第4話:ログイン

 フルダイブ型のゲームは、プレイヤーの意識をゲームサーバーにログインさせて遊ぶゲームだ。

 ログイン中は、意識がゲームキャラとリンクしていて、現実世界では眠っているような状態になる。

 通常ならそのリンクはプレイヤーが自由にOFFできて、現実世界に戻れるんだけど。

 ケイは何故戻れないんだろう?


「ケイ、今からそちらへ行くよ」


 病院の消灯時刻になり、僕はパジャマに着替えると、ケイのベッドに潜り込んだ。

 声をかけてみたけれど、ケイの返事は無い。

 口付けても、ケイの唇は全く動かなかった。

 でも、重ねた唇も、抱き締めた身体も、温かい。

 微かに開いた唇から、吐息も漏れてくる。

 胸に耳を当てれば、心臓の音も聞こえた。


 ケイは間違いなく生きている。


 僕は2つの指輪の片方をケイの指に、もう片方を自分の指に装着すると、目を閉じて「ログイン」と念じた。

 脳からの信号を指輪が受信し、僕の意識はログインフィールドに向かう。


【天使と珈琲を】のログインフィールドは、青い空と白い雲が広がり、ゲームスタート前のプレイヤーはまだ白い光の玉で肉体は無い。

 これから作成する身体が、自分のキャラクターとなる。


『性別を選んで下さい』


 ガイド音声は、僕の声だ。

 主人公は台詞が少ないので、僕はゲームのガイド音声も担当している。


 性別は自由に選択できるけれど、女性や無性別を選ぶと、その時点で全ての攻略ルートからはずれる。

 この場合プレイヤーキャラクターはボイス無し、NPCの声だけを聞くことができる。

 なんでそんな選択肢があるのかっていうと、このゲームのターゲットは御腐人のみなさんだからだ。

 自分がBLの当事者にならず、NPCたちの恋愛を後押しして楽しみたいプレイヤーもいるらしい。

 僕はルウを攻略するから、性別は男性を選択した。


『容姿を選択して下さい』


 主人公は基本的に攻略対象に愛されるように設定されているので、容姿の選択肢は美形が多い。

 僕は色白の中性的な顔立ちと細身の身体を選び、髪と瞳の色は空色を選んだ。

 顔と身体は、開発チー厶が主人公のCVを担当した僕の容姿をモデルにしたもの。

 髪と瞳は、ケイが好きな色だ。


『メインストーリーでの年齢を設定して下さい』


 このゲームはチュートリアルではみんな子供で、メインストーリーが始まると設定した年齢に変わる。

 年齢は幅広く、10歳から100歳まであるよ。

 僕は自分の年齢よりも若い、15歳を選択した。

 これで僕の容姿は、3年前の自分に似たものになった。

 15歳は、ケイに想いを打ち明けた歳だ。


 ケイは僕と暮らし始めた日から、「愛してる」と言ってくれていた。

 それは多分、家族としての愛だったんだろう。

 僕も最初はケイを慕う気持ちを保護者への愛情だと思っていた。

 それが恋人への愛情に変わったのは、中学生になった頃のこと。



「ヒロ、そろそろ彼女できたか? できたら紹介しろよ」


 僕の15歳の誕生日。

 ケイは何気なく聞いた感じだった。


 僕は、死ぬまでずっとケイと2人で暮らしたいって思っていた。

 誰か他の人を愛して、その人と暮らすなんて絶対嫌だ。


「彼女なんていらない。僕はずっとアニキと一緒にいたい」


 だからそう答えた。

 ケイはキョトンとした後、凄く嬉しそうな顔になって、それからちょっと僕の気持ちを探るように聞いた。


「それは、恋愛なんかしたくないのか、俺の恋人になりたいのか、どっちだ?」


 子供のままで甘えていたいのか、恋人として愛したいのか。

 ケイに問われて、考えて、自分の気持ちに気付いた。


「僕は、恋人になりたい」

「なら、キスできるか?」


 答えたら、すぐにまた聞かれた。

 もしかしたらケイは、僕の答えを分かっていたのかもしれない。


 照れは少しあった。

 でも、迷いは無かった。

 僕はケイの唇にファーストキスを捧げて、以来ずっと恋人として寄り添っている。


 せっかく幸せだったのに、ケイを失ってたまるか。

 必ずケイを助けて帰る!


 キャラクター作成を終えた僕は、強い思いを抱きながら、チュートリアルフィールドへ移動した。



 翌朝にはログアウトして現実世界に戻るつもりだけど、念のため病室のテーブルに書き置きを残しておいたよ。



 病院スタッフのみなさんへ

 ケイの状態について調べたいことがあるので、試作品のゲームにログインしています。

 昏睡ではないので、心配しないで下さい。



 まあ、大体こんな感じで書いておけば分かってくれるだろう。


 フルダイブ型のゲームは今ではもう珍しくはない。

 過去には、ゲームサーバーの不具合でプレイヤーが現実世界に戻れなくなる事態もあった。

 病院関係者なら、この書き置きで僕の状態を把握する筈。

 同時に、ケイがもしかしたら他の人が見ていない時にゲームにログインしたのかもって考えるだろう。


 とはいえ、ケイがゲーム世界に入った経緯は異常だ。

 本人の意思とは無関係、ログインアイテムを使わずに【天使と珈琲を】の世界に入っている。

 本来ならログインすれば主人公(プレイヤーキャラクター)の中に入るのに、攻略対象(ノンプレイヤーキャラクター)の中に入っている。

 しかも、ログアウトができないという。


 ケイの意志ではないなら、誰の仕業?

 ゲームの中にケイを閉じ込めて、何がしたいのか?

 それもルウを攻略していれば、分かるのかもしれない。


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