルを抱き締めた後、そっと腕をほどいて離れると、魔法陣へ足を踏み入れた。
転移機能が作動して風景が霞んでいく中、泣き崩れるエミルが見える。
普通にプレイしていれば攻略対象の誰かと結ばれるので、エミルがこのあと出てくることはない。
しかし、とある条件を満たすと、再会することができるよ。
①主人公が男性でメインストーリー上の年齢は18~25歳。
②別れ際の台詞で「僕が愛しているのはエミルだけだよ」を選ぶ
③どのキャラとも結ばれずにゲームをクリア
この場合は、エミルとのエンディングになる。
そのエンディングで、美しい青年に成長したエミルを見ることができて、主人公とのラブシーンその2が始まる。
大人になって色気が増したエミルの喘ぎ声も、自宅スタジオで実際に僕が愛撫してケイが出した声だ。
こっちの声の方がケイの地声に近いので、ファンなら誰の声か気付くかもしれない。
攻略対象以外のNPCと結ばれるエンディングがあることは、ガイドブックには載っていない。
重箱の隅をつつくようなプレイをする人が、いずれ発見して攻略サイトにアゲるかな?
魔法陣の転移先は神殿の中庭で、村長から報告を受けた神官たちが待っている。
「君が天使と似た力をもつという子かい?」
中庭の魔法陣の上に現れた僕に、神官の1人が聞く。
僕は、頷くことで答えた。
「ではこちらへ。天界から君に会いにきた方たちがお待ちだよ」
そう言われて案内された神殿の広間には、四大天使が勢揃いしている。
炎を司る大天使ミカ・フラムエル
風を司る大天使ファー・ラエル
水を司る大天使サキ・ジブリエル
地を司る大天使ウリ・ドルフェル
普通にプレイを進めてきた場合は、広間にいるのはメイン攻略対象であるこの4人だけ。
だけどチュートリアルフィールドでルウのエピソード1をクリアしている僕の場合は、天使長ルウ・シフェルも来ている。
「やはり、君だったか」
ルウが微笑む。
主人公もニコッと笑みで答えて、ルウに歩み寄っていく。
この後に起きることを、僕は知っている。
天使長を狙う黒い影を、僕は見逃さない。
「あの時のお礼に、君に祝福を授けよう」
歩み寄った僕の額に祝福のキスをしようと、ルウが少し屈んだ直後。
飛んできた黒い炎の玉を、僕はドッジボールみたいに両手でキャッチした。
「ヒロ?!」
驚きの声を上げるルウも、ギョッとする四大天使たちも、うろたえる神官たちも。
柱の陰に隠れている暗殺者に、まだ誰も気付いていなかった。
「……こんな……もの……」
ジリジリと肌を焼く痛みに耐えながら、僕は両手で掴んでいる黒い炎の玉に意識を集中させる。
正直、これ死ぬほど痛い。
でも耐えていられるのは、根性値が高いから。
チュートリアルフィールドで激苦珈琲を飲んで大アップさせておいた根性値が役に立つときがきた。
「……浄化!」
僕は【力】を発動させて、黒い炎の玉を浄化して白い光の玉に変える。
主人公は何かを強く願うことで力を発動させる。
ルウを含めた一同が驚く中、僕は光の玉を隠れている暗殺者に投げつけた。
「なにっ?! ギャァァァッ!」
柱の陰から驚く声に続いて悲鳴が響き、ドサッと何かが倒れる音がする。
ハッとした一同の中、最初に動いたのはミカ・フラムエルだ。
「こいつ、魔界の者か。黒い炎使いには消えてもらおう」
炎の大天使はそう言うと【力】を発動させて、倒れている暗殺者を浄化の炎で包む。
闇のように髪も肌も全身漆黒の男が、深紅の炎に焼かれて灰となり、消えていった。
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