第3話:夢枕のケイ

「ヒロ、聞こえるか?」


 ケイの声がする。

 僕はすぐに、これが夢だと気付いた。

 だって目の前に現れたのはケイではなく、白い6対の翼を持つ天使だったから。

 サラサラで少し長い銀色の髪に、宝石みたいな蒼い瞳。

 ケイが演じたキャラ、ルウ・シフェルが碧空に浮かびながらこちらを見つめている。


「よし、姿は見えているな?」

「ケイ、どうしてその姿になっているの?」

「多分、これはゲームキャラに憑依したみたいなもんだな」


 僕は天使に問いかけてみた。

 見た目はルウだけど、中身はケイなのか。

 夢でも話ができるのは嬉しい。

 だけど、できればいつものケイの姿を見せてほしい。

 僕は泣きそうになるのを堪えながら、空に浮かぶ天使を見つめる。


 すると、ケイが演じる天使はこう言ったんだ。


「ヒロ、助けてくれ。ゲーム世界に閉じ込められた」

「え?!」


 どうしてそうなった?!


 昨夜のケイはゲームなんてしていなかったよ?

 飲み会では、お客さんにお酒やオツマミを渡している姿を見かけただけだ。

 やっぱり、夢だから突拍子もないことを言い出すんだろうか?


「信じてほしい。これは夢じゃない」


 でも、ケイが入ったルウは、真剣な顔で告げる。

 僕は彼が冗談を言っているワケじゃないと感じた。


「昨夜俺はベンチで誰かと話していたときに、うなじに何か針のような物が刺さるのを感じた。それから眩暈がしてしばらく意識が途切れた後、気が付くとルウの中に入っていたんだ」


 首に針を刺されて眠らされるなんて、まるでどっかの探偵みたいだけど。

 ゲームのキャラクターの中に入ってしまうなんて、創作界隈ではよくある話だけど。

 どうしてケイがそんなことになったんだろう?


「頼む、ヒロ。【天使と珈琲を】をプレイして、ルウ・シフェルのルートをクリアしてくれ。主人公役を務めたヒロが俺のキャラとエンディングを迎えれば、一緒にゲーム世界から出られるかもしれない」

「でも【天使と珈琲を】は、まだ発売されていないよ?」


 ケイの頼みなら引き受けるけど。

 まだ手に入らないゲームをプレイすることは無理だと思う。

 最後の収録が終わったのが先週くらいだったな。

 その時点でゲームのシステムは完成していると聞いた記憶がある。

 多分これからデバッガーたちによるチェックが始まる筈だ。

 発売予定日は2~3ヶ月後って聞いた気がするよ。


「開発チームから貰ったテストプレイ用があるんだ。後でヒロと2人で遊ぼうと思って寝室の引き出しに入れたから、探してみてくれ。小箱に入った指輪がそれだ」

「分かった。ケイを目覚めさせるためなら、ゲームでも隠しエンディング攻略でも何でもするよ」


 ケイがいない世界なんて、耐えられないから。

 なにがなんでも、目覚めてもらわないと困る。

 こうして、僕はケイを救うため、フルダイブ型BLゲームをプレイすることになった。


「ありがとう。愛してるよ、ヒロ」


 そう言って僕と唇を重ねた後、ルウ・シフェルの姿をしたケイは空に溶け込んで見えなくなった。


 夢から覚めて目を開けると、相変わらず昏睡状態のケイの寝顔が間近に見える。

 病室には付き添い用のサブベッドがあるけど、僕は今までいつもケイと一緒に寝ていたから、昨夜は寂しくてケイのベッドに潜り込んで寝たんだ。

 窓を見ると夜明けで、太陽の光がカーテンの隙間から漏れている。


 朝食の時間までには戻れるから、ちょっと自宅へ行ってこよう。

 寝室の引き出しに指輪が入った小箱があれば、あれは夢じゃなくて本当にケイが報せに来たってことだ。


 夢の中で触れた唇の感触は、現実のように温かさや柔らかさがあった。

 姿はルウだったけど、ケイの唇とそっくりな感触だったな。

 その感触を確かめるように、僕は眠ったままのケイの唇に口付けた。


 おとぎ話の姫ならキスで目覚めてくれるんだろうけど。

 姫じゃなくて天使になっているケイは、いつもより長いキスをしてあげても、目を覚まさない。


 ファーストキスから現在まで全て、僕はケイに捧げている。

 僕にとってケイは恩人で、家族で、恋人でもあった。



 朝食前に自宅へ行って寝室のサイドテーブルの引き出しを開けたら、空色の箱に入った2つの指輪を見つけた。

 昔のゲームはBOX型とか大きな物だったらしいけど。

 だんだん小型化されて、今ではアクセサリータイプが主流になっている。


 指輪タイプは確か、チャンネルを共有して協力プレイができるんだったかな?

 ケイは既にゲーム世界にいるから、同じチャンネルに入るためには2人で指輪を着けるのかな?


 そんなことを思いつつ病室に指輪を持ち帰って間もなく、食堂スタッフから内線がかかってきた。


「広瀬さん、お食事はどちらでとられますか?」

「病室にお願いします。ケイはまだ意識が戻ってないから、僕の分だけお願いします」

「分かりました」


 運んでもらった朝食を食べ終えてしばらくすると、看護師と担当医が部屋を訪れた。

 補液パックの交換をして、呼吸や心音の状態を調べている看護師や医師に、夢の中でケイが言っていたことを話したほうがいいんだろうか?


「何か変わったことはありませんか?」

「昨日と変わりません。ずっと眠ったままです」


 結局、僕は夢のことは話さなかった。

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